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コンタクト

2003年4月5日 サイト初掲載作品

灰色の重苦しい雲が低く立ち込めて来て、雨が降る寸前の、あの独特の匂いが街全体を包み込む。湿り気を帯びた風に逆らいながら歩く、夕暮れの街角。
忍び寄る雨の気配を身体全体で感じながら歩くアルベルトの歩調が、僅かに早くなる。

もうすぐ降ってくるな・・・

そう思った途端にポツポツと降り出した雨粒が、アスファルトに思い思いの痕跡を残しながら、瞬く間に儚い自らの命を終わらせる。
次から次へと地面に向かって落ちる雨粒が、だんだんと強くなりながらアスファルトを水滴で覆い尽くす。
ジワジワと雨粒で濡れる面積が広がって、雨の勢いに太刀打ちできないことを悟った地面は抵抗を止めて、雨粒の想いを受け止めながら彼らの地中への浸透を許した。
見る見るうちに地面に染み透る雨粒は地面に着地する度に嬉しそうに飛び跳ねる。
一瞬のうちに、か細かった雨の糸が強く勢いを増した敷き詰めた雨の束となって、地上に降りかかってきたのを感じて、アルベルトは恨めしそうに空を見上げた。

「俺が研究所に戻るまで、待ってくれてもいいものを!」

ぼそっと呟いたアルベルトの愚痴を笑いながら受け止めた天の雨雲は、まるで彼をからかうかのように集中して、彼の周りに雨を降らせ始めた。

やっとの思いで手に入れたクラシックのピアノ音源のアナログ盤を、雨に濡れないように必死にジャケットの内側に隠しながら走るアルベルトだったが、この雨の仕打ちには逆らえず、不本意ではあったが街外れにある煙草屋の軒先で雨宿りするはめとなった。

「・・・どうやらまだ無事みたいだな・・・」

雨に濡れたジャケットの内側に隠し持ったアナログ盤が濡れていないことを確認して溜め息を零す彼の瞳に、降りしきる雨の中、地面に這いつくばっている1匹の蝶の姿が目に飛び込んできた。
蝶は雨の勢いに逆らえず、ただただ其処に止まっているだけだった。
飛び立とうともせず、逃げ出そうともせず、じっと動かないでいるだけの蝶の姿を見て、訳もなく心が騒ぎ出す。
雨に打たれている蝶が、何故か自分や仲間が傷つきながら戦っているときの姿を思い出させて、心の中に閉じ込めた記憶が目を覚まし始める。

もがき苦しみながらも、戦いつづけるしかなかったあの日々・・・
幾度となく逃げ出したくなる自分の想いを封じ込めて、闘いに挑んだあのとき・・・
纏わりつく脅えや恐怖を振り切って、突き進むしかなかったあの時間・・・
目を逸らしたくなる現実に感情をねじ伏せて立ち向かったあの場所・・・

フラッシュバックする記憶が、雨に打たれたままじっとしているだけの蝶の姿に重なった。


無視しようと思えば無視できるはずだった・・・

だけど・・・


気が付けば、ずぶ濡れになりながら蝶に雨が当たらないように右手を翳している自分の姿が、煙草屋のガラスに映りこんでいた。

「・・・すまんな。こんな機械の手で・・・。居心地悪いかもしれないが、我慢してもらえるだろうか?」

アルベルトの言葉が通じたかのように一回だけ羽根を動かした蝶は、アルベルトが翳した右手の下でじっとしていた。
降りしきる雨の中、しゃがみこんで蝶の上に右手を翳すアルベルトの心に押し寄せる、友情にも似た熱い心。
それは何処か仲間に対する揺るぎ無い信頼にも似ているような気がした。

「おまえも俺達と同じなのか?」

翳した右手の下で、傷ついた羽根を懸命に動かし始めた蝶に宿る心にアルベルトの心がシンクロする。
傷ついても傷ついても闘い続けなければならなかった日々、崩れそうな自分の心を支えてくれたのは、辛く苦しいときを一緒に乗り越えてきた仲間達の想いだった。

「お前は傷つきながらもそうして・・・」

傷ついた羽根を動かすことを止めない蝶の想いが、アルベルトの心を濡らす。
傷ついてもなお、もう一度空に羽ばたくことを願う蝶の懸命な気持ちに気付いて、堪えきれずに空を見上げたアルベルトの瞳に、一筋の光が射し込んだ。

「雨が・・・雨が止んできたぞ!」

威圧感漂う雨雲を切り裂くようにして、漏れ出した力強い光の帯が雨の終焉を告げた。
雨に変って降り注ぐ光の中に、希望の欠片が見えたような気がして思わず目を細めるアルベルトにどこからか声が届いた。

『ありがとう・・・』

「・・・えっ?」

立ち上がって周囲を見渡すが、そこにいる人間はずぶ濡れになった自分一人だけだった。

その時だった。

今までアルベルトの右手の下で羽根を動かし続けていた蝶が、ふわりと飛び上がるとアルベルトの周囲を、まるで喜ぶように舞いながら彼の機械の右手に思わせぶりに止まった。
右手の指先に止まった蝶が二、三度大きく羽根を動かすと、突然機械の右手の表面に鮮やかな虹が映り込んだ。
空に懸かった大きな虹が、まるでアルベルトの右手に溶け込んだように、色鮮やかにくっきりと弧を描く。

「・・・まさかお前が・・・」

アルベルトの指先で静かに佇む蝶の羽根に、彼の右手に映った虹が乱反射して七色の神秘的な模様が映る。
アルベルトの想い全てを滲ませたような虹の色を羽根に宿した蝶はゆっくりと舞い上がると、名残押しそうに一回だけ彼の周りを飛び回ると大空に向かって飛び立った。
いつまでも羽根に虹の色を残しながら・・・。

蝶が飛び立つさまを最後まで見届けたアルベルトの心にも、蝶の羽根に映ったあの虹の色が残った。

帰ったら・・・あいつらに俺の弾くピアノを聴いてもらおう・・・

蝶が飛び立った空を一回だけ振り返ると、アルベルトは濡れたままの格好で研究所に向かってゆっくりと歩き出した。

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