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最高の呪文(CJ SS)

久し振りの更新になります。

更新停止期間中、CJSSに拍手をたくさんいただき、ありがとうございました!
御礼の意味も込めまして、ささやかですがSSをUPしました。

よろしかったらどうぞ!

暑い日が続いております。
体調にお気をつけて、お過ごしください

*****


いつもより数倍早い鼓動が、眠りに就こうとするアタシの心と身体を緩やかに刺激し続ける。
それは眠りに就けない苛立ちを加速させるものではなく、それとは正反対の興奮しきった感情から呼び起こされるものであると、アタシは気がついていた。

目まぐるしく駆け巡った一日を反芻する度に、胸を過ぎった数々の想いが鮮烈な光景を伴ってアタシの記憶にひとつ、またひとつと刻み込まれていく。


――深紅のクラッシュジャケットを身に纏ったアタシの姿を、何かを堪えるように見つめ続けていたお父様とお母様の顔。


『お父様、お母様。私は今日を持ちましてプリンセス・アルフィンの名と称号を返上致します。短い間でしたが、貴方方の娘として育てていただいた御恩は生涯決して忘れることはないでしょう。くれぐれもお体を大切になさってくださいませ。・・・・・・では、参ります』


次第に途切れそうになっていく言葉に付随するように、みるみるうちに眸の淵に溜まっていく透明な雫。
心配掛けまいと気丈に振舞ったつもりが、却ってアタシ自身を追い詰めているのに気がついて、二人の視界を阻むように強引に背中を向けた身体が小刻みに震え出す。

零れ落ちそうな涙をキッと天井を見上げて押し止め、自分自身を鼓舞するように悠然とした足取りで一歩踏み出した背中に、追い縋るような声が一言、静まり返った広間の空気を切り裂いた。


『貴女は私共の誇りですっ!!』


哀切とも、惜別とも取れるような、懇切の願いが込められたお母様の叫びが、背中を突き抜けて胸に届く。
その一言に託されたお父様とお母様の心情が、物凄く切なくて、そしてこの上なく愛し過ぎて。

広間を出た瞬間、駆け足で王宮を走り去ったアタシの足元に、涙の形をした花弁が幾枚も舞い散っていった。


――『言語道断だ!絶対に許さない!』


一切の反論も聞く耳持たず、強硬にアタシの密航を許そうとしないジョウの顔が、怒りで真っ赤に震えていた。
ジョウの反対は端っから想定済みだったけれど、想像以上の頑固さにタロスもリッキーもお手上げ状態に陥っているようだった。
おそらくアタシがジョウの立場だとしたら、きっと同じような態度を取るに違いないと思う。


だけど・・・だけど・・・・・・!


アタシの覚悟はそんなに軽いものじゃない。
生まれて初めての感動で心が衝き動かされた想いを、このままみすみす失いたくないの!
この先、明日の命も保障出来ない、辛くて苦しい命懸けの瞬間の連続だって事も承知している。
お姫様育ちのアタシがジョウ達の足を引っ張ってしまう恐れも、痛いほど解ってる。

でも、貫きたいの!
生涯で初めて心から遣り遂げたいと願う、本物の気持ちがアタシの生きる希望を支えてくれていると知ったから。
それは、つまり・・・・・・

ジョウ、貴方という存在がアタシの全てに違いないから!

懸命な祈りを称えた眸でジョウを見遣ると、僅かに傾いだ頭が小さく揺れていた。
その小さな動揺を見逃さず、機を窺っていたようなタロスが一気に攻めに講じる。


「これで決まりにしませんか?」


さっき試験採用にしようと提案した際に、たじろいだジョウの表情を垣間見て畳み掛けるようにしながら、ジョウの反論を押さえ込もうとするタロスの手腕が冴え渡る。
きっとアタシの密航を一番許さないと思っていたタロスからの援護射撃に、アタシ自身が未だに信じられない気持ちで満たされていく。
ジョウが呆気に取られた表情のまま言い返さないのを盗み見ながら、彼に気付かれぬようそっと小さく目配せして軽く頷くタロスが、アタシに優しく微笑み掛ける。


「しかし、密航で押し切られたんでは・・・・・・」


まだ承服しかねているようなジョウに、タロスから止めの一撃が放たれた。


「何言っているんです。密航してのクラッシャーになった例はないとでも言うんですかい?」


「いや、そうは言わないが・・・・・・」


追い込まれたジョウに、もう抗う術はないように思えた。


「じゃあ、いいんですね」


タロスの言葉と共に破れかぶれになったようなジョウが音を上げた瞬間、アタシの心が見事に弾け飛んだ。
その後の詳しいやり取りは興奮してはっきりとは覚えていないけれど、困惑し切って顔面が真っ赤に染まったジョウの眸に、アタシの姿がしっかりと映り込んでいた事実だけが、ただ只管アタシの全身を嬉しさで埋め尽くしていた。


眸を閉じても、まだ瞼に焼きついている、忘れれらない瞬間の数々。
スローモーションのようにヒトコマ、ヒトコマ刻み付けられていく記憶と想いに寄り添うように呟いた言葉の欠片が、アタシを知らぬ間に安らかな眠りへと誘っていった。
そして,その時に呟いた言葉がこの先ずっと、アタシを安らかな眠りへと誘ってくれる最高の呪文になるのだと、今はまだ知らずに。

 

『アリガト。
そして大好きよ、ジョウ・・・・・・!』

 

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