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・・・そして幕が上がる

2003年5月7日 サイト初掲載作品

・・・幕が下りた。
カーテンの向こう側で鳴り止まない拍手の大きな波が、いつまでもいつまでも途切れることなく押し寄せる。

この感動的で至福な瞬間を迎えるためだけに生きてきたと言っても過言でないほどに、毎日何時間も続いた厳しい練習の辛さが、身体の中で感激の涙と共に昇華していく。
ミスなく完璧に演じ終えた者しか判らない究極の喜びを噛み締めて歩き出す私に、仲間や舞台の裏方さんから暖かい声が絶え間なく掛かる。

「フランソワーズ!素敵だったわ!貴方の踊りが今でも目に焼き付いてる!」
「最高だよ、マドモアゼル!今迄何人ものバレリーナの照明を担当してきたけど、今日の君の踊りが間違いなくナンバーワンだ!本日の君の踊りの照明を担当させてもらったことは僕にとってこれから先、何よりの自慢になるだろうね!」
「今日貴方と一緒に踊れたことは、私の中で一生の記念になると思うわ!ありがとう、フランソワーズ!」
「・・・いいえ、違うわ!ワタシがこうして踊っていられるのは、みんなの御陰なの。ワタシ一人の力では何にも出来はしない。舞台があって・・・一緒に踊ってくれる仲間達がいて・・・会場をセッティングしてくれる裏方さんたちの協力があって・・・だから私はこうして踊ることが出来るの!」
「フランソワーズ!貴方って人は・・・!」

感極まって泣き出す仲間につられて、ワタシの眼からも止めど無く涙が零れ落ちる。

感動と感激が織り成す舞台の余韻はしばらく続く・・・・はずだった。
そう、こちらに近づいてくる二人の男性の姿を見つけるまでは・・・。

「・・・久しぶりだな、フランソワーズ」
「君の素晴らしい舞台をたっぷりと堪能させてもらったよ!」

抱えきれないほどの大きな花束を差し出しながら小さく笑みを漏らす二人の顔に、決意を秘めた表情が一瞬だけ宿ったのをワタシは見逃さなかった。

「アルベルト!グレート!」

次第に強ばっていく顔を自覚しながら、久しぶりに再会できた仲間との喜びが綯い交ぜになってワタシの心を覆う。

「俺達が此処へ訪ねてきた意味が・・・君には・・・分かるよな?」

アルベルトが放った言葉が、舞台を終えた興奮で火照っていた身体に冷水を浴びせ掛ける。

「・・・君が参加しようとしまいとそれは君の自由だ。俺達は君の人生を束縛する権利はないからな・・・。だがこれだけは言っておく。・・・俺達は・・・サイボーグ・・・なんだ」

アルベルトが呟いた最後の言葉の語尾が、微かに震えていたのは幻聴だったのかしら?
言い切った後、アルベルトの感情を押し殺そうとした切なそうな瞳がワタシの心に影を落す。
グレートはただアルベルトの言うに任せて、黙ってタバコを更かすだけだった。
遣り切れない想いが隠された煙が静かに時を漂う。

「・・・フランソワーズ.。決めるのは・・・君自身だ!」

そう言い残して立ち去る二人の足音が廊下に冷たく響く。
ワタシは心を失ったまま、その場にしゃがみ込んで鳴咽を零し続けた。
迫り来る闇は行き場を失った哀しみを煽るようにして濃く深い色をワタシの身体に落し始めていくのだった。

*****

「・・・アルベルト・・・やっぱり小生が言ったほうが良かったんじゃないか?」
「何を今更・・・。憎まれ役は俺一人で充分さ」

気だるそうにタバコを更かしながら、なみなみと注いだウイスキーグラスを一気にあおるアルベルトの瞳が僅かに揺らぐ。
場末のバーで向き合って酒を酌み交わしながら言葉少なに会話を交わす二人。
酒の量が格段に増えていくのに反して、会話が途切れがちになるのは現在の彼らの心情を如実に表しているように思えた。

「無理して悪役になりきろうとしたって、お前さんには似合いっこない」

言いながら最後の一本を取り出したグレートは、空になったタバコの箱を手の中でぐしゃりと握り潰した。
バーの中のけたたましい喧騒に紛れて、タバコの箱の断末魔がグレートの手の中で一瞬のうちに消える。
澱んだ空気が自分達を覆い尽くしていくような気がして、酒をあおりながら眉根を寄せるアルベルトにグレートの容赦ない言葉が襲い掛かる。

「・・・本当はフランソワーズを参加させないためにわざとあんなキツイ口調で招集を掛けたんではないかね?」
「・・・っうっ!」

いきなりグレートが放ったカウンターパンチに、さしものアルベルトもゴホゴホと咽る。

「まだまだ青いですな、アルベルト」
「グレート・・・あんた・・・!」
「伊達にメンバー一、年食っちゃないぜ、小生も。・・・ま、俺が仮にお前さんだったとしてもフランソワーズにはああいうしかなかったと思うがね!」
「・・・ったく、本当に食えない人だよ。あんたって人は・・・」

恨むような目付きで自分を睨んでいるアルベルトの視線を軽く受け流しながら、悠々と酒を飲み続けるグレートが茶目っ気たっぷりに応酬する。

「おおっ♪まさか毒舌の君に褒め称えられるとは思いもしませんでしたよ、小生♪」

堪らず顔を見合わせてニヤリと笑いあう二人は互いに持っていたグラスをカチンとぶつけ合う。
乾いた音が二人の心にほんの少し安らぎをもたらす。

「・・・これで良かったんだよな・・・」
「・・・ああ。・・・これで良かったのさ・・・」

静かに更ける夜の足音はパリの街を密に通り過ぎようとしていた。

*****

真っ暗な部屋に差し込む月の光はいつもよりも眩しく、そして突き刺すような強さで闇を貫く。
ベッドに突っ伏したまま、ギュッと瞼を閉じて時をやり過ごすワタシの心に数時間前のあの彼らとのやり取りが思い浮かぶ。
突然の彼らの来訪が何を意味しているかを充分分かっていても、必死になって気付かぬ振りをし続ける自分自身に段々と亀裂が生じていく。

分かっているの・・・ワタシだって分かっているのよ。
みんなが必死になって今迄築き上げた幸せを投げ打って、これから始まろうとしている闘いに挑もうとしているのを!

・・・分かってる・・・充分分かってるけど・・・

何もかも忘れてバレエにのみ没頭できるシアワセな時間
ミスなく練習し終えた後の充実したひととき
友達との他愛無いお喋りの中に見出した安堵感
レッスン場に向かう途中で日々感じる季節の移ろい
・・・そして何よりも舞台を達成し終えた瞬間に込み上げる心の底からの感動

自分の中で少しずつ積み上げてきた小さな小さな幸せを一気に失って平気でいられるほど、ワタシは強い人間じゃない。

・・・ワタシは・・・強くないの・・・

ベッドに突っ伏した上半身をゆっくりと起こすとふらつく足取りでワタシはクローゼットの前まで辿り着いた。
月の光に照らされた薄く儚い影がクローゼットの扉に映る。
まるで自身の抜け殻のように揺らめく影は暗闇の中で淋しそうに笑いながらワタシを優しく招き寄せる。
現実から逃げようとしているワタシを黙って包み込むように。
軽く一つ息を吸い込んで、クローゼットの扉を徐々に開く。
もう二度と使うことが無いようにと衣類の奥に仕舞い込んでいたモノを掴むと、静かに手元に手繰り寄せる。
掴んだ瞬間から、封印が解かれた時間がワタシの元に向かって激流のように押し寄せる。
畳み掛ける時間の波に流されまいと必死に抗いながら掴んだモノを見た瞬間に、全身を貫いた鋭い痛み。
二度と手にするまいと誓った黄色いマフラーは、閉め切った部屋の中で何故か緩やかに揺れていた。

『・・・闘いが終わる度、僕はいつも思うんだ。「もう二度とこのマフラーをみんなが結ぶことがないように」って・・・。それは甘えた考えだって充分分かってる。だけど僕は願わずにはいられないんだ。・・・大切な・・・何よりも大切な仲間達がもう二度と苦しく切ない想いをすることがないようにって・・・』

あの日、最後の闘いが終わった瞬間に、ジョーがワタシのマフラーを解きながら呟いた言葉が辛く苦しい記憶と共に鮮明に蘇える。
時々言葉に詰まりながら静かに語り掛けたジョーの瞳の中に宿っていた、小さく儚い希望の光の煌きは、ワタシの心の中で色褪せることなく息づいていたことに今更ながら気付く。

「・・・ジョー・・・!」

マフラーを頬にそっと押し当てながらポロポロと涙を零すワタシを、月は黙って見詰め続けていた。

*****

「・・・やっぱり・・・駄目だったか」

吐き捨てるように呟いたグレートの言葉の中に、何故かホッとした安堵感が込められているような気がして、アルベルトは薄く笑った。

「・・・良かったのさ、これで。さ、パリの空に別れを告げようぜ。彼女の成功と幸せを祈って」
「おお!パリよ!我の姿をしかと覚えていてくれたまえ♪」

歩き出そうとした二人を遮るように立ち塞がった影に、アルベルトとグレートの顔から血の気が引いた。

「・・・置いてきぼりは酷いわ・・・アルベルト!グレート!」
「フ・・・フランソワーズ!!!」
「早くしないと乗り遅れちゃうわよ、二人とも!」

自分達の両腕を半ば強引に引っ張るようにして歩き出すフランソワーズに、戸惑いを隠せない二人。
今目の前に現れたフランソワーズの姿を幻ではないかと思いながらも、引っ張り上げる腕の強さに幻が現実へとカタチを変えていく。

「・・・フランソワーズ・・・後悔・・・しないのか・・・?」

胸の奥から絞り出した声は微かに震えを帯びていた。
動揺を隠せないアルベルトの問いかけに、フランソワーズは一瞬だけ睫を伏せた後、二人のオトコに対して力強い生き生きとした眼差しを向けた。

「後悔したくないから・・・此処へ来たのよ。・・・覚悟は出来てるわ」

驚きのあまり固まって、声が出ないアルベルトに代わってグレートが言を継ぐ。

「・・・姫、我々誠実なる騎士(ナイト)一同は全力を注いで貴方様をお守りいたします故、どうぞその身を心置きなく我々に預けてくださいまし♪」

何ともオーバーな芝居がかった仕草でフランソワーズの前に跪くと、グレートは恭しく彼女の手の甲に軽く口付けた。

「頼りにしておりますわ。素敵な騎士殿!」

グレートの芝居に丁寧に応えたフランソワーズの表情に、一点の曇りも無かったことに気付いてアルベルトは小さく笑いながら軽く溜め息を吐くと、懐からタバコを取り出しながら火を点けた。

「・・・全く・・・どいつもこいつも・・・本当に・・・!!!」

口にした棘のある言葉とは裏腹に、口に咥えたタバコから漏れ出す煙は穏やかな流れとなって緩やかに三人を包み込む。

「・・・いざ参らん!数々の試練を乗り越え、いつかこの手に希望に満ち溢れた未来を掴えることを信じて!!!」

威勢よいグレートの掛け声と共にタラップへと並んで歩き出した三人の前方を閉ざしていた幕が・・・今・・・上がり始めた。

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