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伝えたかったこと 〜字書きの為の50音のお題〜

2005年5月25日 サイト初掲載作品

風の中で揺れる光。
初夏を思わせるような眩しい陽射しに揉まれながら、吹き抜ける爽やかな風に靡く髪は、静かな余韻を周囲に撒き散らして金色に光り輝く。
山々を覆いつくす緑色の波は、柔らかさと力強さ、淡さと濃さという相反する二つの要素を絶妙なバランスで取り入れつつ彩を添える。
一年でこの時期しか見ることの出来ない、山を彩る様々な緑の競演をテレサに見せたいと思いついたのは・・・
彼女への深い想いを軽々しく口には出来ない自分が、言葉で愛を語るよりももっと素直な気持ちで、心からの想いを届けたいと願ったからであった。

確かに独り善がりな想いであることは否めない。
だけど自分も、そしてたぶん彼女も・・・
どんなに言葉で愛を語り尽くしても、語り尽くせぬほどの『想い』があると・・・
筆舌し難い心の痛みや苦しみを経てきた心と身体が、今でも憶えているから・・・
何も言えなくなってしまう自分達がいて。

こんなにもお互いを深く思い遣っているのに、上手く気持ちを伝えきれないもどかしさの中で、時間だけは確実に過ぎていって。
ポロポロと崩れ落ちそうになる想いを持て余しつつ、限界ギリギリまで持ち堪えていた心の歯止めは、既に決壊寸前だった。

愛しさの対極にある『臆病な心』、それこそが自分と彼女の心の奥に蔓延って、お互いの想いを曖昧にしていたものだと気付いたと同時に、テレサを郊外の外出へと初めて誘った自分がいた。
普段の自分からは想像つかないほどの愛する人に示す行動力に、何より一番びっくりしたのが当の本人であることは言うまでもなく。
ここに至るまであれよあれよという間に事態が進展していることにようやく気付いたのが、今こうして
周囲の山々をテレサとふたりで並んで見ている状況だった訳で。
今朝どんな風にテレサに挨拶をして、どんな会話を交しながらここまで辿り着いたのか、意識の中からすっかりと抜け落ちていたのは・・・やっぱり自分らしいと言うべきか。

「・・・ゴメン。もうちょっと気の利いた場所に君を連れてくるべきだった」

少し距離を置いて隣に佇んでいるテレサの顔を、まともに見つめることも出来ぬまま、紡ぎ出す言葉の欠片が微かに上擦る。
風に靡くテレサの豊かな金髪を視界の端で捉えつつ、僅かに項垂れる。

「・・・いいえ。こんな素敵な場所に連れてきて下さって、とても嬉しいです・・・島さん」

鈴の音を響かせるような心地よい声が、風に紛れて消えていく。

「緑を見ていると心が癒されます。・・・深く澄んだ『暗緑色』、柔らかくて優しい『若緑』、真っ直ぐな『萌黄』・・・。様々な『緑』が互いを慈しみあい、育みながら一つの風景を成している・・・この貴くて穢れない生命の煌きに護られながら・・・私達は今、こうして生きていられるのですね」
「・・・」

テレサの口から漏れ出る言葉ひとつひとつが、清らかな余韻を残しつつ、身体の中に染み渡っていく。
ぐずついていた気持ちを鮮やかな色へと塗り替えていく想いの影で、テレサの直向な心がいつもいつでも、自分の傍に寄り添っていたことに気付く。

「・・・ここにこうして立っていると・・・この『緑』が私に対する島さんの心のように感じるんです。張り詰めたままの私の気持ちを、そっと優しく癒してくれる・・・温かな島さんの心のように」
「・・・テレサ!・・・君は・・・!」

項垂れ続けていた頭が、テレサの言葉が耳元に届いたと同時に起き上がる。
隣に佇んでいるテレサに視線を移すと、彼女は胸の手前で指先を組みつつ小首を傾げて小さく・・・小さく微笑み返すだけ。


ささやかでさり気ない仕草だけど・・・
どうしてこんなにまで・・・君は僕に『幸せな気持ち』を齎してくれるんだろう?

ありふれた光景なのに・・・
どうしてこんなにも・・・堪えきれない愛しさで胸が締め付けられるんだろう?

・・・山々を駆け抜ける爽やかな風の色に溶け込む、最上の笑顔の意味に気付くとき・・・

『伝えたかった事』が『一つの揺ぎ無い結実』に形を変えて、ふたりの心を深く静かに紡ぎ合わせていく。

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