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留守番電話 〜字書きの為の50音のお題〜

2004年8月27日 サイト初掲載作品

『・・・はい、島です。ただいま留守にしております。ご用件のある・・・』

呼び出し音が3回鳴った後に、きっちりと正確に耳元に流れ込んでくる声。
すかさず受話器を置いて記憶の中に刻み込んだ声に神経を集中させる。
いけない事とは知りつつも・・・日に一度だけ自分に赦したワガママ。
想い人が居ない時を見計らって掛ける電話には、普段と同じ様に誠実な性格そのままに受け答えする留守番電話の声。

逢いたい・・・。
貴方に早く逢いたい・・・。

崩れ落ちるようにして床に座り込んだ背中に、滲んだ色を落とす夕日の煌き。
うずくまりながら声を押し殺して泣くテレサの横を、夕暮れ時の涼風が静かに通り過ぎていく。
夏の名残と秋の気配が入り混じった季節に彩られた空を群れ飛ぶ蜻蛉の色は、茜色が日に日に濃くなっていくようで。

・・・島が地球を離れてから・・・もうすぐ一ヶ月が過ぎ去ろうとしていた。

*****

同じ時間・・・同じ言葉・・・そして同じ口調。

留守番電話から聞こえる声は抑揚なく同じ事を繰り返すだけの声なのに、こうして僅かでも島の存在を分からせてくれるものに縋りつきたい自分がいて。

迷惑を掛けていると分かってはいても・・・
悪戯電話だと思われても仕方ないことをしていると分かってはいても・・・

島の存在を傍に感じていたい気持ちには敵わなくて。

一週間で任務終了の予定が、再三にわたる延長の末にとうとう一ヶ月近くまでもつれ込んだ背景も、
テレサの行動に影を落としているのも事実だった。

我慢しよう・・・我慢しなければ・・・!

と思うたびに、本当の自分の気持ちが胸の中でチリチリとした痛みを伴って疼いていた。
その痛みがだんだんと胸の奥の傷口を広げていって、自分の許容範囲を超えた瞬間に無意識のうちに掛けていた電話。

留守番電話とは分かってはいても、耳に聞こえてくる声は島本人の声であることに間違いはなく。

日に一度、たった5秒間だけの機械越しの島の声との逢瀬に唯一心安らぐ自分は・・・

・・・島の存在無しでは生きられないことに今更ながらに気がついて。

・・・逢いたい・・・。早く逢いたい・・・!

溢れ出さんばかりの思慕は、最早限界を超えようとしていた。

*****

『・・・はい、島です』

今日もまた呼び出し音3回が鳴り終えた後に響いてくる島の声。
そのまま受話器を置こうとしたテレサの意識が、次の瞬間に凍りついた。

『・・・テレサ?』
『・・・!!!・・・』
『テレサ・・・?今、電話を掛けてきてくれているのは、テレサ・・・君だよね?』

不意打ちに近いような衝撃に言葉が出ない。
聞き慣れていた留守番電話の応答の声は、決して自分に対して問い掛けることなど無かった筈。
それが突然名前を呼ばれて混乱し、錯乱する意識。

何故・・・?何故・・・島さんが電話に・・・?

そう思うと同時に、今まで島の不在時を狙って留守番電話を掛けていたという自分がしでかしてきた悪行を、島自身の言葉で自身に衝き付けられたようで、罪悪感が体の中から一斉に吹き出る感じがして吐き気が込み上げる。

慌てて受話器を置こうとした絶妙のタイミングで、空気を鋭く切り裂くような悲鳴にも似た声が受話器から零れ落ちた。

『切っちゃ駄目だ!』

切迫した想いが込められているような叫びが、静まり返った部屋の中で鈍く響き渡る。
全てが止まった時間の中で・・・受話器から漏れ聞こえる声だけが・・・新たな時の到来を告げる。
優しく・・・穏やかな想いに包まれながら・・・

『・・・大きな声を出してゴメン。・・・たぶんこの電話を掛けてきてくれているのはテレサ、君だと想うから・・・もし良かったらこのまま聞いていてくれないか?』

島からの問い掛けに緊張で固まっていたからだが弛緩していく。
まだ動揺は拭い去れないが、島からのメッセージを聞き届けたいという想いには逆らえず、そっと受話器を耳に押し当てる。
しばらくの間を置いて受話器から聞こえてきた声は、あの無機質で機械的な応答とは違う、暖かい優しさに包まれているいつもの島の口調そのものだった。

『任務が予定よりもだいぶ延びてしまって・・・。まだしばらく帰還できそうもない。君のことだからきっと心配してくれていると思う。僕はこの通り元気だから・・・どうかあまり心配しないように。そしてこっちからあまり連絡出来なくて・・・本当にゴメン』

言いながら島が電話口の向こうで深々と頭を垂れて謝っているようなイメージが即座に頭に浮かぶ。
声を出すまいと決めていたのに、その決心は謝っている島の姿を想像した瞬間に弾け飛んだ。

『謝らないでください!』

ハッとして気付いた時にはもう手遅れだった。

『・・・やっぱり・・・君だったんだね、テレサ・・・』

ホッとして胸を撫で下ろしているかのように小さい吐息交じりで言葉を漏らす島の声が、」微妙に震えていた。

『・・・すみ・・・ま・・・せん・・・』

途切れ途切れで出した言葉。
島に対して申し訳ない気持ちと、自分の愚かさが一緒くたになって胸の内で混ざり合う。
非があるのは自分だから、島から自分に対して何らかの戒めがあるに違いないと予想して次第に落ち込んでいく心。

迷惑を掛けたことは紛れも無い事実なのだから・・・

覚悟を決めて、俯いていた顔を上げた瞬間に耳に飛び込んできた声は意に反したものだった。

『・・・どうして僕が君からの電話だと分かったか・・・君は分かる?』

思い掛けない島からの問い掛けに、テレサの心がざわめき出す。
足底から這い上がってくるようなぞくぞくとした悪寒が全身を埋め尽くす。
きっとそれは無意識とはいえ島に迷惑を掛けていたに違いないという罪悪感が、カタチを変えてテレサに襲い掛かっているに違いなかった。

テレサからの返答を待たずして、島はゆっくりと静かに言葉を紡ぎだした。
電話口の向こう側で、自分からの叱責を予想して華奢な身体を震わせ怯えているはずのテレサを優しく抱き締めるような想いを滲ませながら。

『君は無意識だったと思うけれど・・・君がいつも僕に留守番電話を掛けてきた時間は・・・』

紡いでいた言葉がそこで一旦途切れる。
受話器から聞こえる島の声に集中していたテレサの身体も、同調するようにその一瞬だけすっと力が抜け落ちた。

『君と僕がテレザリアムで初めて逢った時と同じ時間だったんだよ』

受話器を持つ手に涙の流れ落ちる道筋が瞬く間に築かれていく。
ポタポタと止め処なく頬を伝って滴り落ちる涙滴。
身体の力が抜け落ちたその瞬間に響いてきた言葉は、テレサ自身が意識するまでもなく、テレサ本人の嘘偽りない本当の心を身体全体が表しているようだった。
逆に言えば無防備になった分だけ、心の奥に秘められていた彼女の心が今この瞬間に解き放たれているのかもしれなかった。

声を出そうとしても出せないもどかしさを、今の今までこんなに強烈に感じたことはなかった。
溢れ出す気持ちに言葉が追いつけない。
どんな言葉で言い表そうとしても言い尽くせない想いは確かにあるのだと、今この瞬間初めて知った
テレサに島からの最後の言葉が力強い口調で届いた。

『必ず還るから・・・君の元に!』

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