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光、満ち溢れるとき

2003年9月13日 サイト初掲載作品

透き通るような秋の風の中で揺れる、白いレースのカーテン。
金色の柔らかい陽光が煌く想いを撒き散らしながら、時を紡ぐ部屋。
静かに・・・それでいて厳かな雰囲気が満ち足りた部屋の中では、
ロイヤルブルーのシンプルなマーメイドドレスに身を包んだ女性が、
不安な表情のまま視線を下に落としつつ、豪華な調度品の籐椅子に浅く腰掛けていた。

微妙な揺らめきを宿した蒼緑色の瞳は僅かに翳り、
純白の花々で彩られたキャスケードブーケを持つ手は、微かに震えていた。
沈黙のみが支配するこの部屋の中で・・・ただ一人、移ろう時間を彷徨い続ける彼女の心は、
不安に押しつぶされそうになっていた。
襲い掛かる緊張と不安の波に攫われそうになったその瞬間に、ドアを開く音と共に部屋の中に入り込んできた人影。

「・・・・・・テレサ」

自分の名を呼ぶ優しい声に気付いて、テレサはハッと顔を上げる。

出逢った頃とずっと変わらない、穏やかで落ち着いた笑顔は、いつも不安に陥りそうになる自分の気持を和らげてくれていた。
この笑顔に何度自分は救われてきただろう・・・。

「島さん・・・!」

濃紺のジャケットに身を包み、自分の元へとゆっくりと近づいてくる島の姿を認めて、
テレサの心を走る、ときめきと戸惑いが入り混じった複雑な気持。
いつもとは違う自分の気持に、テレサの心が怯える。
そんな彼女の微妙な変化を察知した島は、籐椅子に腰掛けているテレサの隣にそっと寄り添うと、
彼女の緊張を解き解すように言葉を継いだ。

「あと少しで『島さん』っていう呼び方も変えなくちゃならなくなるね!」
「あっ・・・」

その意味を悟って、瞬く間にほんのりと頬が薔薇色に染まる。
恥じらいを滲ませた瞳で隣に立っている島の顔を見上げると、包み込むような優しい笑顔の島の瞳とぶつかった。
その瞬間にずっと押さえ込んでいた、己の中の自責の念が一気に溢れ出していくのを、テレサは止められなかった。
・・・それは一方で心の中で増大しつつある、懐疑的な想いでもあった。

「・・・島さん・・・。私、怖いんです」
「・・・テレサ?」

僅かに視線を逸らして言葉を発したテレサの華奢な肩が、小刻みに震える。
まるで何かに怯えているかのように、じっと俯いたまま身体を強ばらせている彼女を見て、
島の心にも小波が起こる。

「何か不安なことがあるなら僕に話してごらん。少しは気が楽になるかもしれないから」

俯いたままの彼女に視線を合わせるように、そっと片膝を立ててテレサの足元に移動した島は、
心配そうな面持ちで彼女に語りかける。
その仕草はまさにあの時、テレザリアムで自分の境遇を打ち明けたときと同じく、自分のことを心から心配し労わってくれた島が、自分に対して行ってくれた仕草そのものである事にテレサは気付いた。

ずっと・・・変わらずに
ずっと・・・同じように自分の事をいつも思い遣ってくれる島の真心が、テレサの心を濡らしていく。

「私・・・このまま貴方と一緒になってもきっと貴方にご迷惑を掛けてしまいます。
このまま貴方の傍に居たとしても、きっと貴方を困らせるだけです。私は・・・私は
貴方と一緒にいられる資格がないんです」

島を心から愛するが故に、自分が傍に居ることで彼を不幸にさせてしまうことへの恐れが、
テレサの心をじわじわと蝕んでいく。
それは彼をひたむきに愛する心の発露であり、なおかつピュアで穢れない彼女の一途な愛が、形を変えて表れた、島を心から愛する気持に他ならなかった。

テレサ・・・君は僕のことをそんなにも想ってくれていたんだね・・・

テレサの自分に対する心からの想いを黙って受け止めた島は、かつてないほどテレサへの愛しい
気持が湧き上がってくるのを、胸の内で感じていた。
テレサの懸命な訴えを軽く瞼を閉じて聞き入れていた島はそっと瞼を開けると、
眩い気持でテレサの澄んだ蒼緑色の瞳を見つめた。
お互いの瞳に映りこんでいるのは、相手を深く思い遣る強い絆で結ばれた恋人同士の姿に違いなかった。

「テレサ・・・。生きていく上では誰だって心配や不安を抱えている。みんなその不安や恐れと
戦いながら、毎日を必死に生きていると思うんだ。その不安や恐れから闘わずして逃げてしまえば
或いは楽になれるのかもしれない。だけど不安や恐れから逃げたままで果たして幸せになれるんだろうか?
困難や苦難を乗り越えて手に入れる幸せだからこそ、何よりも大切で価値があるものだと僕は思うんだ」
「島さん!・・・でも私はテレザート星を滅ぼしてしまった人間なのです。罪も無い人々を
死に至らしめてしまった人間なのです。そんな人間が幸せになってはいけないんです!」

絶叫に近い叫びが部屋の中にこだまする。
悲痛な叫びは部屋の中の空気を切り裂き、テレサ自身の心も粉々に打ち砕く。
ずっとわだかまっていた心の箍が一瞬のうちに外れて、テレサの身体の中から放出していく。
溜めていた心の淀みがここへきて一気に弾け、ガラスの心がひび割れて砕け散っていく。
ポロポロと涙を流しつつ声にならない嗚咽を零し続けるテレサを、島は堪らずに胸の中に抱き寄せた。

「テレサ!過去は二度と消し去ることの出来ないものだって僕も分かってる。だけど君は・・・
君はその過去から逃げようとせずに、ずっとテレザート星の人たちの為に祈り続けてきたじゃないか!
過去から逃げ惑おうとせずに今までずっと真剣に向き合ってきた君の・・・君の切実な想いを僕は
誰よりも分かっているつもりだ!」
「・・・島さん!!」
「テレサ・・・。君はずっと独りで人知れず悩み、人知れず苦しんできたんだと思う。たった一人で
テレザリアムにいた君の気持を考えると、君が僕に対してさっき言った言葉の意味が、痛いほど分かるんだ。
僕を大切に思ってくれるからこそ、敢えて離れようとする君の想いが僕にはよく分かるから」

島の胸の鼓動が服を通してとくんとくんとテレサの身体に伝わってくる。
温かくて優しい島の胸は、逃れられない過去を背負った自分を全て丸ごと包み込んでくれるように、
幾重にも重なった想いで溢れていた。
彼が零す一つ一つの台詞が、自分に対して向けられる穢れなき深い愛情によってのものであると知り、
テレサは更に強く彼の胸に縋りついた。

「過去を背負い、その過去から逃げることなく今まで懸命に生きてきた君だから・・・」

島はそこで一旦言葉を区切ると、胸の中に抱き締めているテレサを優しい眼差しでそっと見下ろした。

「誰よりも幸せになる権利があるんだよ」

最後の言葉をテレサの耳元にそっと囁くと島は彼女の瞳から今まさに零れ落ちそうになっている滴を
指先でそっと掬い取った。

「涙は挙式までお預けにしておこうね、僕の大切な・・・大切な花嫁さん!」
「・・・島さん!」

テレサの心にもう迷いは無かった。
こんなにも・・・こんなにも自分の事を思ってくれる島の心からの優しさが・・・思いやりが・・・
澱んでいた自分の心に一際美しい色に塗り替えていく。
それは何色にも染まらず一切の濁りを持たない、崇高で凛とした島の想いを宿した深い愛情そのものの、
純粋で穢れない想いの色に違いなかった。

固く抱き合う二人の周りを、いつになく柔らかい秋の陽光が優しく取り囲む。
風に揺られて穏やかに舞う白いレースのカーテンの向こう側で、頬を染めながら時間が通り過ぎていく。
今、煌く季節の中でお互いの想いを緩やかに重ね合わせていく二人の気持は、
透き通る秋の気配の中でぴったりと寄り添って息づいていく。
いつまでも・・・永遠に・・・。

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