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光風

2004年2月14日 サイト初掲載作品

「・・・ここで少し休もうか?」

歩調を少し緩めながら右肩越しに後ろを振り向くと、眩い陽光を吸い込んだ蒼碧色の眸に、清らかな空が映りこんでいた。

「・・・はい」

少し小首を傾げるようにしてそっと微笑み返す彼女の顔に、零れ落ちる煌く光の帯。


ドキッ・・・!


僅かに跳ね上がった鼓動が、身体の中でざわつきながら大きな波となって全身を駆け巡る。
いつも見慣れているはずの彼女の笑顔が、今日は特別に綺麗に思えて・・・
何だかソワソワ落ち着かない気持になる。

出逢った頃よりも遥かに純度が増していく恋心は止めようがなくて・・・抑えようがなくて・・・
もっと彼女と密接になりたい己の中の願望と反比例するように、彼女を大切にしたいと願う気持が遥かに大きくなりすぎて・・・

島大介の心は、矛盾の中で日々揺れ動いているのだった。

********

「つまりテレサに惚れて・・・惚れて・・・惚れすぎちゃった訳だ」

半ば断定した言い方をする古代をムッと睨みつけながらも、核心を突かれているので言い訳できない自分が情けない。

「島さんって、案外ロマンチストだったんですねぇ〜♪いいなぁ〜プラトニック・ラブッッ!」

俺が答えに窮していると知って、すかさず軽口を叩く相原。
この期に乗じて調子に乗るなよ、相原ッッ!
・・・コイツ、まだテレサと交信してたときのこと、根に持ってるな!

「恋愛の醍醐味はやっぱり恋に恋している頃が一番ですよ。諸々の事情が被さってくると、嫌でも恋の純度が落ちますから」

・・・そういうことを真面目な顔してサラッと言うなよ、南部ッッ!
言い寄ってくる女が掃いて捨てるほどいる、お前の恋愛感と俺の恋心を一緒にするな〜〜〜!

「好きな相手がいるだけでも嬉しいことじゃないですか!・・・好きな相手がまだ見つからない俺よりも・・・ずっと幸せな悩みですよ、島さん!?」

・・・太田・・・俺が悪かった;;;
頼むから・・・恨むような眼つきで俺を見ないでくれっ;;;

「ん、もぅ!・・・男の人達って、みんな自分勝手よね」

車座になって酒を飲み交わしながら、あれこれ議論している俺達に割り込んできた快活な声。
新たに調達してきた缶ビールを手馴れた調子で一人ずつに手渡しながら、代わりに地べたに転がっている缶ビールの空き缶をポリ袋に入れつつ、雪が諭す。

「色々と考えすぎるから、好きな相手にどう接したらいいのか判らなくなって、雁字搦めになっちゃうのよ!」

雪は古代の隣に腰を下ろすと、早口で一気にまくしたてた。

「近くにいて実らない恋もあれば、遠く離れていてもちゃんと育める恋もある。自分にとって相手が唯一無二のかけがえのない存在であることを、どんな状況下に置かれても、同じ位の重さでふたりが相手のことを想っていられる気持・・・それこそが大事なんじゃないかしら?!」

しーんと静まり返った座の中で、雪がおいしそうに缶ビールを啜る音だけが響く。

「島くん、もっと自分に自信をお持ちなさいよ!貴方の気持はテレサにも十分伝わっているはずよ」

にこやかに微笑む雪の隣で、古代が笑みを零しながらウンウンと頷いていた。

「やっぱり古代さんは雪さんに頭が上がらないみたいですねぇ〜!」

その言葉を聞いた瞬間に、さーっと蒼ざめて相原から遠ざかる南部と太田。
茶化す相原に対して、笑いながら速攻肘鉄をお見舞いする古代は、雪が差し出したビールに再び口をつけた。

雉も鳴かずば撃たれまい・・・。
やっぱり懲りてないな、相原の奴;;;。

「島君もテレサも・・・お互いが自分にとってかけがえのない存在だって気付いているのなら、
もう何も迷う必要はないじゃない。・・・ね、そうでしょ!?島君!」

艶やかな微笑を称えながら話す雪の肩にそっと手を廻しながら、古代が俺にウインクを投げてよこす。
南部は眼鏡を押さえつつウンウンと頷き返し、太田は飲みかけの缶ビールを勢いよく天に向けて翳し、まだ古代の不意打ちから完全に復旧していない相原は、お腹のあたりを手で押さえながら、苦笑いで右手の親指を突き出した。
仲間から寄せられる無言のエールに後押しされて、微かな笑みが口元に浮かぶ。
呑み掛けのビールを一気に口に流し込んだ後、口の中に僅かに残ったほろ苦さが程よい酔いを身体の中で呼び起こしつつ、俺の心をゆったりと落ち着かせていくのだった。


白みかかった空の彼方で一際明るく星が瞬いた。

*****

厳しかった冬の終わりを告げるかのように、朝から燦燦と輝く陽射しが冷たく尖った空気を丸め込むようにして、地上へと降りかかる。
柔らかい光の中にも春の兆しが一段と強くなってきたように思える冬の昼下がり、
防衛軍本部近くの海を見下ろせる公園へテレサを散歩に誘った俺は、ベンチの手前で彼女に
声を掛けたのだった。
さっき彼女が見せたあまりにも美しすぎる笑顔の余韻は、まだ胸の奥で疼いていた。
優雅な仕草でそっと腰を下ろす彼女を見届けると、微妙な距離を置いて隣に腰掛ける。
ほんの少しだけ空いた俺と彼女の隙間を通り過ぎる風は、はにかみむようにして行過ぎる。
手を伸ばせばすぐ届く距離に彼女がいるのに・・・身動ぎひとつできないほどに固まってしまう身体。
緊張と焦りで震える手は、膝の上でギュッと握り締めるしか手立てがなくて。
彼女への想いが頂点に達しそうになる一歩手前でギリギリ踏みとどまっている理性は、ふとしたきっかけで一気に溢れ出しそうで・・・。
堪えても堪えても噴出してくる想いに流されていきそうになる自分が怖くて、ギュッと眸を瞑ったまま僅かに唇を噛んだ。

「・・・島さん。・・・光ってこんなにも暖かいものだったんですね」

透き通る声が混乱している俺の心に辿り着いた瞬間に、緩々と弛緩していく体。
優しい響きを伴って語り掛ける声は、冬の凍てついた空気をも瞬時に溶解させてしまうほどに、繊細な想いに包みこまれていた。
絶え間なく降り注ぐ柔らかい陽光の中で、そっと両手を上に向けて軽く眸を閉じる彼女の頬を
滑り落ちていく、薄く儚い光のベール。
今この瞬間に存在している生きとし生けるもの全てに対して、l心からの慈しみと感謝の気持を捧げているような彼女の表情には・・・どんなものでも太刀打ちできないほどの、美しさと神々しさだけが宿っていた。

綺麗だ・・・なんて、月並みな一言で片付けてしまうには恐れ多いほどに彼女は美しすぎて・・・。

・・・そしてそんな彼女の隣に座っている俺自身は、どうしようもない位に凡庸すぎて・・・。

どんどんと深みに嵌まっていきそうになる彼女への想いと、いつか暴走してコントロールできなくなりそうになる理性の狭間で、鬱屈した葛藤が臨界点を超えようとした、まさにその時だった。

「誰にも分け隔てなく・・・こうしていつも・・・優しく暖かい想いを降り注ぎ・・・ながら・・・傷つき・・・壊れそうになる心・・・をそっと癒し・・・てくれる光は・・・まるで・・・まるで・・・島さん・・・そのも・・・の・・・みたい・・・で・・・す・・・」

「!」

途切れ途切れに届いた言葉が吹き抜ける風と同化した瞬間に、腕に感じた柔らかな重み。
思考停止状態に陥っていた心を現実に引き戻すきっかけとなったのは、ふんわりと凭れ掛かるようにしてそっと肩口に押し付けられた彼女の頭。
思いもよらぬ展開にドギマギして慌てふためきながら、そっと彼女の顔を覗き込むと・・・
安心しきったように安らかな寝息を零す彼女の姿が目に映った。

『心休めるときが今まで全然なかったらしいわ。私たちの前では決してそんな素振りを見せないけれど、自分が置かれた環境に必死に馴染もうとして、凄く無理してるみたいだったから、彼女・・・』

いつだったか雪が零した言葉が脳裏を掠める。


テレサ・・・!


鋭く尖った痛みが、全身を駆け抜けては身体のあちこちに傷をつける。
自分自身の気持に囚われすぎて、彼女の苦悩を思い遣る余裕がなかった自分が・・・自分が赦せない。
君のことをいつも考えていたつもりなのに・・・結局それは自己満足以外の何物でもなかったことに気付いて、激しい自己嫌悪に陥る。
自身に対しての止め処ない怒りと彼女に対しての申し訳なさが、体中を埋め尽くそうとしたときにふと頭を過ぎった古代の言葉。

『心から信頼し、信頼される人の傍じゃなくちゃ、安心して眠りに就くことが出来ないだろ?
相手が自分を心底から愛しているって分かる瞬間があるとしたら・・・きっとそれは自分の隣で安らかな寝息を立てている時だけだと思うぜ、俺は!』

・・・!

微かに汗ばんでくる額と次第に激しくなっていく胸の鼓動。
古代の言葉を信じようとする気持と、そんなことある訳ないと否定する気持が心の奥で激しくぶつかり合う。
彼女が頭を載せている肩口からとく・・・とく・・・とく・・・と疼きが広がり始めて全身を駆け巡る。
じっとしていると息苦しさで窒息しそうになる自分を必死で落ち着けようとして、視線だけをそっと彼女に移した瞬間だった。


あまりにも・・・あまりにも無垢で穢れない彼女の安心しきったような顔が・・・
俺の心を瞬く間に浄化させていく。
信頼というフィルターを通して濾過されていく彼女への気持は、ますます研ぎ澄まされていくような気がした。
そしてこんなどうしようもない俺の隣で、今この瞬間だけは全てを預けきって信頼してくれる彼女の気持に全身全霊で応えたいと願う気持は、かつてないほどに強くなってきて・・・


心の底から彼女を・・・彼女だけを愛しているから・・・
彼女が幸せでいてくれることを、誰よりも何よりも強く願っているから・・・

だから俺は・・・


肩口に掛かる彼女の柔らかな髪の毛に優しく頬擦りしながら・・・新たな決意を固めていく。
彼女というかけがえのない大切な存在が・・・俺の傍でいつも変わらずに居てくれる嬉しさを胸に秘めて。

いつまでもこうしていたいと願う気持は、ずっと永遠に変わりなく続く彼女への愛そのものに変わりないはずだから。

彼女の身体の重みを、存在を・・・身体全体で・・・そしてありったけの想いで真摯に受け止めていこうと誓う俺に訪れた一際眩しくて貴重なひととき。

優しさに包まれた時間のなかで紡がれる願いは一足早い春の光となって二人の身体に降り注いでいく・・・。

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