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タイラーに対するダンの思いです(超短編)
ピッと乾いた電子音がモノクロの部屋に鳴り響く。
いつもなら気にも留めないほどの小さな音が、今日はやけに耳に残る。
耳の奥がざわつく感じの、妙な違和感を感じながらダンはデスク上のコンソールスイッチを弾いた。
執務室の壁面上部をほぼ覆い尽くす立体スクリーンには、たった今受信したばかりのデータが整然と流れ始めた。
文字を追っていたダンの眉が、ピクッと一回だけ大きく跳ね上る。
部屋の中を流離っていた時間の流れが立ち止まった瞬間、容量を超えた激流が一気に流れ込み、穏かだった時間は跡形もなく崩れ去った。
机の上を忙しなく動くダンの指先は、明らかに動揺していた。
何度も繰り返して、受信データを確認するダンの視線は、ただ一箇所のメッセージに釘付けになる。
『クラッシャータイラーおよびチーム全員、シレイアにてクラッシャージョウチームと対戦ののち死亡確認』
・・・メッセージを凝視したまま、呆然と立ち尽くすダンの額を一筋の汗が緩々と流れ落ちる。
泪にも似たその汗は、言いようのない様々な葛藤と感情を必死に抑え込もうとする、ダンの心を表しているかのようだった。
「・・・タイラー・・・」
絶句したまま、呆然と立ち尽くすダンの眸は、焦点を合わせる意識すら今は放棄して虚ろに揺れ動くだけだった。
*****
「色々と勉強になりました。今回議長と御一緒出来て嬉しい気持ちと同時に、今後の自分にとって何よりの名誉と誇りになります。」
一片の曇りも無い眸は真っ直ぐにダンの眸を捉える。
「わしが君に教えたことなど、何一つ無いはずだが」
照れ隠しにあっさりとそうかわして、これ以上関わりを持つのを絶とうとしたが・・・なにぶん相手が悪かった。
一筋縄ではいかない連中相手なら、自分の意を察して早々に退却してくれるはずなのだが、自分の息子と同期の坊や相手に、どうやらそれは通じそうもなかった。
加えてタイラーの性格は真面目で一途という評判があるのだから、そういう受け答えをすれば却って逆効果になるのは明白で。
失敗した・・・と、ダンが胸の中で舌打ちした時はすでに遅かった。
「議長はそう仰るかもしれませんが、僕は議長の指示や判断を間近で見られるチャンスに遭遇して、本当に嬉しかったんです。宇宙にその名を轟かせた議長の御姿を、この目で拝見出来たことの嬉しさに勝るものはありません。見聞するよりも、実際に一緒に行動することで初めて分かる素晴しさを、僕は直に体験することが出来たんですから!」
・・・正直、褒められて嬉しくない人間はいない。
ただ、それにも限度というものがあって、必要以上に礼賛されるのはどうも性分に合わないと思っているダンは、坊やの口を閉ざす作戦に出た。
それは当の昔に一線を退いた自分の容赦ない現実を、改めて自分自身に認識させる為でもあった。
かすかな苦味を胸に残したまま、ダンはタイラーに向け言い放つ。
それは反面、自分自身にも言い聞かせる台詞でもあった。
時の経過は残酷な現実を突きつけるものであると、誰よりも自分自身が一番よく知っているダンだった。
「・・・タイラー、一つ言っておく。過去の栄光に縋るだけの人間を崇拝するよりも、苦しみながらも自分自身の責任と行動で答えを導き出す人間にこそ、人はついていくものだ」
ハッとしてタイラーの息を呑み込む音が、沈黙した廊下に響く。
色を失っていくタイラーの表情を見ながら、ダンは最後の一言をタイラーに投げ掛けた。
「君の今後の活躍を期待している」
それだけ言い残すと、ダンはクルリと踵を返し硬い足音だけを残して、待たせてあるエアカーにさっさと乗り込んだ。
振り向くことなどしなかったが、背後から漂ってくる雰囲気が彼を納得させるものであったことに、ダンは安堵の吐息を漏らす。
「・・・何か嬉しいことがありましたか?」
ダンがエアカーに乗り込むのを運転席で待ち構えていた秘書が、珍しくダンに向け話し掛ける。
長年の付き合いになる秘書であったが、今まで彼の方から話の口火を切ることなど一切なかった。
「・・・分かるかね?」
表情は一切変えないまでも、口の端に薄い笑いが浮かぶ自分をダンは分かっていた。
自分の真意を知ってか、知らずか、秘書は訥々と言葉を漏らす。
「ええ。議長がそういう表情をなさる時は、決まってジョウ様がご活躍なさった連絡が入った時だけですから」
「・・・!」
秘書の言葉を噛み締めながら、ダンは先程まで会話していた人物に想いをめぐらす。
・・・いつかジョウと共に次の時代を築いていくであろう、若きクラッシャーの眸に宿った情熱。
*****
「・・・タイラー・・・」
掠れた呻き声と共に空中に投げ出されたダンの嘆きと絶望を、誰一人として知る者はいない。
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