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根競べ (CJ SS)

その時、ジョウの眠気は頂点に達しつつあった。
無茶ぶりばかりを要求するクライアントの護衛に就くこと一週間。
契約開始前にさんざん断りを入れたのにも関わらず、法外な報酬を事あるごとにちらつかせ、有無を言わさず強引に契約を捻じ込んだ男の顔を、一刻も早く消し去ろうとする執念のみで邁進した仕事に抜かりはなかったのはさすがというべきか。
いや、それ以上に猛烈に契約に拒絶の意思を示したはずなのに、頑としてその要求を撥ねつけたアラミス本部への恨みつらみがやけくそになって見事に仕事を完遂したという、よく言えば気高い反骨精神だけがジョウ達の心の支えだった。
不満、憤慨、鬱憤……ありとあらゆる負の感情を網羅しても追いつけない境地をさんざん味わってようやく解放されたその瞬間、ジョウ達は一目散に現場から飛び立っていった。


「俺はこれから寝るぞ!緊急時以外は絶対に起こすなよ」


反論の余地も許さないほど一方的にそう宣言して、ジョウはミネルバのコックピットを後にした。
契約終了の最終日、他の皆を一日早く先に休ませ、自分だけで面倒極まりない後始末を残さず片付けたツケがここにきて廻った。
疲労困憊には慣れっこだったが、それに心的ダメージが予想外に拍車をかけジョウの意識と体をとことん苛む。
契約を完了した達成感と引き換えに自らの内に招き入れたものは、想像以上にジョウの感覚を鈍らせ麻痺させていく。


…限界だな


意識を留めておくことを放棄した身体が少しずつ弛緩していく。
ゆるゆると意識を手放しながら、寝間着に着替える余裕すら捨て去って、ジョウはベッドに突っ伏した。
眠りへの誘いが間口を開けて待っているのを意識の端で微かに捉えながら、あと一息で完全に眠りに落ち込むその瞬間だった。


「ジョウっ、見てっ!すっごいもの見つけちゃった!」


ドアを開けるより先に飛び込んだ声が眠りに落ちそうだったジョウの意識に刺さる。
いつもよりも数倍明るくイキイキとした声音に気付きはしながらも、ジョウは眠りへの階段を上ることを無意識に選んだ。


「………」
自分の声に一切反応しないジョウを見て、アルフィンはめげずにまたしても声をかける。



「ねぇ、ジョウ!本当にすごいもの見つけちゃったんだからぁ」


今まさに眠りにつかんとしている自分の隣に立って、きっと極上の笑顔で語り掛けている彼女の姿を朧気に想像しながらも、眠りには抗えないジョウだった。


「………」
「ジョウったらぁ。聞いてる?」


僅かに声のニュアンスが変わり、ちょっと不服そうなアルフィンの声に棘が滲む。
その彼女の微妙な気持ちの揺れを捉えつつも、ジョウは眠りを最優先した。
経験上、こういう時は何らかのアクションを起こした方が実害が少なくて済むし、後々面倒な事を回避出来るはずとは分かっていても、今の自分に解決策を求めるのは酷だと思えた。
何より眠気が勝って正常の判断が覚束ない状態だと、身体の奥底からシグナルが放たれる。


「………」
「ねぇジョウっ!ちょっとだけいいからお願い!見てほしいの」


言いながら両手を伸ばして、眠気で重くなった身体を二、三度軽く揺らすアルフィンに向け、ようやくジョウはしぶしぶ言葉を漏らす。
眠気と半分戦いながら。


「……緊急時以外は起こすなって、言ったはずだが」


ベッドに突っ伏した状態のままで紡ぎだす言葉にちらりと混じるさり気ない牽制。
アルフィンの機嫌を損なわない程度に最大限の配慮を示した言い回しが宙に浮かぶ。


「ごめんなさい、ジョウがとっても眠いの分かってる。…でもね、どうしてもこれをジョウに見て欲しかっただけなの」


いつもなら自分の言いざまに売り言葉に買い言葉で返すアルフィンの勢いがどことなく薄れているのに意識が止まる。
なんとなくしおらしい彼女の言葉の抑揚が気になって仕方なくなっていくのを、ジョウは次第に止められずにいた。
眠気の最高潮で止まった意識がずるずると引き戻されていく感覚にジョウは戸惑いを覚えた。


「…どうしても今じゃなくちゃダメか?」


半分眠気で意識が遠のいた状態でも、無意識に投げ掛ける言葉にはオブラートに包まれたジョウの心が宿っていた。


「出来れば今がいいの……」


徐々に小さくなっていくアルフィンの声が耳に滑り込む。
突っ伏した姿勢なのでアルフィンの姿は見えないが、何となく彼女が少し俯きながらいつもの彼女らしくないと訥々とした口調で話しかけている姿がジョウの脳裏を覆う。
しばらくしてジョウは観念した。
ガシガシと髪を搔きむしりフーッと長くため息を零すと、ジョウはようやく半身を起こした。


「いったい何を見せたいんだ?俺に…」


ベッドサイドの壁に気だるげに半身を預け腕組みをしながら自分の声を待つジョウの姿を認めて、アルフィンは彼から微妙な距離を置いてゆっくりとベッドに腰を下ろした。
薄暗い部屋の中でアルフィンの金髪が仄かな光を放つ。
さらさらと零れ落ちる髪の音が部屋の中の空気を少しだけ和らげていく。
まだ完全には覚醒しきれない自分の意識にさり気なく寄り添うようなその情景に、ジョウは何故か心の奥が擽られるような、そんな想いを感じた。



「…これ、覚えてる?」


ゆっくりと差し出されたアルフィンの掌には、焼け焦げた跡がそこかしこに散らばった二枚のカードがあった。
随分と使い込んだ訳でもないのに煤けた跡が残るカードを見て、ジョウはそれがIDカードだと瞬時に察した。
クラッシャーという仕事柄、非合法すれすれの厄介な仕事にも関わらざるを得なかった経験上、こういった類のものは何かしかいわくつきのものであると頭の中で警告音が鳴り響く。
無意識にスーッと目を細め、眉間にしわを寄せながらアルフィンの掌からそっと掬い取ったカードをしばし見つめ、ジョウは素直な感情を口にした。


「誰だ?こいつらは」


聊か間の抜けた口調が部屋に沈み込んだ。
その瞬間だった。
さっきまで彼の隣でしおらしく座っていたと思われていたアルフィンが勢いよく立ち上がり、両手を腰に当てて物凄い剣幕でまくしたて始めた。
部屋の空気が一瞬にして緊迫感に塗り替えられていく。


「ジョウったら!全っ然覚えてないのっ?本当に覚えてないのっ!?」


詰め寄るアルフィンの声のトーンが瞬く間に跳ね上がっていく。
彼女の怒りのボルテージが上昇する気配を徐々に察して、寝ぼけ眼も一気に吹き飛んでいくのを感じながら、ジョウは無意識に彼女の気持ちを落ち着かせようとする言葉の端を探す。


「…悪い。俺、たぶん忘れてる。俺が忘れててアルフィンが覚えてるんなら、俺に教えてくれないか?」


アルフィンの機嫌を損ねないように彼なりに十分配慮した言葉を述べたつもりだったが、それが徒労に終わった瞬間をジョウは実感する。
身体に襲い掛かるタコ殴りの嵐と、彼女の悲鳴に近い怒鳴り声のコンボで。


「バカ!バカ!ジョウのバカっっ!ヴェーデホフ城に潜入する時に使ったIDカードのことを忘れちゃってるジョウなんて大っ嫌い!」


アルフィンから齎される絶え間ない拳の連打とは別に、自身の心の奥深くを鋭く抉った痛みがあの時の記憶を鮮烈に蘇らせる。
あまりにも憤慨したために一時記憶の彼方へと追いやり、無意識に感情に蓋を閉めてきたはずの過去が苦々しい想いと共にジョウの精神を苛む。
到底忘れることなど出来ない屈辱的な仕打ちと完膚なきまでに叩きのめされたプライドの塊が、まだ自分の中で燻り続けているのをジョウは自覚した。


ヴェーデホフ城……ド・テオギュール主席……そしてクラッシャー・ダン!


連鎖的に繋っていく記憶の断片を手繰り寄せるうち、沸々と込み上げてくる反抗心に押されて、ギリッと奥歯を噛み締める彼の顔に影が差す。
思い出したくもない過去の自分の甘さと、それに輪をかけてひたすら突っ走るだけだった若さゆえの判断力の限界。
それら全てを見透かし、見切った上で悉く自分という存在を根底から看破し続けてきたダンの思惑。
あの時通信機ごしのやり取りの後、一瞬にして粉々に砕け散ったプライドの残骸を拾い集める術さえ放棄してジョウは荒れに荒れた。
自分自身の未熟さを呪い、ダンの子供として生まれた運命を呪い、何よりも一方的にヒヨッ子扱いするダンの言動にぶちぎれて、三日三晩酒をあおり続けたのだった。
尽きぬ怒りの陰で、ジョウはその当時の状況を心の内から即座にシャットアウトし、その事件に関わる記憶を一切寄せつけなかったため、アルフィンが見せたIDカードの件も忘却の彼方に忘れ去っていたのだった。
苦々しい記憶が自分を責め立てているのと同時に、物理的な痛みがひっきりなしに続いている現実にようやく心が呼び戻される。
ふくれっ面をして、少し目に涙を溜めているようなアルフィンの顔を見据えながら、ジョウは呟きとも囁きともとれないような掠れた声で静かに問いかける。


「これ、どこから見つけてきたんだ?」


ジョウから言葉が漏れた瞬間、彼の身体を叩き続けていたアルフィンの拳が止まる。
一瞬虚空を彷徨った視線が静かに落ちてジョウの瞳を捉える。
僅かに震える声が空気を揺らす。


「…あの騒ぎの時に失くしちゃったと思ってワタシずっと諦めてたの。それがついさっき部屋の奥を片付けてたら、偶然出てきたの。…とっても、ワタシにとってはとても大事なものだったから、ジョウに一緒に見てもらいたくて…」


尻すぼみになっていく言葉尻にいつもの彼女らしい覇気を感じられなくて、ジョウは少し戸惑う。
そんな彼女の姿を何故だか見ていられなくて、ジョウは手にしていたIDカードに視線を落とした。


「…インデペンデント通信社。通信記者のマードックと録画技術者のミーナ…。俺はちっとも似合いもしないアフロヘアで付け髭だし、アルフィンはショートヘアでそばかすだらけだ。これ見てるとホント子供だましの変装だな」


アルフィンはともかく、自分の姿がどうやっても子供が精一杯背伸びをして変装を頑張りました風の容貌で、思わず苦笑いが零れる。
そんなジョウの姿を認めて、アルフィンの気持ちも次第に和らいでいく。


「やだ、元々はこの変装をする言い出しっぺはジョウだったのよ!ド・テオギュール主席の秘書にインタビューにいく名目で貴方と私が新婚旅行を装っていくって」
「お、…俺ぇ?」


素っ頓狂な声が部屋に響き渡る。
それは紛れもなくジョウの心からの叫びだった。
そこには驚きと恥ずかしさと、何より新婚旅行というある意味自分にとっては大胆不敵かつ通常では到底思いもつかない発想だったからだった。
一気に混乱の極みを駆け上っていく意識を辛うじて繋ぎ止めながら、いささか震える口調でジョウはアルフィンに問い掛ける。


「ほ・・・本当に俺が言い出したのか?」
「ん、もぉ!本当に忘れちゃったの?…バードやタロスたちの手前で『俺とアルフィンが新婚旅行を装っていけばどうかと…』って」
「…う…」


何となく…何となくあの当時のやり取りが忘れ掛けていた時間の波を遡って、ジョウにひしひしと忍び寄り始める。
それは一見忘れかけていたようで、実は心の奥に痕跡もなく蔓延っていたようだった。
アルフィンはそんなジョウの様子に気付きもせず、無意識に追い打ちをかける。


「フェアリーの塗装を新婚旅行用にピンクに塗装してもらったのはすっごく嬉しかったわ!」
「あーーー…」


胸の前で両手を組みながら弾む声で話すアルフィンとは対照的に、あのどぎついショッキングピンクの塗装を施したフェアリーを思い出して、ジョウは居たたまれず髪をガシガシと掻きむしる。
そんなジョウを知ってか知らずか、うっとりと潤んだ瞳でアルフィンは当時を思い出しながら言を継ぐ。


「心配するタロスたちに向けて、私はこう言ったのよね。『大丈夫に決まってンじゃない!あたしがついてンのよ。だんな様を守るのは妻のつとめなんだからァ!』」
「…!…」


その瞬間、心の中で何かが音を立てて動いたのをジョウははっきりと自覚した。
強い閃光が身体を貫いて、眠っていた何かが次第に形あるものへと変化していく過程をリアルに体感していくさまに、ジョウはしばし言葉を失う。
しかしそれは恐れや不安とは程遠い未知なるものへの焦燥ではなく、確固とした意識の塊のようであるとジョウは気づき始めた。
そしてそれはずっと昔からジョウの心の内で人知れず育っていたものであると、今はまだ知る由もなく。


「…これがそんなに大事か?こんなに焼け焦げて、ボロボロなのに」


何故その言葉が零れ落ちたのか、そしてそれをアルフィンに言ったのか…ジョウは今はその答えを出すのを無視した。


「当然でしょ?…その瞬間はあたしがジョウの奥さんだって唯一証明できるものだもん…偽りだって分かってるし、ジョウは認めてくれないってわかってるけど」


少し項垂れて淋しそうに呟くアルフィンの身体が小刻みに震えていた。
きっとこの言葉を紡ぎだすのに、心の内で相当葛藤したであろう彼女の心情に想いを馳せる。
そして何気なく目を落としたIDカードを見て、ジョウの心に激震が走った。


心が決まるときは突然前触れもなくいきなり訪れるらしい。
些細なきっかけ、ふとした仕草、日常に埋没しそうな他愛ないやり取りの中で確かに彼女の存在は息づいていて。
まるでそこにいるのが当たり前だと思っていた事が、本当は幾重もの奇跡の積み重ねの上で成り立っているのだと、心から思える日が来るとは思いもよらないで。


たどたどしく漏れる言葉の端に息づく思いは、果たして彼女に届くのだろうか?
ジョウは伏し目がちに切り出した。


「…さっきアルフィンが言った言葉は今も変わらないか?」
「・・・えっ?」
「『だんな様を守るのは妻のつとめなんだからァ!』って」


ジョウが言葉を言い終えぬうちに、はっきりとした言葉が宙を一閃する。


「あたしを誰だと思ってんの?特Aクラッシャーのジョウチームに所属する航海士クラッシャーアルフィンよッ!?」


相変わらずの言葉の応酬にジョウは何故か含み笑いを漏らしながらウンウンと頷いて、静かに顔を上げアルフィンを見つめる。
いつになく優しい眼差しで。


「俺は守ってもらうのは性に合わない。まっぴら御免だ。守られるのも嫌だが、反対に大切な誰かを今後ずっと守り切れる自信もない」
「…ジョウ、いったい何が言いたいの!?」


禅問答のようなジョウの言葉に不安げな面持ちで聞き返すアルフィンの瞳を、ジョウの強い視線が射貫く。


「この広い宇宙を共に駆け抜けながら、俺の命を懸けて君を一生守り切れるかどうか、俺の隣でずっと見届けてくれるか?」
「…ジョウ…それって…!!!」


みるみるうちに赤く染めあがっていくアルフィンの顔に戸惑いが広がる。
しかし直にそれが歓喜の証となって広がっていくのを認めながら、ジョウはさらに追い打ちをかける。


「クラッシャーは即断即決だ。YesかNoか!」
「答えはこれよっ!」


言いながら勢いよくジョウの胸に飛び込んだアルフィンは、何度も何度も彼の胸を柔らかく拳で叩き続ける。


「…『わたしは、もうけっこういい女だよ』って勢いで言っちゃってから、もうどれだけ経つと思ってんのよ!この鈍感!朴念仁!」


心なしか言葉尻が震えるアルフィンの気持ちが、今は何故かすんなりと身体に沁み込んでいくのをジョウは分かっていた。

…そう、それはきっと最初に出会った時から分かり切っていた筈の答えだった。
それなのに何かと自分の中で理屈と言い訳を駆使して誤魔化してきたのも、きっともう…

「根競べはこの瞬間からいったん終了だ。これからは別の意味でのもっと長い根競べが始まるぞ。覚悟は出来てるのか?」

自分の胸の中で俯きながら拳を叩きつけていたアルフィンの動作がいったん止まり、わずかに彼女が顔を上げた先でジョウの視線と交錯する。
少し泣き笑いの表情で自分を見上げるアルフィンの瞳に澄み切った想いが宿っていた。
彼女の眸を通して映る自分の姿に、一切の迷いがない事を心の奥深くに刻み込んで。

「覚悟ならピザンを離れた時に、とっくに決めてるわ!」

破顔一笑して今度はジョウの胸の中に真っ直ぐに飛び込んできたアルフィンを、ジョウは全身で柔らかく受け止め、そしてきつく抱き締めた。
息が出来ぬほど強く。

クラッシュジャケット越しにお互いの鼓動が次第に重なり合っていくのを感じて、やがてジョウはアルフィンの顔を両手で優しく包み込むと、僅かに顔を上向かせた。
アルフィンの額に自分の額をそっと押し付けつつ、そっと語り掛ける言葉が宙に溶け込んでいく。


「どうやら間に合った」


ジョウの手から緩やかに滑り落ちた二枚のIDカードの有効期限が切れるのは…まさに明日だった。

拍手

このお話についてのあとがきはこちらです → 

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