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2002年9月12日 サイト初掲載作品
行き過ぎる風の囁きを聞き流しながら、一人歩く晩夏の浜辺。
足元に絡み付く波の歌声が今は優しく耳に届く。
落ちかける真紅の夕日の向こう側で、手招きしながら待っている星の瞬きが、少しずつ煌きを増す。
茜色の空の果てで、静かに歩み寄る紫の雲の絨毯が手を広げては、眠りにつこうとしている落日をそっと包み込む。
あてもなく歩き続ける自分の前に立ちはだかる、言いようのない不安と先のない未来を感じて、ふと立ち止まって後ろを振り返ると、今までしっかりと浜辺につけてきたはずの自分の足跡が、穏やかで絶え間ない波の洗礼を受けて消え去っていた。
それを見た瞬間に込み上げてくる、行き場のない想いが心を暗く塗りつぶす。
波に消された足跡が、何故か人間だった頃の自分に思えてならない。
人間だった頃の自分は「幸せだった」と言いきれるほど他人に比べて幸せではなかったかもしれないが、それでも毎日自分なりに必死に生きていこうと精一杯頑張って努力していた。
いつかきっと・・・と思いながらちっぽけな夢を追い求めて、辛く苦しい試練を乗り越えながら懸命に生きようとしていた自分。
そんな自分を投影した足跡が静かな波にさらわれて、跡形もなく消え去っていくのを目の当たりにして、遣り切れない想いが更に募る。
ボロボロと崩れ落ちそうな心の隙間に入り込んだ海風が、脆く壊れていく心の内側に次々と小さい傷を付けながら身体を通り抜けていく。
その度にじわじわと溶けていく深い悲しみが全身を駆け巡っては、更に自分を痛めつける。
人間だった頃の自分さえも、無言のまますべて消し去ってしまうような静かな波の襲来に、抵抗することなく押し流されてしまう足跡を放心状態で見つめる自分に、優しい想いが届く。
『いくら嘆き哀しんでも、波に消されてしまった足跡はもう過去のこと・・・。もう一度、貴方は歩き出せるはず・・・勇気を出して・・・しっかりと前を向いて・・・貴方の未来を・・・未来を信じて・・・』
はっとして顔を上げる自分の瞳に水平線の彼方に今、まさに沈もうとしている夕日の姿が映った。
夜の気配に押されながらも、力いっぱい最後の煌きを天に向かって放出している心の叫びが胸に響く。
きっとその想いは夕日からの渾身のメッセージに違いなかった。
沈んでもなお、夕闇に自分がそこにいたという存在を秘めやかに残す落日の励ましに俯いていた顔を上げ、前方をしっかりと見つめる。
目に見えない先の未来を信じて歩き出そうとする自分の背中を、さっきまで心を痛めつけていた海風が力強い思いを秘めながら後押しする。
波に揉まれて解けた靴紐に願いを込めながらしっかりと結びあげると、ひび割れていた心の継ぎ目に希望という名の想いが染み込んで、一つに固まっていった。
すーっと大きく深呼吸しながら、海風を身体いっぱい吸い込んで新たな自分の最初の一歩を力強く踏み出す。
これから先に続く未来を・・・未来を信じて・・・
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