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2003年6月18日 サイト初掲載作品
「雨・・・だね・・・」
「雨・・・アルねぇ・・・」
「雨・・・で、ありますなぁ・・・」
三者三様の言葉が、部屋の中で交差していく。
閉め切った窓ガラスの向こう側では、静かに降り続く雨が時の歩みをほんの少し立ち止まらせていた。
「雨ってさ、もっとこう激しく降るものだとばっかり思ってたよ」
窓枠に身体を預けつつ、感慨深そうにコーヒーを流し込みながら話すピュンマ。
飲みかけのコーヒーの表面は、雨音を吸い込みながら微かに揺れる。
緩やかに降り続く雨は、彼の心にいつになく穏やかな気持ちをもたらせているようだった。
「人の心を穏やかにする雨・・・っていうのもあるんだね・・・」
「ほぅ♪ピュンマも詩人ですなぁ!いつも小生らに見せている冷静沈着で理性的な面ばかりでなく、豊かな感受性も同時に隠し持っているとは・・・オヌシやりますな!」
ソファーに深く腰を沈めて、タバコ片手に英字新聞を読み耽っていたグレートがすかさず茶々をいれる。
掛けていたメガネを鼻の下までズリ下ろし、おどけた様子で話すグレートにピュンマも苦笑いで応酬する。
「もう!茶化さないでくれないか?グレート!僕はただ見たままの景色を口にしただけだから」
「おっと、それは失礼!これでも小生、オヌシのことを褒め称えているつもりなんだが・・・お気に召さなかったかね!?」
一瞬の間をおいた後、ピュンマは堪らずプッと吹き出した。
グレートの絶妙な言い回しに、コロコロと笑い転げる彼の目尻が僅かに緩む。
「まったく・・・もう!これだから敵わないんだよね、グレートには。ホント、得な性格してるよね!」
「おおっ?!それは聞き捨てならない台詞ですぞ、ピュンマ君!それでは小生が何にも考えてない極楽トンボのようではありませぬか!?うむむ・・・君にそう思われていたとは・・・これは我輩にとって由々しき問題だ」
すかさず表情を一変し、強張った面持ちで腕を組み、考え込むグレートの態度にピュンマの顔色が変わる。
「ちょ・・・ちょっと、グレート!僕・・・そんな気持ちで言ったんじゃないよ!その・・・つまり・・・あれはちょっとした言葉の『あや』で・・・」
ピュンマの言葉を聞き入れもせず、ますます表情を硬くして黙り込むグレートを見ながら焦るピュンマ。少しずつ汗ばんできた額が、彼の焦りをじりじりと増長させる。
「ご・・・ごめん、グレート!僕・・・僕の言い方が悪かったよ。謝るから機嫌直してくれないか?」
その言葉を聞き入れようともせず、押し黙ったままのグレートを見つめるピュンマの心に襲い掛かる最悪の事態。
そんな彼に思いがけず救いの手が伸びた。
「グレートはん、あんさんも人が悪いアルねぇ。もういい加減、お芝居は止めるアル!」
タバコの煙をプハーッと一息で吐き出した張々湖は、キセルを灰皿の上でリズミカルに2〜3回叩いた。
キセルから零れた灰が僅かに部屋の中に散漫する。
「えっ!?・・・お芝居って・・・一体どういうこと!?張大人!!」
「ピュンマ・・・あんさん、グレートはんに担がれたアルね!ほれ、グレートはんを見てみぃ」
詰め寄るピュンマを誘導するように、キセルの先を躊躇いもせずグレートに向ける張々湖。
その先ではさっきの険悪な態度とはまさに打って変わって、上機嫌でタバコを更かしている、のほほんとしたグレートの姿があった。
ピュンマが気づいたと知って、悠々と手を振ってよこすグレートは悪戯が成功したと喜ぶ少年そのものの笑顔を向けていた。
「そ・・・そんなぁ;;;僕・・・まんまと騙されていたのかい?」
怒るのを通り越して、ワナワナと震えながらその場に呆けたように座り込むピュンマに、張々湖は淡々と話し掛ける。
「ピュンマ、あんさんも人が良すぎるアルからねぇ。でもそこがあんさんの良い所でアルから、そんなに落ち込まんでもヨロシ!」
「そうそう!オヌシのそういうところ、小生達には真似できないほどストイックであるからして・・・まぁ、その・・・何だ・・・いつまでもそのままでいてほしい訳よ、オヌシに」
禿げ上がった頭を照れくさそうにポリポリと掻きながら、いつものように饒舌でなくポツリポツリと呟くグレートの言葉が妙に胸に染み透る。
・・・それは日頃めったに仲間内では見せない、隠されたグレートの一面なのかもしれなかった。
「ピュンマ・・・グレートはんの言葉を借りるわけではないアルが・・・ワテもあんさんのひたむきな気持ちを・・・ずっとあんさんに持ち続けていてほしいと思ってるアル・・・な〜んて、ワテら中年男二人組に言われても、あんさんは困るアルかもしれんが」
最後はおどけた調子で締めくくった張大人の言葉に込められた気持ちに・・・ピュンマは言葉を失った・・・
ひたむきに生きようとして、今まで生きてきた訳じゃない
そう生きることでしか、この想像を絶する哀しみや苦しみを乗り越えられないと・・・心の何処かでずっと無理をしていた自分だったから・・・
だから僕は、果てしなく続く苦しみから逃れようとするか弱い自分自身を必死に繋ぎ止めようとして・・・ひたむきに生きることしかできなかったんだよ・・・
僕は君たちが思っているほど・・・ストイックな人間じゃない・・・本当は誰よりも臆病で・・・誰よりも弱い自分自身を知っているから・・・だから僕は・・・!
言葉を失ってその場に立ち尽くすピュンマの隣に、静かに歩み寄る影が一つ。
「なぁ、ピュンマ・・・人間誰しも生きている間はずっと心の何処かで無理してる部分があって当然だ。だがな、それだけじゃきっといつかはボロボロになっちまう。いつも一所懸命で誰よりも真面目にみんなの事を考えているお前さんだからこそ・・・たまには『頑張らない自分』でいられる事も必要なんじゃないかね?・・・小生と張大人・・・いや、仲間全員がお前さんのその・・・優しさに救われているからこそ・・・いつまでもお前さんらしくいて欲しいわけよ・・・お前さんにそう願うのは無理な注文だろうか?」
雨の音にも似た言葉の響きが、ピュンマの身体に降り注いでは心を濡らしていく。
・・・ずっと・・・ずっと何処かで無理をしていた自分を今・・・解き放つ時が来たんだ・・・!
グレートが投げかけた言葉に、そっと首を横に振って顔を上げた晴れやかなピュンマの顔を見て・・・張々湖とグレートの二人は納得したように頷きあって笑いあう。
雨は静かに降り続く・・・音もなく静かに降り続く・・・
静かな雨に呼び起こされて・・・三人に訪れた穏やかなひととき・・・
このひとときは・・・きっと・・・
永遠に続く時間の中で一瞬だけ煌いた、刹那の安らぎと知りつつも・・・いつかは・・・
「・・・この雨・・・いつまでも止まなければいいのにね・・・」
僕の言葉に柔らかく微笑みながら頷く二人の姿が・・・窓ガラス越しに映った。
・・・雨は穏やかな時間を紡ぎながら・・・穏やかに降り続く・・・
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