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2004年10月20日 サイト初掲載作品
「・・・ここでいいから」
玄関先まで行き掛けた私を気遣うように押し止める貴方。
優しい眼差しの奥に潜んだ小さな翳りは、まるで私の貴方への想いを代弁してくれているかのように揺らめいていた。
・・・また今度逢えると分かっていても、別れは辛い。
逢えない時間が二人の心をより強く結びつけるための試練だと分かっていても、本当の心に嘘は付けない。
・・・傍にいたい。
・・・傍にいて欲しい。
・・・離れたくない。
・・・離れないで欲しい。
心の奥底に仕舞った言えない想いが喉元まで出掛かっているのに、言葉に出来ないまま胸の中にほろ苦い想いだけがお互い積み重なっていって。
黙り込んで言葉を交せないまま、立ち尽くすだけの貴方と私。
何か言葉を漏らせば状況が動き出すはずなのに、怖くて動けない。
・・・きっとそれは貴方の目の前で約束を破ってしまった私と・・・
・・・何も出来ないまま私を見送るしか出来なかった貴方の・・・
命を掛けてまでもお互いを想いあっているのに、反対方向にすれ違う心の所為かもしれなかった。
自分の行いを振り向く余裕さえなかったあの時を経て、今こうして傍に居られる嬉しさを、誰よりも何よりも一番大切に思っているのに・・・どうしたらいいか分からない。何を伝えたらいいのか分からない。
・・・言いたい。
・・・言えない。
・・・動きたい。
・・・動けない。
本当の気持はきっと二人一緒のはず。
・・・だけどそれを認めるきっかけを逸したまま時間だけが過ぎていって。
このまま永遠に続く沈黙の中で流離うだけの私達になる・・・はずだった。
「・・・テレサ」
不意に名前を呼ばれて、顔を上げた先に思いつめた表情の貴方が私を見つめていた。
まるで何かを決意したかのように強張った表情に見覚えがあった。
・・・そう、それはあの時。
テレザリアムに私を迎えに来てくれたあの時の貴方の表情に・・・。
そう思い至った瞬間、身体の中をざわめいた気持が駆け抜けた。
・・・島さん?貴方は私に何を仰ろうとしているのですか・・・?
言いよどんだ言葉が、口の中で苦い思いを伴って何度も反芻していく。
すっと私の前に一歩進み出た貴方は、何かを言い掛けて僅かに開いた唇に躊躇いながらそっと言葉をのせた。
柔らかい・・・それでいて強い意志を込めた言葉の欠片を私に向かって。
「テレサ。・・・今度見送ってくれる時は・・・今、君が住んでいるこの部屋からじゃなくて・・・僕の部屋から見送って欲しいんだ・・・」
「・・・えっ・・・?」
・・・時間が止まる。
崩落しかけた意識を止まらせたのは、ややあって気付いた貴方の腕の中に抱かれている現実で。
「・・・島さん・・・」
抱かれるまま呟いた貴方の名前は空気を震わせた声となって、止まった時間の中に沈んだ。
「今すぐ答えは要らない。・・・でも僕がそういう気持でいるってことを・・・君に知って欲しかったから。ただそれだけなんだ。驚かしてしまってゴメン・・・」
そっと身体を離して、私に背を向け立ち去ろうとする貴方の背中に漂う気配を見た途端、意識するよりも早く動き出した身体は、貴方の背中に縋りついていた。
背中を通して伝わる貴方の優しくて暖かい温もりに包まれながら・・・
臆病だった心は次第に研ぎ澄まされていって・・・
「・・・いってらっしゃいませ。貴方が無事にお帰りになるのを待っています。そして・・・」
貴方の背中から前に廻した腕に、ほんの少しだけ力を込める。
それは貴方に対する私の・・・私の精一杯の気持ち。
・・・私の想い・・・貴方に届いていますか・・・?
僅かに貴方の身体が動いて、貴方の胸の前で組んでいた私の両手を大事に包み込みように静かに上から重なった、大きくて暖かい手。
私の手を離さぬように強くしっかりと重なっていく貴方の手に込められた気持に・・・今、ようやく気がついて。
・・・貴方と私の想いははたった今、この瞬間から同じスタートラインに立った。
永遠に続くゴールを二人一緒に励まし支えあいながら辿り着くことを目指して。
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