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2004年12月9日 サイト初掲載作品
(一つ前にUPした作品 プリムラ 〜続編1〜の続きになります)
月の光が揺れる・・・
眸を閉じていてもはっきりとその光を認識できるのは、今宵の月があまりにも冴え冴えしくて・・・あまりにも清らか過ぎるから。
くっきりとした輪郭を保ち続け、輝き続ける月の周りでは、星の煌きも今宵だけは霞むように思えた。
ベッドに横たえていた体を僅かばかり起こして、蒼白い月の光に満たされた部屋をゆっくりと見渡す。
闇に慣れた眸が捉えるモノは、何もかもがみな自分に対してそっと語り掛けてくるような気がした。
淡い水色の色彩で統一された部屋。
光の加減で微妙な煌きを醸し出す、シルクのカーテン。
静かな音でゆっくりと正確に時を刻む、年代物の置時計。
部屋の中に存在しているモノ全てが、今日という日の為に用意されたのであると・・・部屋中から漂ってくる温かい気配で気がつく。
・・・貴方と一緒に暮らせることは・・・本当に夢じゃなかったんですね・・・
カーテン越しに漏れる月の光を見つめながら、胸の内に溢れる想い。
そんな私を天上から見届けながら、月は優しく微笑んだ。
*****
『今日は疲れただろうから早めにお休み。初めて泊まる所だと緊張してしまって中々寝付かれないかもしれないから、少し早いけれど身体を休ませたほうがいい。』
ささやかな夕食の後に、貴方が訥々と語り掛けてくれた言葉。
慣れない場所で緊張している私を気遣う貴方の優しさに、不安だった心に微かな灯火が灯る。
『今まで生活していたペースを、こっちの生活に無理して合わせようとすると、身体を壊してしまうと想うんだ。少しずつ、お互いのペースを理解しあいながら暮らしていこう。無理のし過ぎが、身体に一番堪えると思うから。ゆっくりと焦らずにお互いの生活と心が次第に歩み寄っていけることが、これからの僕たちにとって、きっと一番大切なこと・・・だよね?』
私に笑い掛けながら話す貴方の眸の奥に、ちらちらと見え隠れする直向な気持ち。
その想いに触れて、不安に覆われた私の臆病な心が、静かに動き出し始める。
『本当に・・・私なんかが貴方と一緒に暮らしても・・・いいんですか?』
貴方の部屋についてもなお、払拭できなかった不安と躊躇いが、貴方の思いに触れて零れ落ちる。
隠し切れなかった本音を思わず吐露してしまったのは・・・きっと貴方が優しすぎるせい。
そして・・・私が貴方の傍にいたらきっと迷惑を及ぼしてしまうという、漠然とした予感。
私の言葉を聞き届けて一瞬だけ曇った貴方の表情が、次に私を見つめた時には決意を秘めた表情に変化していた。
揺ぎ無い想いに彩られた、真っ直ぐな瞳が私を・・・私だけを見据える。
『一度この手に掴みかけた幸せはどんな事があっても、もう二度と手放すことなどしないと・・・僕は決めたんだ』
*****
あの時の貴方の言葉が蘇ってきて、私の心を濡らす。
直接的な言葉で愛情を表現しない分だけ、貴方が私に向けて語りかけた言葉の意味の重さに気付く。
貴方の想いを受け止められる女ではないから・・・。
貴方の優しさに包み込まれる資格など、初めからない人間であるから・・・。
貴方という人間に愛されるには恐れ多いほど・・・私は罪を背負い過ぎている人間だから・・・。
・・・だから・・・
胸の内で言い掛けた言葉が、宙に浮いたまま闇と同化する。
思い直しては後悔し、後悔してはまた思い直す意識の反芻の中で、自分自身が本当はどうしたいのか、どうしたらいいのか分からなくなる。
無意識にベッドから降り立った私の足は、部屋を出て自然にリビングへと向かっていた。
*****
微かに聞こえた電子音が一つだけ音を鳴らして闇に消えていった。
午前一時。
きっと貴方も寝静まった頃だろうと予想しながらも、廊下を歩く足音に細心の注意を払う。
リビングに入る直前にドアの前で零した溜息。
ドアノブに手を掛けてゆっくりと開いたドアの向こう側では、予想に反して明るい光が部屋を照らしていた。
・・・島・・・さん・・・!?
背中をこちら側に向けて、パジャマの上にガウンを羽織った貴方が、リビングの出窓の近くで何かを囁いているような気配がした。
表情は窺い知れないけれど、背中から漂う気配で貴方が何かに想いを託しているような気がした。
いけないとは知りつつも貴方の口から漏れ出す言葉に聞き耳を立てる。
「やっと今日、彼女と一緒に暮らせる日を迎えることが出来た・・・。長かったような・・・でも短かったような、そんな気がする。・・・実を言うと、彼女が玄関に入る直前まで不安は消えなかったんだ。目の前で彼女が俺の目の前から消え去ってしまいそうな気がして・・・。きっとお前が、俺と彼女の気持ちを繋いでくれていたんだと思う。ありがとう。・・・俺はちっぽけでどうしようもない人間だから、この先彼女に迷惑を掛けてしまうかもしれない。苦労を掛け続けてしまうかもしれない。・・・だけど・・・俺なりの精一杯の気持ちで、彼女をこの先もずっと愛し続けたい。不器用で格好悪い愛し方しかできないけれど・・・彼女の傍に居ると決めたんだ。・・・だからお前にはこれからも俺達を見守り続けて欲しい・・・よろしく頼むよ」
貴方は静かに言い終えるとそっと頭を垂れながら、語りかけていたモノに指先をゆっくりと這わせた。
・・・!!!
途端に泪が溢れ出して頬を伝っていく。
口を両の拳で覆って嗚咽を押し止めようとするけれど、今はそれすらも出来なくて。
抑え切れない感情が呼び起こす止め処ない泪の中には、貴方の優しい言葉とそれを黙って受け止めるプリムラの可憐な鉢植えがいつまでも映りこんでいた。
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