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2004年9月28日 サイト初掲載作品
一際濃い闇の中・・・朧気な気配を漂わせた、月の輪郭が滲む。
闇と光との境でまどろんでいるような月は、どこか寂しそうで・・・。
厳しかった夏の名残を惜しむかのように、凛と轟く虫の音に紛れて訪れる秋の気配。
ああ・・・もう夏が終わる・・・
そっと閉じた眸の奥で・・・君と初めて一緒に過ごした夏の思い出が、ゆっくりと過ぎる。
僕と君が築き上げたかけがえのない時間の中で、微かに触れ合った確かな・・・確かな想いは
どんなに時が過ぎ去ろうとも決して色褪せることなく、心にしっかりと刻み込まれて。
忙しい毎日の中で埋没しかける、何気ない会話やふとした瞬間に見せる仕草が、本当はとても大事なものであると、改めて気付かせてくれた君の存在が・・・これほどまでに愛しくて。
頬を通り過ぎる瞬間に夜風に馴染ませた泪の欠片に・・・消せない夏の記憶をそっと閉じ込める。
「・・・よろしい・・・ですか?」
いつもと同じ様に遠慮がちに訊ねる君の声が届く。
急に話しかけることなどせずに、ずっと声を掛けるタイミングを推し量っていたかのように、控えめに訊く君の謙虚な姿勢は、何時になっても変わらず。
そんな君の思いやりに満ちた声掛けを嬉しく思いながら、そっと振り返る僕の眸に映る可憐な立ち姿。
小首を傾げてこちらの気分を窺うかのように、不安そうな面持ちのままそっと立ち竦んでいる彼女の柔らかな金色の髪が、緩やかな風に乗って靡く。
サラサラ・・・と夜風に溶けるように、黒一色だった世界を塗り替えていく髪は、幻想的な世界の訪れを予感させた。
「・・・珈琲をお持ちしたのですが・・・よろしかったら飲まれますか?」
教師に叱られる前の子供のように、少し俯きがちに話す声は今にも消えそうなほどにか細い声だった。
きっと彼女の今の心中は、僕からの断わりの返答を予期して逃げ出したい心境に違いないと、その様子から察することが出来た。
僕が君の申し出を断わることなど一切ないはずなのに、彼女が自信を持てない理由が今更ながらに分かって、少し心が痛む。
想像以上に過酷な現実と向き合い、壮絶な苦しみや逃れられない運命から逃げることなく、自分が引き起こした罪の重さを耐え忍んできた彼女の生き方に触れて、生半可な同情や慰めは却って彼女の傷ついた心を、更に深く傷つけるだけだということを感じていたから。
・・・傷ついた彼女の心を芯から癒すことなど、僕には到底無理かもしれない。
・・・必要以上に自分自身を責め続ける彼女の痛みを、少しでも分かち合いたいと願うのは、思い上がり以外の何物でもないかもしれない。
・・・だけど僕は君を放ってはおけないから・・・
・・・尽きぬことのない哀しみや苦しみに、今もなお喘ぎ続けている君を一人ぼっちには出来ないから・・・だから僕は・・・
「・・・ありがとう。丁度珈琲を飲みたいと思っていたところなんだ」
沈みがちだった表情が僅かに綻ぶ。
そんな些細な感情表現さえも、表に出すことは今までなかったであろう彼女のこれまでの経緯を想像すると、胸が潰れそうに痛む。
「・・・良かったら君もこっちに来ない?」
思いがけずスラスラと口をついて出た言葉の意味に気付いたのは、びっくりしたような表情をこちらに向けている彼女を見つめた後だった。
「・・・もし君がよければ・・・だけど」
ある種の逃げ道を用意した言葉を投げ掛けた後、彼女は懸命に何かと葛藤しているように思えた。
珈琲を持つ指先が心なしか震え続けている。
・・・大丈夫。怖がることはない。勇気を出して・・・!
睫を伏せた奥で行き場を見失って揺れ動いていた蒼緑の玉が、一瞬だけ強く煌いたかと思うとほんの少し顔を上げた彼女が小声で応えた。
「・・・はい」
消え入りそうな声の中に、微かに混じっていた力強い響きに共鳴するかのように、僕の心に小さな灯火が灯る。
他人が聞けば他愛のない会話にしか聞こえないはず。
だけどそれだけのやり取りを交わすまでに、僕らが経てきた想いの重さは決して他人に分かるはずもなく。
闇の合間を縫うようにゆっくりと・・・でもしっかりとした足取りで君は僕に近づく。
僕を・・・僕だけを・・・その穢れなき聡明な想いに彩られた眸に映しこんで。
・・・僕も君の元に向かって歩き出す。
闇の中に迷い込んで君を見失ってしまうかもしれない恐れを抱きながらも・・・君の元へと歩き出す。
君を・・・君だけを・・・ずっと傍で守り続けたいと願うただ一つの愛の真実を携えて。
・・・静かな夜。
僕と君の心が少しだけ近づくその時に・・・運命の扉は開く。
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