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優しい雨

2004年6月9日サイト初掲載作品

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雨・・・。
静かに降る雨・・・。
静かで、それでいて穏やかに降り続く雨は・・・あの人の優しさに似て。

穏やかに過ぎ行く午後のひととき
胸の中に密かに忍び込んでくるような柔らかい雨音を聴きながら・・・そっとあの人の笑顔を想い出す。

貴方に逢えるまで・・・あともう少し

******

カタッ・・・

穏やかに流れるままだった時間をほんの少し切り崩すかのように届いた音。
少し躊躇するような気配を携えて玄関の方角から聞こえてきた音に、僅かに身体が強張る。
普段この時間は自分も、同じ居住棟に住んでいる他の人間の元にも来訪する者等、誰もいないはずなのに微かに聞こえた足音と物音が、自分の中で忘れかけていた緊張感を一気に高める。
まだ病院から退院して間もない自分の元に訪れる人間など島以外にはおらず、その島も今は勤務中であるはずだから、この時間帯に自分の元へ顔を出す訳がなく。
島との連絡用のみに使用許可された携帯電話はまだ手許には届いておらず、島から自分に対する直接の連絡だけで今までは用が全て事足りていたから、今、自分の身に降り掛かろうとしている現実に戸惑いよりも恐れの気持ちの方が心の中で先行してしまって。

軽いパニック状態に陥ろうとしている自分自身を必死に押さえつけて、玄関先に全神経を集中させる。
じっと耳を凝らしていると、部屋の前で立ち止まった足音はしばらくの間を置いて静かな足音とともに遠ざかる気配がした。

その音を聴きながら一気に崩れ落ちそうになる自我と軽い虚脱感に覆われた身体を奮い立たせて足音が去っていった方角に近寄る。

・・・そのとき、玄関に僅かに挟み込まれていた一枚の白い小さな紙片が視界に入った。

訳もなく高揚する意識に追い立てられるようにして近づいた玄関先で、小さく挟み込まれていた紙片を抜き取った瞬間・・・紙片から手に伝わった感覚に身体が小さく反応した。


あっ・・・!


丁寧に小さく折りたたまれた紙片から醸し出される雰囲気は・・・今この時間に静かに降り続いている雨に似ていて。
優しさと暖かさが滲んだ気配が染み込んでいるような紙片は・・・自分自身が大切に・・・大切に思い続けているあの人の気配が確かに漂っていて。

突然の衝撃に心が揺れ動きながらも、震える指先で開いた紙片には・・・端正な文字が並んでいた。


   
    『突然ですが・・・急な任務に就くことになりました。

     今日予定していた約束、守れなくて・・・ゴメン。

     戻ってこられるのは一週間後になりそうです。

     それまで・・・どうか身体に気をつけて・・・

                         島  』


島から以前手渡された読解用の翻訳機械に紙片をスキャンして、書かれている内容を確認する。
理解した瞬間にベランダへと駆け出したのはほぼ同時。
頭で判断するよりも早く身体が即座に動き出したとは、自分自身でも気付かないくらいに理解の域を超えている感情に全身が覆い尽くされていて。


島さん・・・島さん!・・・島さん・・・!!


その名を心の中で呼ぶだけで・・・溢れ出す感情に理性が追いつけない。
胸の内から湧き上がっている想いに押し流されるだけの自分など、かつてはなかったことで。
それもこれもみな・・・島が傍にいてくれたから。
島がその優しさで自分を包み込んでくれたから。
島の存在が無ければ・・・今こうして現実に生きている自分は絶対に有り得なかったことだから。
島がいなければ・・・自分は生きている意味さえなかったのだから・・・

ベランダに通じるドアの鍵を必死に開けようとするが、気持ちが焦って指先が滑る。
ようやく開け放ったドアから飛び出して、ベランダの手摺にしがみつく様にして島の姿を探す。
天から零れる幾筋もの柔らかい絹糸のような雨はそっと染み込むように静かに身体を濡らす。

薄暗くなった視界を懸命の思いで眸を凝らして島の姿を探し続けると・・・周囲の景色に紛れ込むような一つの傘を見つけた。


・・・島さん・・・!


その名を呼ぼうと思っても喉元まで出掛かった言葉が、うまく押し出されない。
ようやく・・・ようやくその姿を見つけたのに呼び止められない自分が切なくて、情けなくて。
声に出そうと思ってもストップを掛ける意識の根源は、自分の元に紙片を置いて黙って立ち去ろうとした島の気持ちを思ってなのか・・・それとも島に迷惑を掛けたくないのか・・・今の自分には分かるはずもなく。

思いの丈を声にして届けることが出来ないまま、雨が降り続く中でただ立ち尽くすだけの自分に、まるで想いが通じたかのようにゆっくりと・・・ゆっくりとスローモーションのように旋回する傘の動き。

時を刻むかのようにゆっくりと静かに振り返る傘に隠れるようにして巡り合った眸は・・・穏やかな色を滲ませていて。
溢れんばかりの優しさを称えた眸から放たれる問い掛けは・・・言葉では言い表せないほどの透明な想いにしっかりと包み込まれていて。


『・・・大丈夫?』


声のない問い掛けに微かに・・・ほんの微かに頷く自分に気付いたのは・・・
傘の向こう側で微笑を零しながら大きく一回だけ頷いた島の無言の励ましが、弱気になっていた自分の心にしっかりと刻み込まれたから。

言葉は交わさなくても通い合い繋がっている心を知った瞬間から・・・
少しずつ分かり始めた、『生きる』という意味
そして・・・『信じる』という強さ。

島の無言の励ましに対する、今の自分に出来得る精一杯の・・・精一杯の返答は、任務へと向かう島に対して自分のことで心配を掛けまいと振舞う仕草のみで。

ぎこちなく挙げた指先を、心配そうに見つめている島に対して僅かにそっと振り返す。
生まれて初めて自分の想いを込めて返した仕草だったと・・・そのときは気付くはずもなく。

・・・傘が揺れる。
静かに降り続く雨の中で・・・小さく傘が揺れる。
そっと傘を傾げつつ、これ以上ないほどに優しく微笑み返す島の姿が流れ行く時の中で一際強く輝く。
やがてゆっくりと遠ざかる傘の痕跡は確かな想いを眸に植え付けて・・・暮れゆくときの中に紛れ込んでいった。


・・・島さん・・・


胸の中に大切に仕舞い込んでいた紙片をそっと取り出す。
島が書いた手書きの文字をそっと指先で辿りつつ、手書きの丁寧な文字に隠されている島の・・・島の自分に対するありったけの想いを感じ取りながら不意に零れ落ちた涙。


すぐに・・・またすぐに逢えますね、きっと。
どうか・・・どうか貴方もご無事でいてください。


再び両手の中に大切に仕舞い込んだ紙片を胸に抱き締めながら、島が去った方角をいつまでもいつまでも見詰め続けるテレサに、いつしか空の彼方から虹の煌きが照らし出すのだった。

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