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2004年6月21日 サイト初掲載作品
「・・・ゴメン。少し肌寒かったみたいだね」
言い終えないうちに、少し後ろを歩く私を気遣うようにそっと肩に羽織らせてくれた水色のオーバーシャツ。
まだ微かな暖かさが残る木綿の生地は、雨が降り終わった直後のひんやりとした空気に晒されていた身体を柔らかく包み込む。
「・・・もう少し歩いても・・・大丈夫?」
私の視線に合わせるようにして少し屈みこんで話す貴方の背後から降り注ぐ太陽の光は、眩しいくらいに煌いていて。
・・・いいえ、その太陽の光さえも敵わないほどに・・・穏やかな貴方の微笑みは私にはもっと眩しすぎて。
貴方の顔を見詰め続けられずにいる私は、そっと視線を下に逸らすと細切れに言葉を零した。
「・・・だい・・・じょうぶ・・・です」
面と向かって貴方に話せない自分が苦しくて・・・切ない。
いえ、それ以上に貴方がこうして私の傍に居てくれるだけで嬉しいはずなのに・・・
貴方にどう接したらいいか分からない自分自身が此処にいて。
心は虚空をゆらゆらと彷徨うばかり。
『・・・私のせいで・・・貴方にいつもご迷惑を掛けていませんか?』
ふたりきりで逢うときに、必ずいつも私が口にする問い掛けを貴方はその度に笑顔を交えながら
『それはお互い様だから!君がそう思っていることを、僕自身も君に対していつも思ってる。だからそんなに僕に遠慮しなくてもいいんだよ。君が僕に対して遠慮しないで悩みでも何でもぶつけてくれるのを僕は・・・ずっと待っている』
・・・と、言われる度に次に続く言葉を見失ったまま・・・お互い黙り込むばかりで。
貴方を愛していると自覚している自分と・・・
愛しているからこそ・・・貴方の傍にいてはいけない、迷惑をかけてはいけないと考える自分が・・・
いつもいつも心の奥深くでお互いの領分を巡って激しく鬩ぎあう。
その諍いに自分自身で終止符を打つのは容易いこと。
『貴方を愛しているからこそ、これ以上貴方に迷惑は掛けられない』ときっぱりと身を引けばいいだけの話。
・・・でも貴方の優しさに救われている自分が、一度ならずもあると憶えているから。
・・・心が・・・身体が・・・
テレザリアムでの貴方のひたむきな想いに包み込まれているのを、はっきりと憶えているから。
・・・そして何よりも・・・
貴方に出逢った時からずっと・・・貴方を・・・貴方だけを愛し続けている私が分かるから。
もっと素直になればいいのに
・・・だけどそれは出来ない話。
それが出来ないなら、いっそのことあの人から離れてしまえばいいのに
・・・それが出来たらこんなにも思い悩んだりしない。
私は一体どうしたいの?
・・・私は一体・・・どうすればいいの?
肩口に羽織らせてもらったオーバーシャツを掴む指先が、次第に強張っていく。
視線を下に向けたまま、貴方の方を見詰められずに唇を僅かに噛み締める私に届いた柔らかな声。
「・・・ね、観てごらん!」
俯いていた視線を僅かに上げると、目の前にそっと差し出された雨に濡れた紫陽花の葉先。
そこには今にも零れ落ちんばかりの大きな露が確かな存在を現していた。
そしてその透明な雫の中には・・・希望の色を宿した穢れないモノが大切に内包されていることに気がついた。
「!!!」
その瞬間にボロボロと崩れ去っていく、自分の中の小さな小さなプライドと愛するということに知らず知らずに自分自身でブレーキを掛けていた貴方への溢れんばかりの恋心。
「こんなに小さな雫でも・・・自分が持ち続けている力を精一杯に、そして力の限り発揮して守りたいものがあるんだね。自分の中に映り込んでいる『虹』というかけがえのない希望と夢をずっと絶やさぬように。ずっと大切に思い続けていられるように・・・」
紫陽花の葉先を持っている貴方の指が小刻みに震えている。
その小さな振動が葉先を伝って、雫に微かな振動を与え続けているのを私は気がついていた。
「いつか葉先から零れ落ちるかもしれない、いつか虹の色が消えてしまうかもしれないっていう恐れや不安を持ち続けながらも・・・ずっとこの雫は、自分の中に映り込んでいる『虹』を大切に守り抜こうとしているんだろうね」
静かに・・・淡々と話す口調の裏側で貴方の想いがこの雫に滲んでいるような・・・そんな気がして胸が苦しくなる。
紫陽花の葉先をそっと傾けると、掌に零れ落ちた雫をしっかりと受け止めた貴方は私の右手を優しく包み込むと私の掌の中に受け止めた雫をゆっくりと零し入れた。
空気を切り裂きながらスローモーションのように落ちていく雫の中には、ずっと変わらず『虹』の色がそのまま映り込んでいた。
あたたかくて・・・優しい・・・
そして・・・透き通るほどに純粋で清らかな願いが込められた雫が・・・
貴方の掌から私の掌に託されたときから、染み出すように潤い始める私の心。
たった・・・たった一粒の雫からもたらされた、気高くて凛とした想いは・・・
何に対しても言い訳がましい理屈を捏ねて後ろ向きだった私の心を、少しずつ前へと歩みださせようとする。
その穢れなき想いで・・・
そのひたむきで純粋な心で・・・
「・・・この雫のように上手に出来ないかもしれないけれど・・・僕も自分の中の大切な、ただ一つの大切なものを・・・ずっと守り続けていきたいと想ってる・・・」
不意に訪れた言葉が私の心を濡らす。
掌の中に閉じ込めた雫が大切に内包していた『虹』とともに掌の中にしっとりと染み込んだ瞬間、周りの景色が一斉に鮮やかな色に塗り変わっていく気がした。
俯いたままだった視線をそっと上げた先には・・・静かに私を見つめている貴方がいた。
穏やかに微笑む貴方の眸の中には・・・
虹の色を宿した私の・・・私の姿だけしか見えなくて・・・。
「・・・島さん!」
駆け出した私の足元から小さく撥ね上がる水飛沫が、アスファルトの水溜りに幾つもの波紋の文様を描き出す。
「・・・僕たち・・・随分遠回りしちゃったね」
一陣の風が行過ぎると同時に舞い降りた光の帯が、やっとお互いの想いが通じ合い固く抱き合う二人を祝福するかのように柔らかい想いを周囲に振りまく。
雨上がりの街で・・・
いつもよりも穏やかな色を滲ませて空に掛かる虹に・・・
鮮やかな恋の彩がまた一つ増えた。
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