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2004年1月14日サイト初掲載作品
「島っ、すまんっ!この埋め合わせは必ずするから」
慌てた口調で詫びを入れる古代の顔は、切羽詰った表情に成り代わっていた。
「いつものことだろ?気にしてないさ。俺のことはいいから早く行ってやれ。雪がお前の来るのを今か今かと待ち焦がれてるはずだ」
言いながら、左腕のクロノメーターに視線を移す。
最終便の時刻が頭に思い浮かんだ瞬間に、あっさりと無意識に反応する体。
古代を急かせる様に軽く背中を押しながら、一言呟く。
「早く行け、古代!最終便にはまだ間に合うはずだ」
その言葉を聞いていた古代は、申し訳なさそうに俺の方を振り返りつつ、片手でゴメンのポーズを取りながら、早足で駆け出した。
「恩に着るよ、島!」
短距離ランナー真っ青の猛ダッシュで駆け出す古代の背中目掛けて、苦笑交じりの吐息を零す。
「・・・ったく!相変わらず面倒ばっかり掛けさせやがって」
零した言葉とは裏腹に、古代のこれからの奮闘と誠実さが何とか無事に雪の心に届くようにと願いながら、静かに佇む夜の闇の中でひとり立ち尽くす。
久しぶりに地球防衛軍本部で再会した古代と、互いの近況報告がてら近くの居酒屋で一杯酌み交わしている最中に割り込んできた一本の電話。
危うく雪とのデートをすっぽかしそうになった古代を見送りながら、置いてきぼりを食らった状況に思いを巡らす。
「さて・・・と。しょうがない、今から一人で飲み直すか!」
気持を切り替えて歩き出そうとした瞬間に届いた声が、一歩を歩みだそうとした俺を踏みとどませる。
「よぉ〜!島君じゃないか」
声をした方角に首を巡らせると、道路を挟んだ反対側の歩道でこちらに向かって悠々と手を振っている一人の人物がいた。
暗闇の中で目を凝らすとぼんやりとした輪郭の中、徐々にはっきりとしていくシルエットに見覚えがあった。
「貴方は・・・古代さん!」
俺の声が届いたと同時ににっこりと微笑みながら頷いた古代さんは、歩道に沿って立てられているガードレールをその長い脚で軽々と跨ぎながら、道路をひっきりなしに走る車の流れをものともせずに、こちらに向かって悠々と横断し始めた。
その状況にしばし呆気に取られながらも、持ち前の規律正しさに逆らえない俺が居た。
「うわっ!危ない!!何てことするんですかっ!事故にでもなったら大変じゃないですかっ!」
年上の上官だとか親友の兄貴だとかの背景を一切無視して真顔で喚く俺に、古代さんはサバサバとした顔つきのまま、悠長に話しかける。
「ご心配ありがとう、島君。無事にたどり着けたようだから安心したまえ」
こちらの心配をよそにシャアシャアと言い放つ古代さんに開いた口が塞がらない。
「お、・・・弟が弟なら・・・兄も兄だ;;;」
呆然とする俺の頭の中に、いつだったか真田さんが溜息と共に零した言葉が蘇ってくる。
『島・・・。常識では考え付かないことをやるような連中の傍にいると・・・命がいくつあっても足りんぞ』
激しく同意します!真田さん!!
真田さんの心労が今になって分かる俺だった。
「島君、今帰りかい?」
古代さんの問いかけに、思考停止状態だった俺の頭が反応し始める。
「ええ・・・、まぁそんなところです」
「良かったら今から俺と付き合わないか?」
「・・・えっ?」
思い掛けない古代さんからの誘いに、どう反応したらいいものか答えに詰まる。
「いい店があるんだ。きっと君の口にも合うと思うんだが」
しばしの間を置いた後、俺より頭一つ大きい古代さんに向かって頭を下げた。
「・・・俺でよかったら、お付き合いします!」
「よろしい!では参りましょう」
歩き出す古代さんの後をついて歩き出す俺の背中を、真冬の風がさり気なく後押ししてくれるのだった。
「どうした?緊張しているのか?」
長い脚を持て余すかのように組みながら、カウンターのスツールに腰掛けている古代さんの隣で、俺は店の雰囲気に圧倒されるだけだった。
しっとりと落ち着いたオトナの空間を醸し出しているこのバーは、都会的で洗練された場所だった。
どんなに逆立ちしたって俺や古代なんかが常連にはなれないような、この店の荘厳な雰囲気に古代さんはピッタリと填まりすぎていた。
「こ、ここへはよくいらっしゃるんですか?」
上擦ったような声で問いかける俺に、古代さんは小さく微笑みながら返す。
「・・・たまにね。ところで君は何を飲む?一応言っておくとここの店のお勧めはオリジナルのカクテルなんだが」
「じゃ、じゃあそれをお願いします!」
「了解。素直でよろしい!・・・マスター、僕とこちらの青年にオリジナルカクテルを頼む」
マスターと呼ばれた初老の品のいい男性は、古代さんのリクエストに丁寧に頷くと背後の棚からカクテルグラスを取り出し、手際よくカクテルを作りはじめた。
「・・・島君、君・・・煙草は吸うかい?」
「いえ、僕は吸いませんが、どうぞ僕にお構いなく吸ってください」
「では、お言葉に甘えて失礼するよ」
手馴れた手付きで背広の内側から煙草を取り出した古代さんは、銀色に光るライターで火をつけると指先に軽く挟み込んで静かに煙を吸い込んだ。
しばらく経ってから伏目がちにふーッと紫煙を吐き出すと、突然俺の左手をギュッと掴み取った。
強い力で手首を締め上げる古代さんは、俺の左腕をテーブルの上に押し付けると左手の手袋を力任せに引き剥がし始めた。
「何するんですか!?止めてください!」
古代さんのいきなりの行動に動揺を隠せないまま、俺は必死に手袋を引き剥がされまいと古代さんと激しく揉み合う形になった。
テーブルの上に載っているグラスがカタカタと音をたてて揺れ動く。
必死に抵抗を試みたが、体格のいい古代さんに所詮勝てるわけはなく、俺の左手は暗いライトの下で無残にも晒されるだけだった。
「やっぱりな・・・」
古代さんの視線の先には、俺の薬指に填められたマリッジリングが淡い光の輪を描き出していた。
「・・・女々しいやつと思われても・・・僕は構いませんよ」
虚ろな眸でマリッジリングを見詰めつつ唇をワナワナと震わせながら呟く俺の肩に、古代さんがそっと手を置く。
「島・・・。どうして俺が君のことを女々しいと想うだろうか?・・・俺も君と一緒さ。見てごらん」
俯いていた顔を上げると、古代さんがタートルネックの首元から金色に光るネックレスを取り出した。
その先には俺と同じような金色の光を放つマリッジリングが繋がっていた。
「・・・古代さん・・・!」
俺の呟きに憂いを秘めた表情で咥えていた煙草をそっと手元の灰皿に置いた古代さんは、静かな口調で言葉を紡ぎ始めた。
「君がいついかなる時でも左手の手袋を外さないと、いつだったか真田と進の口から漏れ聞いたとき、俺はすぐに察しがついたよ。・・・俺の予想は当たっていたわけだ」
「それなら・・・それならどうしてこんな野蛮なことをなさったんですか!?俺の・・・俺の気持を分かってくださっているのなら・・・こんなことをしなくても!」
「すまない、島君。今、俺が君にしたことは弁明のしようがない。素直に謝る」
深々と俺に向かって頭を下げる古代さんは、そのままの姿勢を崩さずにくぐもった声で続けた。
「君に恨まれるのは百も承知だが、・・・これだけは判って欲しい。俺は君の気持を混乱させるつもりでこんな事をしたのではないと・・・」
「・・・」
「きっと・・・君のことを放っておけなかったんだろうな、同じ男として」
「古代さん・・・!」
僅かに顔を上げるのと連鎖するように、古代さんは吸い掛けの煙草をギュッと灰皿に押し付けた。
行くあてのない煙が、まるで俺達の心に同調するかのように流離いながら漂う。
「進から君と彼女のことを聞いたとき・・・君が後々陥るであろう行き場のない深い哀しみを思って俺は言葉をなくしたよ。決して同情や哀れみでそう感じたのではない。・・・俺も君と似たような想いを経てきたからな・・・」
「・・・古代さん・・・」
手元に静かに差し出されたカクテルの色に照らし出された、あの日の幻。
手繰り寄せることも・・・押し戻すこともできない想いがそっと心を濡らす。
一口含んだ途端に口の中に広がった甘さと微かな苦味が、俺と古代さんに同じ想いを引き起こし始める。
「・・・この先もずっと・・・永遠に彼女への想いは変わらずにいると・・・誓っているんだろ?」
古代さんの言葉に静かに頷く俺。
フッと軽く笑いを零した古代さんが、俺の肩をポンと軽く叩きながら威勢のいい声を上げた。
「乾杯だ、島君!俺達の明日と・・・永遠に変わることのない彼女たちへの尽きぬ愛に」
カチンと鳴り響いたカクテルグラスの向こうで・・・柔らかい笑みを浮かべながら俺達を見守り続けている想い人の姿が、一瞬煌いて静かに心に落ちていく。
優しい時間に見守られながら・・・男たちの夜は静かに更けていく・・・
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