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2005年5月19日サイト初掲載作品
「・・・ひとつ・・・伺ってもよろしいですか・・・?」
琥珀色の液体の中で溶け落ちた、氷の欠片の叫びが鈍く響く。
音が反響した瞬間に部屋の灯りがゆらっと揺らいだのを、古代守は目の端で捉えていた。
軽く睫を伏せて、口に咥えていた吸い掛けの煙草をギュッと灰皿に押し付けた瞬間。
ゆらゆらと彷徨う紫煙に混じった想いが、自分の意思に反して思いがけず翻って身体の中にすっと染み入ってくるような・・・そんな気がした。
島の口から零れ出た言葉の端々に滲んでいる迷いが、かつて自分も経験した痛みが引き起こしているモノであると分かっているが故に、島の問い掛けを素直に聞き入れる態勢になれなかったのは・・・きっと似たような境遇を経てきた者にしか分からない、ある種の連帯感が島と自分の間を繋いでいるせいかもしれなかった。
「・・・『酒は飲んでも呑まれるな』・・・昔の人はいいことを言うもんだな。そう思わないか?島君」
「・・・!?」
自分に対して島が問いかけてきたはずなのに・・・逆に島に聞き返すというチグハグな応対に戸惑って、少しばかり狼狽する島の表情を見ながら僅かに頬が緩む。
地球一の操艦技術の持ち主、そして歴戦の艦である偉大なヤマトの副長という立派な肩書きを背負った、この温和な青年と一対一で相対したら一般人は緊張しまくるに違いないのだろうが・・・本人は自覚していなくても、彼を上回るキャリアと実績の持ち主である古代守だからこそ、島が慌てている素振りを見せても微笑ましく感じる辺りが、既に一般人の想像の域を超えているのも当然で。
「・・・女ってのは、今はそうではなくてもいつかは変わってくるものだ。逆に酒はどんなに年月を経ても自分を裏切ることはしないし、変わることもない。勿論酒に溺れて身を崩すのは論外だが、安心して身も心も委ねられるものがあるしたら・・・俺は女よりも酒を選ぶ。君の艦にも、まさにその実地を体現しているいいお手本が乗艦しておられるのではないのかね!?」
古代の台詞を咀嚼しながら島の脳裏に浮かび上がった人物は、一升瓶を片手に持ちつつ、イメージの中から豪快に呼びかけてくるのだった。
『島ぁ〜、ほれっ、もっと気合入れて飲まんかい〜〜〜!』
思わずプッと吹き出した島の表情が俄かに崩れたのを見逃さず、タイミングを計ったように言葉を続ける古代守の眸は、言い知れぬ深い哀しみを湛えつつも、澄みきった色をしていた。
それは彼の強く揺るがない想いの現われであると同時に、今の段階で己の人生に一切の迷いがないという事も表していた。
「・・・人間は好きになった相手に幸せを求めたがる。それは本当の事だし、端っから反抗する気もない。愛し合った相手がこの世からいなくなってしまった場合、それ以降死んでしまった相手を想い続けながら、別の人間も愛することも或いは可能だろう。だが、一時はそれで丸く収まったとしても、いつかは必ず綻びが生じる。それも自分自身ではなく、相手の側が我慢できなくなるのが本当だ。一緒に暮らし始めた頃はまだ持ち堪えられる。問題なのは子供が出来たその後だ。結婚して子供が生まれてもなお、相手の心に棲み続けている人を超えられないと気付いたとき、一生報われない想いがあるのだと知る。そこで諦めて子供の成長のみに余生の生きがいを託してしまうか、はたまた別れてしまうかは人それぞれだと思うが・・・美辞麗句だけじゃ世の中は生きてはいけないし、世の中全てハッピーエンドで終わるわけがない。死んでしまった相手に対して想いを貫き通すのも端から見れば悲惨極まりない光景なのかもしれないが、そういう己に対して意見を言えるのは、同じような境遇を経てきた者以外しか有り得ないはずだ。島君、今ここにいる君と俺のように・・・」
じっと黙って聞いていた島の肩先が少しずつ震えだすと、見開いていた眸から一粒涙が零れ落ちた。
「『愛』というものは、壮絶な哀しみに裏打ちされた現実を知り得る者だけが辿り着く永遠の真実なのだと・・・俺は想う」
「古代さん・・・!」
「俺達がどんな生き方を選んだとしても・・・彼女達はきっと分かってくれると想う」
「・・・そう言い切っても・・・いいんですよね?」
眸に涙を溜めながら掠れ声で訊く島の頭をポンポンと軽く叩きながら、古代はグラスに残っていたウイスキーを一気に飲み干した。
空になったグラスの中で、さっきまで鈍い音を響かせていた氷が、その瞬間だけ透き通った響きの音を部屋の中に撒き散らした。
まるで空を覆っていた厚い雲を、力強く切り開いていく一筋の光のように。
「君はもう答えを自分自身で見つけているはずさ。俺は君の背中をポンと押しただけに過ぎない」
喉奥に広がる微かな苦味を愉しみつつ、古代は己の心が島の想いに重ね合わさっていくのに気付いていた。
「彼女たちに対する俺達の愛は・・・今までもこれからもずっと・・・変わらない」
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