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あなたは知らない

日常のとある場面をお話にしました。

「ちょっ・・・ちょっと待ってよ、ジョウ!」

背後から聞こえる甲高い声が、ジョウの歩みをしばし留める。
カツカツカツと硬い音で響く靴音と、若干非難めいたニュアンスで届いた声が、ジョウにある種の予感を齎す。
こういう言い方を彼女からされる場合、大抵は自分に対する不満をぶちまける時であると・・・
ジョウは身をもって知っていた。
それが故に、緊急事態発令にも似た警戒感が徐々に身体を覆いつくそうとする。

『警戒レベル1。来るべき事態に備え、用心せよ!』

・・・俺、何かやらかしたっけ?

僅かに眉根を寄せるも、さしあたって今のところ何の落ち度もないはずだとの認識を再確認し、ジョウはゆっくりと頭を振って首をめぐらす。
いつもならちょうど視線と視線がぶつかる先にいるはずの人物は見当たらず。
不審に思って視線を下に落とすと、上体を軽く屈め、膝に軽く手を付いて肩で息をする美少女の姿が眼に映った。
身体が上下するたびに、サラサラと軽やかな音を立てて波打つ金色の髪が、ジョウの眸に焼き付く。
まるで一瞬時間が止まったかのように錯覚させる、艶やかな光景は次の一声で即座に粉砕させられた。

「ジョウったら、速く歩きすぎっ!」

顔を覆っていた金色のベールから、上目遣いでジョウを睨み付けるアルフィンの両眸には、静かに燃え盛る怒りの炎。

「・・・は?」

アルフィンからの抗議に対し、間の抜けた返事で返すジョウ。
それもそのはず。
ジョウにはアルフィンからの文句に対して、自分に非があるなどとは思い至りもしないのだから。

「・・・俺・・・歩くの速いか!?」

自覚がないという事は、末恐ろしい。
クライアントからの場違いな要求や、契約における諸々の事情に対して、ある程度は論戦に慣れていると自負していた。
クラッシャーという稼業、そしてチームを引っ張るチームリーダーとしての自覚と責任において、物事を白黒はっきりさせねばならぬのは日常茶飯事であり、またそういう相手の不合理な要求や恫喝に対し、理路整然と己の正当性をきっぱりと主張せねばならぬのも、チームを預かる人間としては当然の義務でもあった。

・・・しかし、そういった類の相手の腹を探り合う議論ではなく、純粋な気持のみで引き起こされる抗議にジョウは面食らった。
しかも普段接することが少ない女性からの訴えというのは、ある意味想定外で。
まだチームメイトになったばかりのアルフィンの扱いに困っているのは、隠しようがない事実。
こういう場合、普通の男であるならば「ああ、そういう事か」と心のうちで納得し、女性に対してすぐさま謝りも出来るのであろうが・・・ジョウは若かった。
しかも女性と接する機会がほぼ皆無に近い状況であった事が、混乱に拍車を掛ける。
「女性と接する機会が少なかったから」という理屈は、アルフィンが加わった現実においては無意味であることも。

・・・そう、現実は何時の世も厳しい。
アルフィンがチームに密航し、それを多数決とは言えど、最終的に認めてしまったジョウであるが故に、言い逃れできる期間はもうとっくに過ぎ去ってしまったのだ。

「・・・ジョウ。速く歩き過ぎてるって自覚・・・ないの!?」
「全然」

天然ここに極まり。
見事なほどにあっけらかんとした言葉が、宙を飛んだ。
ふたりの間を駆け抜けた一陣の風は、険悪になりかけた空気を一太刀で薙ぎ倒した。


アルフィンの怒りに満ち溢れた眸が、一瞬にして色を失う。
さっきまで殺気立っていた気配が一気に霧散し、呆けたような表情がアルフィンの顔面を覆い尽くし始める。
言葉を失ったまま、呆然と立ち尽くすアルフィンだったが・・・徐々に目元が緩んで口から笑みが零れだす。

「・・・そうよね。そうだわ!ジョウってそういう人だったもんね」

一人で納得し、一人で悦に入っているアルフィンの姿に、ジョウは首を傾げつつぼやきを漏らす。

「・・・意味が分からねぇ」

腕組みしながら宙を仰ぎ、う〜んと呻りまくるジョウを見つめるアルフィンの眸が煌きを増す。


ジョウの心に歩み寄ろうとしない私が馬鹿だったわ。
・・・ジョウが速く歩くのであれば、私がそれに追いつけばいい。
だって私は自分が望んで、クラッシャーになったんですもの。
・・・同じ速度で、同じ歩調で、同じ道をジョウと一緒に歩ける日が来るように、
私・・・頑張るから!


アルフィンが決意を胸に秘めているとも知らず、ジョウは今もなお、ひとり悩み続けるのであった。


・・・俺、何かやらかしたっけ?

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