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メモリー

2003年11月7日サイト初掲載作品

耳元を過ぎる硬く尖った、空気を切り裂く音。
鈍く重々しい響きが頭の中で反響する度に、少しずつ堕ちていく精神の平衡感覚。
常にバランスを保とうと必死に足掻いている理性の叫びを、この瞬間だけジョウは無視し続けた。
次第に汗ばんでくる指先が、トリガーを引く度に僅かに震えだす。
薄暗い闇の空間をビリビリと引き千切っていくかのように、手元から迸っていくレイガンの光線はジョウの心を次第に塞いでいきつつ、止まることはなかった。

誰もいない、寂びれた射撃練習場でただ一人レイガンを打ち続けるジョウの背中に孤独を引き連れた闇が静かに影を落とす。
背中にジワジワと染み込んでいくような闇の無邪気な翻弄に必死に堪えながらも、徐々に霞んでいく理性を繋ぎとめる手立てが心の中でだんだんと失われていく現実にジョウは怯えた。

鋼の意思を持つほどのジョウがふと陥った心の闇は・・・今までそれを必死に抑え続け、呑み込まれまいと懸命に抗い続けてきた分だけ深く澱み、出口を求め彷徨うジョウの心を四方八方から蝕み続けた。

特Aランクを維持し続けるために知らないうちに自分に課してきた様々な重圧との闘い。
クラッシャー創始者である偉大な父の元に生まれたという逃れられない運命。
チームリーダーとしての絶対的評価を保ち続けるために無理に装い続けなければならなかった表面上の強さ。
仕事を完璧に遣り遂げなければならないプレッシャーと周囲からの過剰な期待。

どれもこれもみな常にそうでなければならないと必死に自分自身を鼓舞しながら『クラッシャージョウ』という人間を演じ続け、現実と理想との狭間に落ち込んだジョウの苦悩は最早限界に来ていた。


「ジョウ・・・お前さんは『クラッシャージョウ』であって、決して『クラッシャーダン』ではないんだ。わしらのリーダーはクラッシャージョウ、お前さんしかおらんのじゃぞ!ジョウ、お前さんが思う侭に、お前さんがそうしたい通りにチームを指揮するのが一番大事なことじゃないのかね?」

ガンビーノの言葉がジョウの脳裏に蘇る。


「わしの言葉一つで部下は生死を彷徨う任務に否応なしに就かなければならんこともある。それが判るからこそ、指揮を執る者は何をおいても常に自分自身を律しておかなくてはいかんな。それはジョウ、貴様も同じことだろうが!」

コワルスキーが一瞬だけ見せた表情が瞼に焼きついて離れない。


「ジョウ・・・大好きなものを守りたいって思うから私たちはどんなに苦しくても頑張ろうって思うのかもね!ね、ジョウだってそうでしょ?」

柔らかい微笑を称えながら語りかけたソニアの眸に映りこんでいた希望の欠片。


「てめぇの理屈だけで物事を片付けようとするんじゃねぇよ!俺達がやらなけりゃ一体誰がやるってんだよっ!分かってんのか?!ジョウ!!!」

ブロディの熱い叫びがジョウの身体を突き抜ける。


「もし生まれ変われることが出来るとしたら・・・私は今度こそ自分の意志を貫きたいと思うわ。人の意見に惑わされずに己の信念を持って生き抜くことは相当難しいことだけれど、私は自分自身にこれ以上嘘を付きたくないのよ」

胸に痞えた想いを吐き出すようにして語ったウーラの眸が揺れていた。


身体の中を通り過ぎていった思い出に対して人は無力だ。
だが彼らの想いを引き継ぎ、己の中で昇華することができるのであれば・・・それはきっと・・・


苦悩に苛まれ、濁り始めていたジョウの意識が砕け落ちる寸前に届いた声。


「ジョウ!」

自分の名を呼ぶ凛とした声と共に腕を掴まれた確かな・・・確かな感触がジョウの心を現実へと還らせて行く。

「何も言わずにどっかに行っちゃうなんて、ちょっとずるいんじゃない!?」

艶やかな微笑みを向ける彼女の澄み切った蒼い眸には自分が・・・はっきりとした自分の姿のみが映りこんでいた。
何の濁りも見せずに自分のあるがままの姿を映しこんでいるアルフィンの眸を通して、そうありたいと願った自分の姿と対面したジョウの心が緩やかに浄化されていく。

「いつもオイラには『黙ってどこかに出掛けるな!』って念を押してるくせに、兄貴ったら自分のことに関しちゃ全然無頓着なんだもんなぁ〜!」

アルフィンの背後でリッキーが屈託のない笑みを見せる。
その隣で訳知り顔のタロスが口元に微かな笑みを浮かべながらジョウを黙って見詰め続けていた。
その眸には「あっしたちはジョウ・・・いつ如何なる時でもあんたについていきますぜ!」という無言のメッセージが込められていた。

「お前達・・・俺のいる場所がどうして分かったんだ?」

呻くように呟くジョウの言葉をアルフィンが一蹴した。

「だってジョウは私達のチームリーダーだもん♪私達に黙ってどこかに隠れようとしても、絶対見つけ出すから覚悟しておきなさい!」
「!」

俯きかけた顔を上げるとキラキラ輝く瞳で自分を見上げるアルフィン
ウインクをしながら右手の親指を突き立てるリッキー
腕組みをしながら凄みを効かせた恐持ての顔で静かに笑いかけるタロスの姿が眼に入った。

仲間一人一人と交わす視線の中に込められた信頼は、自分をいついかなる時も支え続けてくれていたものだと今更ながらに気付く。

・・・仲間。
ありのままの自分を認め、受け容れてくれる仲間達にどれだけ自分は救われてきただろう?
仲間がいたからこそ、俺は俺でいられる事が出来た・・・
仲間がいたからこそ、俺は生きる希望を失わずにいられた・・・
仲間がいたからこそ、俺はどんなに辛く苦しいことも耐えてこられた・・・

仲間がいたからこそ・・・俺は・・・!

暗く果てない闇を突き抜けて、今辿り着いた真実に・・・ジョウの心はより一層強さを増していく。

「・・・しょうがない連中だぜ、まったく!」

照れ隠しに呟いた言葉が暗闇のなかで一筋の流れ星となり空を駆け抜ける。

静かな夜がそっと微笑んで四人の心に消せない想いを残しつつ・・・時はいつしか過ぎていく・・・。

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