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最初の一歩

2005年5月13日サイト初掲載作品

・・・意識が・・・拡散していく。

身体の中から一斉に放出していく意識の断片は留まるところを知らず、次から次へと空気中に跡形も無く霧散していく。
するすると抜け落ちていく魂の片鱗さえも、呆然としたまま見過ごすだけのアルフィンは・・・
両の眸から滂沱のごとく流れ落ちる泪を拭うことすら出来ずにいた。
精神(ココロ)は瞬く間に枯渇していくのに・・・逆に体中の水分が途切れることなく絞り出されていくような泪は、頬が乾くことすら一瞬たりとも許さぬかのように次から次へと頬を伝っては床下に零れ落ちて滲みを広げていく。

硬直した身体のまま立ち尽くすアルフィンの足元に横たわっている人影はピクリとも動かない。
近くで鳴り響く、耳を劈くような爆音にさえ動揺する様子さえ見せずに、ただ呆然と立ち尽くすだけのアルフィンに近寄ってくる影がひとつ。

「君が撃ってくれなければ・・・俺は今、こうして生きてはいなかった・・・」

左の肩口を右手で押さえつつ歩くジョウの足取りはかなりふらついていた。
見る見るうちに真っ赤に染まっていく手袋は鮮血を吸い込み、指先からポタポタと赤い滴が流れ落ちていく。
一歩踏み出す度に口から零れ落ちる吐息は彼が全身にかなりのダメージを負い、体力が消耗しきっている事を如実に表していた。

言葉を掛けても答えることすら出来ずにいるアルフィンの精神的ダメージを想って、ジョウの心が潰れそうに痛む。
自分の後を追って来ることさえしなければ、こんなにも過酷で酷い現実に対面することなく、ピザンの宮殿で周囲の人間から護られ、愛されてずっと幸せに暮らしていたはずのアルフィン。
その彼女を彼女自身の意志であるとはいえ、クラッシャーの世界に引きずり込んでしまった責任の一端を、こういう形で突き付けられる事は予め予想していたことだった。
・・・だが、その予想していた事態が彼女にも、そして自分自身にもこんなにも重く圧し掛かってきた事に、ジョウは自分自身を呪った。
傷ついた身体から引き起こされる痛みよりも遥かに強く、心が激しく痛んでいくのを止められない。

・・・それでもジョウは自分の心に更に傷を付けていく痛みを選んだ。
それは男として、そしてクラッシャーとして、今目の前に立ち竦んでいるアルフィンを救ってやりたい、ただそれだけの想いに衝き動かされて。

レイガンを持ったままの右手を力なく垂れ下げ、茫然自失で佇んでいるアルフィンに近寄ると、その右手を丁寧に掬い上げて両の掌で包み込む。
動くたびに全身に痛みが走り、意識が遠のきそうになるがジョウは気力でそれを持ち堪えた。
レイガンのトリガーに引っ掛かっているアルフィンの指先は本人の意識とは別に物凄い力が加わって頑として動かなかった。
自分の命を助ける為に必死でレイガンのトリガーの引き金を引いたアルフィンの心は、『人を撃ってしまった』という現実の前で凍り付いてたままだった。
心を失くした人形のように蒼眸から泪を流し続けたまま身動きできないアルフィンをジョウは一回だけふわりと胸の内に抱き寄せると、そのまま即座に身体を離しつつ己の掌の中に包み込んでいるアルフィンの右手を見据えた。
硬く動かないアルフィンの右手に指先を這わせると、トリガーに絡みついたまま動けないアルフィンの指先を丁寧に少しずつ解き始める。
まるでアルフィンの胸の内を体現しているかのような硬い指先は一向に解ける気配を見せない。
その間にも負傷した左肩から流れ続ける鮮血は、ジョウの身体に苦痛を与え続ける。
壮絶な痛みで徐々に霞んでいく意識を繋ぎとめながら、ジョウは歯を食いしばってアルフィンの指先をトリガーから解き始める。
アルフィンが受けた心の痛みは自分の痛みとは比べ物にならないほど、深くそして哀しいものであると・・・誰よりも自分が知っているから。


長い時間をかけてようやく解き終わったアルフィンの指先から勢いよく落ちたレイガンが、無機質な金属音を周囲に響かせる。
その音に気付いたようにアルフィンの眸の焦点が一点に集中し始めていく。

「・・・ジョウ・・・?」

空気を震わせるだけの微かな声が自分の名を呼んだ。
ジョウは向かい合っていたアルフィンの前から二、三歩後ずさりすると、そのまま足を引き摺ってアルフィンの横を通り過ぎていった。
ジョウの行き過ぎた後に血の痕跡が点々と床に染み付いていく。

「・・・これからミネルバでピザンに直行する」

アルフィンに背を向けたままの姿勢でそれだけ言い残すと、出血が止まらない左肩を押さえつつジョウはよろめきながらミネルバ目指して歩き出した。
その言葉にハッと我に返ったアルフィンが振り向きざまに目にしたものは、右手の手袋と床下に落ちているレイガンのトリガーにこびり付いている自身の指先とは一回り違う大きさの血痕だった。


・・・もしかして・・・もしかして・・・!


意識よりも先に反応した身体が床を蹴る。
一目散に駆け寄ったジョウの右脇に入り込んで彼の体を支えながらアルフィンはジョウの言葉を翻した。

「いいえ、違うわ。ミネルバに戻って貴方の傷を処置する方が先よ。そして怪我が完治した後はすぐに次の契約先に向かうの!」
「・・・アルフィン!」
「次の契約に間に合わないと莫大な違約金を払わなければいけないでしょ!?ピザンに向かってる暇なんてないはずよ!」

アルフィンの突然の行動に驚いて為すがままだったジョウは、口篭りながらもやっとの想いで一言呟いた。
自分を見上げるアルフィンの眸に煌く光が瞬きだし始めるのを眩しい想いで見つめながら。

「・・・いいのか?それで・・・」
「・・・いいのよ。それで・・・」

二人並んで歩き出し始めた最初の一歩に一際鮮やかな夕日の影が落ちていく。

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