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長い夜

久し振りにCJSSの更新です。
湿っぽい話ですので、読まれる際はご注意ください。

よろしかったらどうぞ。

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「兄貴ぃ~、ちょっといいかい?」

背後から自分を呼ぶ声に気付き、身を沈めていたミネルバの副操縦席から僅かに首を廻らして、ジョウは声の主の姿を捉えた。

「どうした?何か点検ミスでも見つかったか?」

ミスを犯したのではあるまいかという前提で語り掛けるジョウに対し、僅かに頬を膨らませて反抗するリッキーの顔が怒気を伴って紅潮する。

「違わい!オイラ、そんなに信用されてないのかよッ!」

ズカズカと足音荒く近づく小柄な少年クラッシャーに対し、ジョウの隣りで嘲りにも似た笑みを零す大男が一人。
操縦桿を握るごつい手とは裏腹に、繊細な指の動きは彼が卓越した操船技術を持つ人物であると表していた。

「洟垂れ小僧が何か吼えてますぜ」

「うっさい!デカイだけの木偶の坊はすっこんでろよ!」

「抜かしやがれ!つい昨日、俺に動力点検のチェックミスを発見されて逆切れしてたガキはどこのどいつだっ」

事あるごとに互いに喧嘩を吹っ掛けながらも、ある種そのやり取りを楽しんでいそうな二人を見つめつつ、ここはお約束どおり割ってはいるジョウだった。

「続きは用件が終った後にしろ。・・・・・・で?俺に何の用だ?」

まだ口を尖らせつつ、不満あり気な顔を覗かせるリッキーはジョウの目前に掌に持っていたものを差し出した。

「さっきガンビーノの部屋を片付けていた時、偶然見付けたんだ」

掌に載せられていたのは小さな小さな機械部品がただ一つ。
強く握ったら即座に壊れてしまいそうな脆さは、遠い昔、まだクラッシャーが創立された頃の時代を偲ばせていた。
それを一目見た瞬間、何故だか分からないがジョウの胸の奥に苦み走った痛みが走った。
リッキーが発見しさえしなければ、もしかしたら永遠に気付かなかったかもしれない、その小さな装置は操縦室の空気を一変させた。

「・・・・・久々にお手柄だったな、リッキー」

さっきまで自分とタロスに不服を唱えていた少年の頭を軽くポンポンと叩き、ジョウはタロスに目配せする。
ジョウの視線を受けたタロスは、小さな溜め息を一つ漏らしながら、操縦桿をグッと握り締めた。
前方に広がる漆黒の闇を見つめる眸に、僅かな翳りが生じる。

「・・・・・・ピム酒を持っていきますんで、先にリビングルームで待っていてくだせぇ」

掠れた声に滲む微かな動揺をジョウは聞き逃さなかった。
おそらくタロスはそのつもりで、ピム酒を持ってくると先に宣言したのだろう。
おそらく今夜はそういう夜になる。
漠然とした予感がジョウの身体を包み込んだ。

*****

「セッティングできました」

いつものタロスらしからぬ、僅かに緊張した声がリビングルームに響く。
部屋の中央に置かれたテーブルには、先程リッキーが見つけ出した機械部品と再生装置、そしてこの場に似つかわしくないようなピム酒の大瓶とグラスが無造作に置かれていた。

「なんかさぁ、ちょっと湿った雰囲気がするのはオイラの気のせいかな~?」

黙っていると沈黙の闇に埋め尽くされそうな重々しい空気に耐え切れず、わざと明るく言い放つリッキー。
それもそのはず。
テーブルを囲むようにして置かれたソファーに座っているのは自分ひとりだけ。
ジョウはソファーの背もたれに自分の背中を凭れ掛けさせるようにして身体を預けたまま、わざと皆から顔を見られないような位置に立ち尽くしていた。
タロスはと言えば、入り口近くの補助テーブルの脇に座り込んだまま、微動だにしない。
この部屋に漂う重苦しい威圧感に耐えられそうもなく、わざとその緊張を切り崩そうとしたリッキーの出鼻を挫くように、ジョウの押し殺した声が響いた。

「やってくれ」

ジョウの言葉を受けて、床に座り込んだままのタロスが右手に持ったリモコンのスイッチを無造作に押す。
ジーっという、劣化寸前の再生テープの耳障りな音と共に聞えた声が、時間を止めた。


『・・・・・・ジョウ。タロス。リッキー・・・・・久し振りじゃの』


「ガンビーノッッ!!」

ガタンと音を立てて、ソファーから立ち上がったリッキーの顔から血の気が引く。
もう二度と聞くはずはないと想っていた声に思いがけなく遭遇し、自分の意識が乱れ飛ぶのをリッキーは頭の片隅で感じ取っていた。

「兄貴ッッ!こいつは一体・・・・・!?」

詰め寄ろうとするリッキーの足を押し留めたのは、自分に背を向けたままの姿勢で小さく被りを振ったジョウの背中に漂う言いようのない哀しみだった。
その背中に漂う感情を嗅ぎ取った時、自分の中の哀しみの行く先がジョウとタロスの想いと共に一つになって、落ち着く場所を求めているのに気付き始めた。
ゆっくりとジョウ、そしてタロスの姿に視線を移しながら、リッキーはソファーに再び身を沈めた。


『おそらく、このテープを見つけた時にはワシは既にあの世に召されている頃じゃのう。・・・・・・こんなジジィと長い時間一緒に付き合ってくれてすまんかったな』


小さく鼻を啜る音が漏れ始める。
微かに揺らいだ影がテーブルに近づきながら、置いてあったグラスに並々と注がれていく琥珀色の液体が波立つ。


『リッキーの坊や。お前さんは本当に色々やらかしてくれた。失敗を数え上げたら切りがない位じゃ。その度にワシは寿命が一つずつ縮んでいったわい』

一際派手に鼻を啜る音が部屋に響き渡った。

『だがなぁ、お前さんはそれでも歯を食いしばって、頑張り抜いていたことをワシは知っとるぞ!皆が寝静まった後、一人動力室に戻り、マニュアル片手に一から点検し直していた事。皆の足手まといにならんようにと、皆に内緒でワシに頼み込んで銃器の扱いの特訓を受けていた事・・・・・・見掛けによらず、お前さんはしっかり者だったのぉ』

「やめろよぉ、爺さん・・・・・・オイラ、そんなに立派な人間じゃねぇよぉ;;;」

溢れ出る涙を拳で拭い取るリッキーの声が震える。

『リッキー。お前さんはいつかこのチームを立派に巣立って、自分のチームを率いるリーダーになる素質をもっとる。焦らんでえぇ。ゆっくり大きく育つんじゃぞ!』

髪をグシャグシャと掻き毟りながら、歯を食いしばって悲しみに堪えるリッキーの身体が小刻みに揺れる。
押し殺した泣き声に同調するように、テーブルの上のピム酒のボトルの中で小さな小波が起こった。

『・・・・・・ジョウ。お前さんのチームに入って、もう9年近くになるのかのぉ。本当にあっという間じゃった。こんな老いぼれを拾ってくれて、ありがとさん』

後ろ向きに立ったままのジョウの頭が傾ぎ、瞬く間に空になっていくグラス。
飲み干すと同時にふっと沈んだ身体は、次の瞬間、右手が大きな弧を描いて壁に向け炸裂した。
大きな音を立ててめり込んだ拳の周りから放射状に広がっていく亀裂。
自分の不甲斐なさが込められたパンチの破壊力は凄まじいものだった。

『ジョウ。お前さんに一つだけ言っておく。・・・・・・目の前に立ち塞がる壁を越えようと躍起になっている時には、壁は到底越えられんのじゃ。壁という概念を取り去って初めて、自分の本当の立ち位置が見えるもんじゃよ。ジョウ、ワシはお前さんを信じとる。いつもいつまでも』

壁にめり込んだ拳を力なく抜き取ったジョウの拳に滲む血に、ポタリと一滴だけ落ちた雫が混じる。
無言のまま、時間をやり過ごすジョウの背中にガンビーノの言葉の雨が静かに降り注いでいった。


『タロス。お前さんとは長い付き合いだったのぉ。・・・・・・だから敢えてお前さんに言いたいことはないわい』


ガンビーノの声を聞きながら、ピクッと一瞬だけ震えた身体が、次第に緩み始める。
音を立てて飲み干すグラスには、ひっきりなしに手酌で酒が注がれていく。
限度を超えたハイペースで飲み続ける男の表情は、いつものごとく変わることはない。


『ただ一つだけ頼みごとがあるんじゃ。どうか一日でも長く、そしてワシの分も目一杯生きてくれ。タロス、約束したぞい!』


「・・・・・・くそったれ。約束ってもんは、生きてるうちに御願いするのが筋だろうがっ!」


ボソリと吐き捨てたタロスの言葉に込められた想いが虚しさを増す。
ガンビーノ自身が、生きてその約束の効力を見届けられない事実が三人の胸を塞ぐ。


「・・・・・・酒、追加してきやす」


ヨロヨロと立ち上がったタロスの背中に宿る哀しみの影。


今夜は長い夜になる。


改めてジョウの胸に込み上げた思いは、終りなき夜を予感させた。

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