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種の在処

2004年1月30日 サイト初掲載作品
(平成版のふたりをイメージしてます)

薄いグレーの雲間から僅かに差し込む光。
以前よりもほんの少しだけ強く感じる陽の煌きを浴びて、穏やかに過ごす冬の午後。
降り注ぐ陽光の中に滲んでいる、微かな春の気配を感じて過ごすひとときは、今の私にとってこの上ない幸せなのかもしれなかった。

ティーカップから沸き立つ湯気が、テーブルにくっきりと影を落として霧散する様を見詰めているうちに、心と身体を縛り付けていた緊張の糸が緩やかに解けていく。
無意識のうちに零した吐息には、心の中に溜め込んでいた澱みや押さえ込んできた苦しみや哀しみが、ギュッと凝縮されて詰め込まれているような気がした。

両手で柔らかく包みこんだティーカップの中で、風もないのに小波が起きる。
まるで私の心に同調するかのようにカップの中で揺らめく紅茶は、行き場を無くしたまま行ったり来たりを繰り返し、止まった時間の中で迷走を始めた。

「・・・隣に座ってもいいかな?」

黙り込んでティーカップをじっと凝視していた私に、背後から突然掛けられた言葉。
不思議と自然に耳に入り込んできたその声は、何故か私の耳に馴染んでいるような錯覚を覚える。
そっと振り向いた先には、私の方を向いて微笑みかけている栗色の眸があった。

真冬独特の柔らかい光の中で立っている彼は、その淡い光の色でさえ和ませてしまうほどの優しい雰囲気を称えたままで、私の隣に近づいてきた。
その瞬間、私はパッと目を逸らして近寄ってくる彼に対し、無意識に背を向けた。
私の意識よりも先に身体が勝手に反応してしまう現実に、頭の中が瞬時に真っ白になる。
何故か分からないけれど、彼に対して頑なな態度を取ってしまう自分に戸惑いが隠せない。

「・・・隣に座ってもいい・・・かな?」

再度問いかけた彼は、さっき発した言葉よりも幾分トーンを落として、こっちの気分を窺うような微妙な
ニュアンスで話しかけた。

「・・・ど、・・・どうぞ」

私のつっけんどんな応対にも全然構わぬ素振りで、彼は静かに隣に座った。

「ありがと、003」

にっこりと笑いかける彼にどう対応したらいいか分からず、ぎこちなく浮かべた笑みは引き攣っていたに違いない。
そんなギクシャクとした態度の私を見ながらも、彼は満足そうに頷いて視線を前に移した。
すこし距離を置いて座る彼と私の間を、遠慮するように静かに行過ぎる風の流れ。
何も言い出せぬまま、彼が何か話を切り出すのを待ち続けながらも、彼は一向に話をする素振りを見せなかった。
鎮座している沈黙の時間の中、どことなくそわそわしている自分に気が付く。
心を落ち着かせようとすればするほどに、どうしたらいいかわからない焦燥が身体をぐるぐると駆け巡る。
黙っているだけなのは苦痛ではないけれど、それでも何か一言でも話しかけてくれればいいのに・・・という想いのまま、そっと盗み見た彼の横顔。


・・・っ!


その瞬間にチクッと胸を刺す痛みが、心臓から瞬く間に全身を駆け抜けた衝撃に言葉が出ない。

柔らかな陽光を浴びながら、静かに眸を閉じて栗色の髪を風に靡かせている彼の・・・
彼の端正な横顔に浮かんでいる、何とも言えない穏やかな表情が私の眸に焼き付く。

人の心の中の憎しみも・・・悲しみも・・・憤りも・・・全て丸ごと受け容れる気負いなど一切表さずに・・・
静かにそっと優しく包み込んでくれるような・・・そんな彼の表情が私の心を激しく揺り動かす。

「・・・こうして静かに時間が通り過ぎていくのを感じているのって・・・何だか幸せな気持にならない?」
「えっ・・・?」

目を瞑ったままの彼が吐き出した言葉は、佇んでいる時間の合間を縫うようにして私の元に届いた。
優しい口調で放たれた彼の言葉の真意を解りかねて、思考が停止したまま動けなくなる。
喉元まで出掛かった言葉は放出されることなく、心の中で彷徨ったまま出口を見つけられずにいた。
返答に窮するような問いかけをする彼を、少し恨むような眼つきで返した言葉は的が外れていた。

「貴方って・・・変な人ね」

言い終えてから吐き出した言葉の意味に気がつき、慌てて言い繕おうと咄嗟に身構える私よりも先に、さらに優しい微笑を滲ませながら彼の言葉が届いた。

「ありがとう」


!!!???


彼の言葉を聞き終えた途端に、胸の中でざわついていた気持が一気に爆発した。
彼が言った言葉は目に見えない導火線となって、私の胸の中で燻っていたモヤモヤに火をつける形に
なった。

「ちょっと009!私は貴方のことを『変な人ね』って言ったのよ!?そんな事他人に言われたら、普通は怒るでしょ?何で貴方は怒らないのよ!」
「・・・えっ?変かな?僕、全然気にしてないんだけど・・・」

クラクラするような能天気な彼の言葉を聞きながら、私は沸々と込み上げてくる怒りに任せて、隣に座っている彼の両腕を力いっぱい掴み上げ、キッと彼の眸を睨んだ。
彼の穢れない眸の中には、鬼のような形相で睨みあげる私の顔が映りこんでいた。
その姿を見て一瞬怯んだけれども、怒涛のように押し寄せる心の勢いには勝てなかった。

「私は貴方のことを軽んじた発言をしたのよ?さっきの発言に対して訂正を求めるのが、本筋じゃなくて!?」

言いながら彼の両腕を揺さぶる私を見て、彼はびっくりするどころか益々その笑顔に優しさを融けこませながら、落ち着いた口調で私に話しかけた。

「確かに君が僕に向けて言った言葉は、普通の人が面と向かって言われれば怒る言葉かもしれないよね。・・・でもさ、僕・・・君が僕の存在を無視しないで、僕のことを認めてくれたことの方が嬉しいから
『ありがとう』って、君に言ったんだよ」

彼の両腕を激しく揺さぶっていた私の手がピタッと止まった。
耳に飛び込んできた彼の言葉を咀嚼しながら・・・彼に対してあれほど反発していた気持が、じわじわと溶け落ちていくのを身体で感じる私。
彼の言葉を聞いた瞬間に麻痺したように動けなくなった心が、時に癒されて滴り落ちていく。

ぽつ・・・ぽつ・・・ぽつ・・・と。

「苛められることよりも・・・僕の存在自体を無視されることのほうが何十倍も辛いことだって・・・小さい頃から知ってるから・・・」

開ききった眸から何か暖かいモノが一つ、二つと頬を伝って流れ落ちていく。
透明な雫の中には、柔らかい光を受けながら私に向かって微笑みかける彼の姿だけが映りこんでいた。

「さっき君に本気で怒られたとき・・・不謹慎だとは思ったけどちょっと嬉しかったんだ。だって僕のことをほんの少しでも君が考えていてくれたんだ・・・って。君に嫌われてるかもしれないけど、僕のことを無視しないでいてくれたんだって・・・そう思ったら・・・『ありがとう』って言葉が自然にでてきちゃったんだ。ハハ、僕ってやっぱり変な奴だよね!」


パチン!


彼の頬を叩いたと同時に、彼の無防備な胸の中に飛び込んだのは、ほぼ同時だった。

「ゼ・・・003!?」

思い掛けない私の行動に、彼は目を丸くしてバランスを崩しながらも、必死に私の身体を受け止めていた。

「馬鹿よ!馬鹿よ!馬鹿よ!!貴方は本当に馬鹿よ!」

握り締めた両の拳で、彼の胸を思い切り叩きながら激しく泣きじゃくる自分を止められない。

「どうしてそんなに無理するの?どうしてそんなに強がるの?・・・どうしてそんなに優しく出来るのよ!?」
「・・・君・・・僕の事を怒っているのかい?それとも褒めているの?」

戸惑いながら震える声で呟く彼に対して叫び返す私。

「両方よっ

堰を切ったように溢れ出す気持によって押し出された言葉が風に流れていく。
彼の・・・彼の純真な心が羨ましくて・・・そして彼の優しい気持に癒されている自分自身に気付いて・・・
どうしようもなく切羽詰った想いが、私の身体から勢いよく弾け飛びながら放出されていく。
見てみぬフリをして見過ごし続けていた気持が、彼によって解き放たれた瞬間にそっと心の中に蒔かれた小さな・・・小さな種。
小さいけれどしっかりと心の襞に埋め込まれた種は、厚いベールに覆われて大切に仕舞い込まれた。

やがてその種が芽吹き・・・どんな花を咲かせるかは・・・今はまだ誰も分からない。

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