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はじめての微笑み

2003年11月23日 サイト初掲載作品

「入るぞぉ〜、イワン」

大きな声と共に入ってきた男は、手に分厚い書籍を抱えながら、えっちらおっちら部屋の中に入り込む。
首に掛けた眼鏡が陽射しを乱反射して、天井に虹のプリズムが掛かるのを見上げながら、揺りかごの中でイワンは前髪に隠された瞳で男の方を見据えた。
そんなイワンの様子に構いもせずに、にこやかに話し掛ける男の目尻には深く刻み込まれた皺が、幾重にも重なり合って、男の浮き沈みの激しかった人生を思わせた。
しかしその刻み込まれた皺にこそ、男が隠し持っている芝居に対する情熱が宿っているようだった。

「姫が買い物に出掛ける故、拙者が留守とお前さんの世話を申し付かった。男やもめゆえ、お前さんの世話が行き届かない点が多いかもしれんが、よろしいかな?」

椅子に腰掛けながら、芝居がかったオーバーな仕草で語り掛けるグレートを見て一瞬だけ口元がほころんだイワンは、またいつものポーカーフェースに戻り、ぽつんと呟いた。

『・・・ヨロシク、グレート』

イワンが発した、精一杯の感謝の気持ちを込めた言葉を心で静かに受け止めながら、グレートは一回だけ大きく頷きながら微笑んだ。
一見すると普通の赤ん坊となんら変ることのない、この超能力ベビーの無愛想な受け答えの影に隠されている苛酷な運命を知る者として、胸が詰まるのを心の隅で自覚しつつ。

穏やかな陽射しが差し込む部屋。
風に乗ってゆらゆら揺れるレースのカーテン。
軽やかな声で囀る鳥の歌声。
速くもなく遅くもなく、一定の速度を保ちながらページをめくっていく音。

緩やかに過ぎていく時の流れの中で、まるでその存在すら意識させないほどに本を読みながら自分の子守りをしてくれいているグレートに、イワンは彼の隠された一面を見せつけられたような気がしていた。
仲間内ではムードメーカーでお調子者という存在で認識されている彼が、実は相手の要求やその場の雰囲気に対して、瞬時に自分の存在を使い分けていることに言葉が出なかった。
完璧なまでにTPOに併せて自分の存在を人に押し付けることなく、まるで空気のようにそこに存在している彼は・・・
誰よりもオトナで、誰よりも研ぎ澄まされた感性の持ち主で・・・
そして誰よりも仲間のことを重んじる、紳士の中の紳士に違いなかった。
改めて彼の凄さを目の当たりにしたイワンは、まじまじとグレートの顔を見つめている自分自身に気付かなかった。

「イワン・・・拙者の顔に何か付いているか?」

ページをめくっていた手を止めて、掛けていた眼鏡を半分摺り降ろすような格好で問い掛けてきたグレートに、ハッと我に返るイワン。

『ナンデモナイヨ・・・ナンデモ!』

イワンには珍しい慌てた素振りで言葉を返す様子に、グレートの口元がほころぶ。

「イワン・・・そんな風に慌てているお前さんを見てると・・・何だか嬉しくなっちまうな」

そう言いながら、目頭を拭くような様子を見せたグレートにイワンの戸惑いが広がる。

『・・・グレート!泣イテイルノ・・・?ドウシテ・・・ドウシテ泣クノ?』

グレートの突然の涙の訳を理解しようと考える、イワンの心に動揺が走る。
いつもなら超能力を駆使して相手の心の真意を見つけ出そうとするイワンに、何故かこの時だけはその力を使おうという意図が抜け落ちていた。
それほどまでにグレートが突然目頭を押さえた行動が、イワンにとって初めて受けた衝撃だったのかもしれない。

「イワン・・・お前さんが・・・たとえ一瞬だけでも・・・普通の赤ん坊と同じく愛らしい素振りを見せてくれたのが・・・拙者・・・本当に嬉しいんだよ。こんなこと言うとお前さんに叱られるかもしれんが・・・このつかの間のひとときだけでも・・・お前さんが周囲に対して気を張らずに普通の純真な赤ん坊のままで
いてくれることが、拙者達の心からの願いだから・・・!」

グレートの言葉にイワンの心が拒絶反応を起こし始める。

『無茶ナコト言ワナイデ!・・・普通ノ赤ン坊デイラレルコトガ許サレナイカラ・・・僕ガ君タチト一緒ニイラレル為ニハ・・・コウスルシカナカッタンジャナイカ!ソレヲ今更・・・普通ノ赤ン坊ラシクイテホシイッテ僕ニ対シテ思ウノハ筋違イジャナイノカイ?』
「すまんイワン!拙者、お前さんを責めるつもりは毛頭無いんだ。お前さんの気持ちも考えずに、お前さんの心を傷付けてしまったと・・・拙者も分かってはいるんだ・・・。だけど・・・だけどお前さんの張り
詰めた心が、一瞬でも緩んで欲しいと願うのは・・・やっぱりいけないことなのか?」

グレートの心がイワンの心の中に温かい気持ちと共に染み込んでいく。
かつて一度たりとも仲間のために涙を流したことのないグレートが、イワンの目の前で鳴咽を零しながらまるで子供のように泣きじゃくり始めた。

イワンには分かっていた。

グレートはきっと泣けない自分のために、泣いてくれているのだろうと。
穢れなき魂は誰の心にも宿っているはず。
しかし年を経ていくと共に心のどこかに仕舞い忘れて、人はオトナの階段を登っていくに違いなかった。
グレートの心に宿っているのは、オトナが忘れ去っていた純真な暖かい心の光で埋め尽くされている穢れなき魂の欠片。
その魂の欠片を呼び起こしているのが、グレートの自分に対する真摯でひたむきな願いだということを誰よりも一番に分かっているのは・・・。

『グレート・・・』

自分の名前を呼ぶ小さな・・・小さな囁きに気が付いてグレートは俯いていた顔をそっと上げた。

揺りかごの外からはみ出した小さな・・・か細い指先が、自分を求めて力の限り伸び出そうとしていた。

その指先のふもとでは・・・

太陽の光を受けて無邪気な天使が、はにかみながら初めての微笑みを浮かべていた。

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