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哀しみの残雪

2003年1月15日 サイト初掲載作品

風が泣いていた・・・
暖かい陽射しの中で自分一人だけが、冷たさを撒き散らしながら吹いているのに気がつきながら・・・
風は泣いていた・・・

陽光を寄せ付けずに、ただ自分の気持ちの赴くままに時間の波を通り過ぎることしか出来ない己を知りながら・・・
風は・・・ただ泣くだけだった・・・

****

「こんなところにいたのか、009!」

コズミ邸からほど近い海の見える丘に腰を下ろしたまま、何をするのでもなくただ打ち寄せる波を見つめるだけの自分に近づいてきた男の姿に気付いて、009の顔に微妙に横切る暗い影。
ほっといてくれと言わんばかりに自分を一瞥して、また視線を元に戻した彼の姿を見て008の胸がほんの少し痛んだ。

「・・・僕も・・・みんなと出会ったばかりの頃は君と同じような態度をしていたよ。泣き喚くことも・・・死ぬことも・・・どうすることも出来なくて毎日毎日海を見ながらただ漠然と一日を過すだけだった」

008は009が座っている隣に並んで立ちながら、足元にあった小石を拾い上げ見事なフォームで海に向かって石を投げつけた。
石は吹き付ける風に
逆らうように突き進み、ぽちゃんと最後の声を上げながら深く澄んだ海の底に沈んでいった。

「『運命』っていう一言で自分の身に起こったことを受け容れられるほど・・・僕たちは強くないし、ちっぽけな人間にしかすぎない・・・けど・・・」

そこで一端言葉を区切った008は、一回だけ瞳を伏せると再び見開いた瞳で前方に広がる広く果てしない海原を、射るように見据えて力強く言葉を継いだ。
009に向けて放った言葉ではなく、まるで自分自身に言い聞かせるようにはっきりとした口調で。

「現実から逃げることは簡単だよ。だけど、この世の中でたった一つしかない命を授かったものとして・・・とことんまで生き抜いてみたいと僕は思ってる!」

008の言葉にハッとして顔を上げる009。
だが彼の瞳にはまだ疑念と嘲りが交じり合った濁った色が宿っていた。
008はそんな彼の様子を承知した上で、静かに言葉を続けた。

「君はまだ僕の言うことを『下らない』って思っているに違いないよね。きっと昔の僕も、君と同じ状況に置かれたら丸っきり同じ態度を取っていると思うよ。だけどさ・・・」

008はふと腰を屈めると、傍らで融けないまま残っている固く踏みしめられ変色している残雪をガリガリと手で砕くと、手の平の上に載せて009の眼前に差し出した。

「・・・いつかはこの雪も融けるんだよ。固く凍り付いたままの雪だっていつかは融ける。・・・僕らの心に降り積もったままの哀しみの根雪も・・・きっといつかは少しずつ・・・少しずつ融けていくんじゃないだろうか。どんなに辛く苦しい時間が尽きることなく僕たちの心に降り積もっても・・・長い時間を掛けて哀しみが少しずつ溶け出していくんじゃないかな?」

008の手の平に載っている残雪が少しずつ溶け出して、彼の指の隙間から水滴となって滴り落ちていく。
それを見ながら009の心を覆っていた灰色の雲が薄く広がり始めていった。

「根雪は雨が降ったり、気温が上がったりしたら少しずつ融けていくものだと思うけど、本当は大地の大いなる息吹によって融かされていくんじゃないかな?僕たちに置き換えてみるとさ、仲間達の君を想う気持ちが雨になったり、暖かい風を運んで来て外側から哀しみの根雪を融かしてくれるのかもしれないけど・・・本当は根雪が降り積もった自分自身の心、つまり大地である自分自身がみんなの想いを受け止めながら、徐々に生きるための活力を貯えて哀しみの根雪を自分一人の力で融かしていくんだって僕は思う」

008の言葉が胸の隅々まで染み渡っていくような感じに009はうろたえた。
言葉では言い表せないような沸き上がってくる感動に頑なだった009の心が涙を流す。
そんな009の様子を黙って見詰めながら暖かい気持ちで見守る008は最後に彼に言葉を告げた。

「この残雪が融けたら・・・きっと春が来るよ。・・・いつか君の心にも!」

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