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ずっと傍で 〜字書きの為の50音のお題より〜

2005年8月9日サイト初掲載作品

冴え冴えとした月が放つ光の矢は、蒸し暑い夏の夜空の淵を鋭く抉り取る。
澱んだままの空気を一瞬にして裁断する、強く眩しい月光によって照らし出された世界は、誰も足を踏み入れることの出来ない真実の在処が、ただ眼前に広がっているだけ。

巨大な岩のように眼前に立ちはだかる真実の手前で、心は立ち止まったまま身動きがとれなくなる。

避けて通ればいいのか・・・
諦めて引き返すのか・・・
真実を黙って受け容れるべきなのか・・・
岩を切り崩すために、無謀にも挑みかかっていくのか・・・
それとも最初から岩の存在を無かったこととして、自分の心を誤魔化し続けていくのか・・・

たった一つの真実のみがそこに鎮座しているだけなのに、ただそれだけなのに・・・
そのたった一つの真実さえ見据えることも出来ずに、幾通りもの言い訳じみた自己弁護に揉みくちゃにされながら、心は行方を見失って混乱するばかり。

そんな俺を頭上から醒めた眼で見つめ続ける月の鋭い光は、次の試練を俺に与えるかのように更なる真実の上乗せを展開していく。
刺々しい月の光が照らし出す世界は、感情と言うものを一切排除した、『現実』のみが存在しているだけだった。


涙が零れ落ちていく。
静かな眠りに落ちたまま瞼を伏せている彼女の眸から、次々と涙が溢れ出しては枕に透明な染みを作っていく。

彼女は眠っている。
眠っているはずなのに・・・涙は決して途切れることはない。
安らかな眠りに落ちているときでさえも、彼女の深層意識の中には常に測り知れない罪悪感が蔓延っては・・・『眠る』という、心も身体も一番安らいでいる貴重な時間をとることさえも、一切赦さずにいた。

彼女の頬を濡らし続ける涙の中に、写りこんだ月の影。
悲痛な叫びを上げ続け、揺らめきながら闇に落ちていく涙が俺に訴える。

『島さん・・・!』

沸々と心の中で何かが湧き上がってきた感覚を自覚した瞬間、目の前に立ちはだかって行く手を遮っていた真実の岩に変化が生じた。
ボロボロと表面から少しずつ崩れ落ちていく岩壁の至る所に細かい亀裂が発生し、亀裂の内側から眩い光が漏れ始めた。
ミシミシという亀裂音が次第に増幅し、裂け目から漏れ出す光の筋に一際強い煌きが宿ったと同時に、大きな音と共に砕け散った岩の欠片が四方八方に弾け飛ぶ。

今まさに彼女の伏せた睫の先から零れ落ちようとしていた涙を震える指先で掬い取ったのは無意識の行動だった。
指先で掬い取った涙の中に、小さく微笑んでいる彼女の姿が映り込んででいたのは、俺の目の錯覚だったのだろうか?
睫の先に溜まったままの滴を掬い取りながら、眠っている彼女を起こさぬように顔を近づけて、そっと表情を窺う。
無表情だった彼女の寝顔は、いつの間にか安心しきった表情に成り代わり、口元には小さな笑みを浮かべて眠りながらも、俺に静かに微笑み掛けているような気がした。

これからも涙で枕を濡らす日が来るかも知れない。
君の心の奥深くに潜む罪悪感を失くすことなど出来ないかもしれないけれど・・・


君の傍で・・・

ずっと君の傍で・・・

君の涙を拭い取ってあげたい。


君に気付かれぬように・・・

君が起きぬように・・・

そして心から安心して君が眠れるように・・・

ずっと傍で君の泪を拭い続けたいから・・・


泪で濡れたままの指先に、さっきまで冷たい表情のまま地上を見下ろしていた月は、柔らかい微笑を投げ掛けるのだった。

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