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今、この瞬間 〜字書きの為の50音のお題〜

2004年10月28日サイト初掲載作品

降り注ぐ陽射しの中に入り込んだ、丸みを帯びた空気の欠片。
透き通っていく景色に溶け込みそうな、真っ青な秋晴れの空。
少しずつ・・・少しずつ色付いてくる葉の色は、恋と言うものを知り始めた頃の少女の恥じらいにも似て。

そんな穏やかな晩秋の秋の午後、僕は君を初めて病院の部屋の中から外へと連れ出した。
たった15分だけの外出許可。
少し長めの散歩位にしかならない時間さえ、数々の煩雑な手続きを経なければならない事実に挫けそうになりながらも、たったひとつの揺ぎ無い想いに支えられ続けてようやく今、こうして漕ぎ着けた現実。

君が命を掛けて守ってくれた、僕が生まれた地球の・・・地球の暖かさを君に感じて欲しくて。
時間には代えられない様々な想いを、君に届けたくて・・・。

「・・・少し肌寒いかな?」

病院の中庭にある大きな紅葉の木の下のベンチに腰を下ろした僕と君。
ほんの少しだけ空いた僕と君の隙間にハラハラと舞い落ちてくる紅葉は、落ちてくる間にも柔らかい秋の陽射しに照らされて、ほんのりと朱を滲ませていくように思えた。

「・・・大丈夫です、島さん」

少しだけ口元に笑みを称えながら、ゆっくりと小首を傾げる君の髪が緩やかに秋風に流されていく。
まるで鈴の音が鳴っているような・・・そんな感覚を呼び起こすようなサラサラと風に靡く君の髪。
失われた時の綻びを静かに紡いでいくように思える微妙な君の表情が、僕の心に『何か』を訴えかけていく。

「・・・温かいんですね。光も・・・風も・・・空気も・・・空も・・・そして緑も」

膝の上に落ちてきた鮮やかな紅葉の葉を大切に両手で掬い取ると、そっと胸の中に仕舞い込む様な仕草をしつつ、俯く君。

「本当は・・・この温かさを受け止める資格は私にはないのです・・・」
「テレサ!」

君の言葉が僕の身体に突き刺さる。
いや其れ以上に、身体の内側から溢れ出る痛みを感じつつも、遥かに凌いでいく強い想いが、胸の奥底から湧き上がってくるのを止められない僕がいた。
一言では語りつくせない・・・色々な思いに彩られた強い気持ちが、今の僕を支えていると気づき始めて。

「テレサ・・・。僕達はあの時一度死んだんだ・・・」
「・・・島さん!」
「・・・確かに意識はずっと繋がっていたと想うけど・・・僕達の身体から、一旦は意識が遠のいてしまったのだと思う。僕の身体に精一杯の輸血を施して生き返らせてくれた君のお陰で、僕の身体から離れて浮遊していた意識が、もう一度僕の中に戻っていったんだと・・・僕はそう思ってる。もし奇跡という言葉がこの世に存在するのなら・・・それは大切な人が生きていて欲しいと願う、ただそれだけの気持ちのみが起こせるものだと、僕は信じてる。そう、君が僕に対して施してくれた心からの想いのように」
「島さん・・・だけど私は・・・私は・・・!」

風の中に滲んだ彼女の泪が、晩秋の風景をより透明に透き通らせていく。
一段と柔らかくなった陽射しの中に落ちた想いが、時の谷間を彷徨う。

「テレサ。今、僕と君がこうして生きているという意味の重さを・・・僕は逃げることなく真正面から受け止めたいんだ、君と一緒に!」
「・・・島さん・・・」
「・・・失ったモノを全て取り返すことは出来ないし、取り返すなんておこがましいことを考える事すら、決して赦されないことなのかもしれない。・・・だけどもし何か失ったモノに対して、ほんの少しでも報いることが出来るとすれば・・・それは、僕達がいつもいつでも失ったモノに対する心からの想いをずっと持ち続けることと、その想いを抱き続けながら生きて、生きて・・・生き抜くことだけだと・・・僕は想うんだ」

真っ青な空に朱い色が踊る。
突然吹き抜けた風が大きな紅葉の木を揺らした途端に、紅葉の葉が気まぐれな風に巻き上げられて、ハラハラと舞い落ちていく。
・・・まるで天上から紅い泪が零れ落ちるかのように・・・。

「決して拭い去れない哀しい痛みを持ち続けながら生きていくのは辛いことだと想う。逃げ出したくなるほど苦しいことだと想う。・・・だけど今、この瞬間、こうして僕と君が生きているという現実に真正面から向き合おう。生きているという意味の大きさに負けないように潰されないように、支えあいながら二人で」
「・・・島さん・・・私は貴方にまで辛い想いを背負わせたまま一緒にいたくはないのです。罪を背負うのは私・・・私ひとりで十分です!」

短い絶叫が、中庭に小さな影を落とす。
その間にもハラハラと舞い落ちる紅い泪。
蒼い空の切れ目から絶え間なく零れ落ちる陽光は、眩しいほどに透き通っていって・・・。

「『幸せ』って・・・幸せだと自分自身が心から感じることができる対象があるからこそ成り立つんだと・・・僕は知ったんだ。君を失ってしまったと分かったあの時から・・・」
「・・・!」
「生きよう!・・・そして一緒に生き抜いていこう!それが失ってしまったモノに対する、ただひとつの・・・誠意だと僕は想うから」

時間の谷間へと落ちていく泪が一粒・・・そしてまた一粒、君の眸から溢れ出し、流れ落ちていく。

「君が命を掛けて救ってくれたこの星で・・・ずっと一緒に生きていこう」

そっと君の目の前に差し出した手には、絶え間なく降り注ぐ柔らかい光の渦。
泣きはらした眸で僕をじっと見続けていた彼女は一度だけ微笑み返すと、ゆっくりと僕の手の上にその白い手を重ね合わせた。
握り返す君の手の中に秘められた想いに触れながら、少しずつ折り重なっていく、僕と君の想い。

一際鮮やかな秋の色に滲んだふたりの思いは・・・今、この瞬間、煌き始める。

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