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予約済みの未来 〜字書きの為の50音のお題〜

2005年1月23日 サイト初掲載作品

「・・・少し・・・お休みになった方が、よろしいのではないですか・・・?」

こちらの機嫌を伺うようにして、さり気なく手元に差し出された珈琲の香ばしい匂いが部屋に満ちる。
持ってきたトレイで軽く口元を蔽いながら、自分の身を案じてくれているようなテレサの憂い顔が琥珀色の小波の中で揺れる。

「ありがとう。丁度珈琲を飲みたいと思っていたところなんだ。遠慮なくいただくよ」
「・・・はい」

俺の言葉を受け止めながら、僅かに相好を崩して小さく微笑む彼女の目元が薄紅色に染まる。
うっかりしていたら見過ごしてしまうような微かな表情の変化を認めて、身体の中を駆け抜けるときめきにも似た感情。
きっとそれは今までほとんど無表情だった彼女が少しずつ・・・少しずつ・・・自分に対して、心を打ち明けてくれているような・・・そんな気がして訳もなく目頭が熱くなる。
普通の人間からしたら喜怒哀楽の感情そのままに、ストレートに表情に表すことなど容易いことなのかもしれないが、彼女がこうして自分の心の奥に閉じ込めたままの気持ちを一瞬でも表情に表すことができるようになった影で・・・いったいどれだけの涙を人知れず流し続けてきたのか・・・
その壮絶な哀しみや苦しみの一端を知っているからこそ、こんなにも嬉しいわけで。

口の中に流れ込む珈琲の、微かに苦みばしった味は・・・
俺と彼女にしか分からない、躓きながらもふたりきりで辿ってきた恋の経過にも似ていた。

「・・・お仕事・・・大変なんですね。どうか・・・無理だけはなさらないでください」

珍しく家に持ち帰った書類とずっとにらめっこしながら、腕を組んでただ考え込んでいる俺の状況を心配しているように、おずおずと彼女の口から零れ出た言葉を聞いた瞬間、揺れていた気持ちにけじめをつけるそのときが訪れた。

・・・今しかない・・・!

ひととき眼を閉じた後、ゆっくりと瞼を開いて彼女の姿を視界の中に捉える。
俺の視界の中にくっきりと映りこむ、この世で一番愛しい女性(ひと)の姿を心に刻み込みながら・・・
溢れ出る想いを言葉に載せた。

「・・・実はもう、この書類は自分の中ではもう既に完成しているものなんだ。・・・ただ・・・」

そこで一端言葉を区切って、傍らで佇んでいる彼女を祈りを込めた想いで見据える。
俺の中の何かがいつもとは違う・・・と瞬間的に感じ取ったせいだろうか?
彼女が僅かに眉を顰めて、じりっと一歩後退した。
それでもまだ逃げ出そうとはせずに次に続く言葉を待っているような素振りの彼女を見詰めながら、言いよどんでいた言葉を一気に解き放った。

「ただ・・・この書類を完成させるには・・・君の了承が一番必要なんだ」
「!」

ビクッと身体を震わせてズルズルと後ずさりし始めた彼女の右手をそっと掴み取る。
逃げようとする彼女と、掴まえようとする俺の身体のバランスが崩れた瞬間、派手な音を立てて俺と彼女はソファーに一緒になって倒れこんだ。
腕の中の彼女を怪我しないようにしっかりと抱きかかえたまま、倒れこんだ俺の顔に彼女の眩いばかりの金髪がサラサラと滑り落ちた。
至近距離で交わす視線にはお互いに対する愛情を認めながらも、最後の最後で抵抗を続ける彼女の心が泣いていた。

「・・・御願いですから・・・放してください!」

眸に涙を浮かべながら沈痛な面持ちで叫ぶ彼女の声が、小さい悲鳴となって部屋の空気を切り刻む。
俺の腕の中から必死に逃れようともがく彼女の身体に漂っている、『本当の気持ち』に気が付いて・・・
咄嗟にした行動は無意識のうちに胸の奥から迸っていった。


・・・初めてのくちづけは・・・涙色に濡れていた・・・


たった一秒だけのくちづけが、流れ行く時間をその瞬間だけ堰き止めてしまう不思議な余韻が・・・
部屋の中を埋め尽くす。
顔を覆って啜り泣く彼女を優しく抱き締めながら・・・背に回した腕に力を込める。

「あの書類は・・・自分の身に何かあった時の為の緊急時連絡先を書いて提出する書類なんだ。連絡先に変更がなくても毎年必ず提出することになってる。・・・去年まではずっと僕の両親宛に真っ先に連絡がいくような体制にしていたけれど・・・今年からは違う連絡体系にすると・・・決めたんだ。・・・誰よりも一番僕の傍にいてくれて・・・僕自身が誰よりも一番大切な君に・・・」
「駄目っ・・・駄目です!どうか思い直してください、島さんっっ!私なんかに貴方の大切な連絡を受け取る資格はないのですから!」

真っ青になって必死に抗議する彼女の背中を宥めるように静かに撫でながら・・・
渾身の想いを込めた言葉を彼女の耳元に零す。

「あのとき・・・君が僕と一緒にヤマト艦内に降り立った際に、古代の奴が俺に手を差し向けながら言った台詞こそが・・・あの時からずっと変わらない君に対する僕の心からの気持ちを代弁しているから」

一瞬遠い眼をして記憶の彼方から、その場面を呼び起こしているような彼女の表情がある瞬間を境にして劇的な変化を遂げていく。

困惑と戸惑い・・・そして恥じらいが込み入ったような複雑な表情が彼女の顔を彩る。
次第にそれが俺に対する心からの想いが篭った眼差しへと移り変わった瞬間に、最後の言葉を投げ掛けた。

「予約済みの未来が・・・ようやく今、成就しようとしている。・・・後は君の気持ち次第だ」

何かを言い掛けて口篭った彼女は一回だけ睫を伏せると、俺の目を見つめながら静かに呟いた。

「・・・キャンセルは・・・無効なんですね?」
「僕からのキャンセルは・・・未来永劫、絶対にない」

きっぱりと言い切った俺の言葉を受け止めて・・・やがて彼女は静かに俺の胸へと深く顔を埋めた。

「・・・私は・・・この先、貴方の為に何をしたらいいんですか?」

再び泣き崩れそうになる彼女の顔にそっと顔を近づけて眸から溢れ出しそうな涙を指先でそっと拭い取る。

「僕の傍にずっといてくれたらいい・・・。ただそれだけで・・・いいから」

二度目に交したくちづけは・・・
俺と君の予約済みの未来に終焉を告げ、ふたりの新たなる未来の第一歩を紡ぎだす、最高のスタートになった。

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