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そして、これからも 〜字書きの為の50音のお題〜

2004年11月25日 サイト初掲載作品

「・・・さ、着いた」

少し大きめのボストンバッグを持つ左手が微かに震え始める。
その震えはやがて左手から全身に伝わり、心なしか吐き出す息さえも微妙に空気を震わせているようで、緊張の度合いが一層高まる。

・・・今、この瞬間から自分と彼女は一緒に生活を始める・・・
という夢のような現実に心が未だ追いつけないでいるのを、島は微かに感じていた。

夢じゃない・・・夢じゃないんだ・・・!

心の中で唱えるかのように繰り返す言葉は、嬉しさを隠せないというよりも寧ろ・・・彼女が部屋に入る
寸前で、突如目の前から消え去ってしまいそうな不安を打ち消すためのもの・・・と思ってしまう自分が
情けなくて切ない。
だがそれはあのとき、最期までテレザートに留まると言ったテレサをヤマトへと連れ込んだ自分の懸命な思いを、全て覆さなければならなかった経験に裏打ちされていることであると、心が・・・身体が忘れずに憶えているから・・・
無理もないことかもしれなかった。

彼女が自分の部屋で一緒に暮らすということを同意してくれたあの日、嬉しさの影でまだそのことに蟠っている気持ちに気がついて動揺を隠せない自分がいた。

この先の人生をずっと一緒に歩み続けたいという気持ちは嘘じゃない。
彼女が傍にいてくれるだけで嬉しいという気持ちも間違いはない。
彼女を・・・テレサを愛しているという気持ちのみが今の、そしてこれから先の自分の心を、全て蔽い尽すはずなのも本当。

・・・だけど、針で突付いて出来たような小さな小さな穴・・・つまり本当に彼女は一緒に暮らしてくれるのだろうかという僅かな疑念・・・が、心の奥底の目に見えないところで疼いているのも事実だった。
その疑念はこうして実際にテレサを自分の部屋へと迎え入れようとする、この瞬間でさえもチクチクと
心の襞を傷つけていた。


信じろ・・・!彼女を信じるんだ・・・!


蔓延る疑念を振り払うかのように二、三度大きく頭を振った島はそっと背後を振り返った。

「・・・荷物、ずっと持たせてしまったままですみません・・・。重たかったのではないですか?」

申し訳なさそうに俯いて小声で話すテレサの両手に大切に抱え込まれている可愛らしいプリムラの黄色い花が風に揺れる。
鮮やかなその色は・・・不安に駆られて怖気づいているような自分にそっと励ましのエールを送ってくれるような、そんな温かさを称えていた。
そしてそのプリムラの鉢植えを大切に抱え込むテレサの両眸は、まっすぐに自分の姿を捉えていた。
全てを信頼しきって、自分を・・・自分だけをひたむきに見つめる視線は・・・
この先どんな困難が待ち受けようとも、どんな辛い場面に遭遇しようとも決して揺るがずに、ただひたすらに愛し抜くという決意に彩られていたような気がした。

・・・こんな・・・こんな情けない心のままで君を迎え入れようとしている俺なのに・・・
君は・・・テレサ、君は・・・・

無意識のうちに零した吐息の中に、さっきまで感じ続けていた疑念の凝り固まった塊が紛れていた。
ようやくそれを吐き出すことが出来たという安堵よりも、彼女の強くしなやかな愛情に包まれて、何とかここまで辿り着けたという感慨に埋め尽くされて言葉も出ないままで。

「・・・島さん?」

堪え続けるだけだった拉げたままの感情を、解き解すかのようにそっと届いた声。
気遣いが込められた声はいつもいつでも優しい響きで自分の名を呼ぶ。

ずっと変らない口調で・・・。
ずっと変らない優しさで・・・。
ずっと変らない想いで・・・。

「・・・テレサ。僕の・・・ワガママを聞いてくれてありがとう・・・」

やっとのことで胸の奥から絞り出した言葉はたったそれだけ。
それ以上に言葉に出来ない想いが後から後から胸の奥から湧き上がってきて。
このまま夢で終わるかもしれないと想っていた未来が、彼女に名を呼ばれた瞬間にしっかりと胸の内に刻み込まれつつ、確かな躍動を携えて身体の中で息づき始める。
それと同時に胸の内に溢れ出し始めた感情は、前にも増して彼女を愛しいと想う気持ち・・・
それ以外には有り得なくて。

後ろに佇んだ彼女をそっと招きよせると、鉢植えをしっかりと抱え込んでいた右手にそっと手を伸ばす。
不意の行動に不思議がる彼女を優しい気持ちで見つめながら、右手同士を重ね合わせると静かに引き寄せて玄関のドアノブに一緒に手を掛けた。
彼女の白くしなやかな右手に自身の右手を重ねながら一緒に掴んだドアノブは、これから先の未来へと続く入り口への鍵。

「・・・ここから僕たちの新しい一歩が始まるんだ」

潤んだ眸のまま見上げる彼女に力強く頷き返しつつ、重ね合わせた手と手に力を込める。
ふたりで一緒に築き上げていく未来へと続く扉が・・・今、静かに開け放たれていく。

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