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嘘つきな君 ~字書きの為の50音のお題~

2004年8月24日サイト初掲載

「えっ・・・」

大き目のマグカップを包み込んでいた指先が少し震えた途端に、琥珀色の小波が起きる。
動揺を見透かされぬように僅かに伏せた眸の中では行方を見失った蒼緑の玉(ぎょく)が
小さく揺れ動いていた。

何とか心を落ち着かせようと水面下で必死にもがいているような君の姿を見つめたまま
何と言って君に声を掛けたらいいか判らずに押し黙っているだけの僕。

沈黙したままの状況を打破しようと言葉を紡ぎだしたのは・・・決して自身の自己弁護の為ではなくて
何かを堪えているような君の姿が切な過ぎて・・・ただそれだけ。
君が思い悩んでいる元凶を創り出したのは、僕以外の誰でもないとわかっているから
君からどんな非難を受けようとも受け容れる準備は整えていたはずなのに・・・
ほんの少しだけ億劫になるココロに嘘はつけない。
謝れば済む問題ではないだけに・・・ひょっとしたら君に嫌われるかもしれないとの予感が次第に
ココロを埋め尽くしてきて。

・・・でもやっぱりこれ以上哀しみを押し殺しているような君を見ているのは限界だから・・・
掠れた声のまま話し掛ける僕の顔はたぶん強張っていたに違いない。

「・・・ゴメン。君と前々から約束していたのに・・・その日は先日の輸送船事故の後処理のために
どうしても抜けられない任務があって・・・」

言いながら胸のうちが澱んでいくのを止められない。
いっそのこと、何もかも全て放り出して君の為だけに生きていけるのなら・・・そうしたかった。
言い訳をするたびに本当の気持ちを誤魔化しているような思いは拭いきれない。
任務のために延期になった約束は数知れず。でもその度に君は「私の事より任務の方が大事です」と言って
躊躇う僕を優しい口調で諌めるのだった。その言葉に今まで甘えてしまった僕。そして一緒にいたい気持ちを
押し殺して僕に行くべき途を指し示した君。
ココロのどこかで引っ掛かりを覚えながらも、そうすることがふたりにとって一番のバランスの取り方で
あったはずなのに・・・今回初めて亀裂が生じた。

************

「・・・島さん・・・御願いがあるのですが・・・」

こう君が僕に切り出してきたのは半年前のことだった。
付き合いだしてから、初めて僕に訴えてきた君の言葉に当惑しながらも物凄く嬉しかったのを思い出す。
いつもお互いの気持ち、そして状況を探りあいながら相手に負担を掛けまいと必要以上に構えて中々胸の内を
言い出せない僕と君だから・・・だからこそ君からの言葉が・・・何よりも嬉しくて。

「・・・僕で良かったら、何でも言ってみて!」

嬉しさに裏打ちされた思いのまま口にした言葉はいつもの僕らしからぬ、かなりハイテンションの様相を呈していた。
実際心の底から好きな相手に御願いされることの嬉しさは普段の沈着冷静を装っている態度を
一掃させてしまうほどにとてつもなく嬉しいことに他ならず。
頼ってもらえるということだけでこんなにも有頂天になってしまうのは・・・たぶん僕達の今までの
経緯からしたら当然のことかもしれなかった。
相手のことを想い過ぎるあまりに自分の気持ちを押し殺してしまうのは当たり前のことであったから
尚更、君が僕にたいして御願いをしてくれることの大切さの意味を分かり過ぎるほど分かっていて。

僕の様子を見ていた君は口元に少しだけ笑みを称えながら、壁に掛けてあるカレンダーに手を掛けた。
パラパラとカレンダーを捲る白くしなやかな君の指先が何枚目かで止まる。

「・・・この日に・・・私と逢っていただきたいのです」

恥ずかしそうに俯きながら君が呟いた言葉はたったそれだけ。もっと何か違うお願いを予想していた僕は
少し拍子抜けした。

「・・・この日に・・・逢うだけでいいの?もっと他に何かお願い事があるのなら遠慮しないで
言ってみて」

僕の言葉に俯きながら首を小さく横に振って、君はもう一度同じことを繰り返した。

「・・・この日に逢っていただくだけで・・・いいんです」

そう言うことさえもかなり勇気を要したであろうと君の姿を見ていて痛感する僕。
語尾は微かに震えていて、日付を指差している指先は今にも力なく落ちそうな気配がした。
きっと君はこんな小さな願い事をするのでさえも、ずっと何日間も思い悩み続けていたのかもしれない・・・
こんな小さな願い事でさえも・・・。

今にも泣き出しそうな君の肩にそっと手を置いて僕は言葉を漏らす。

「約束する!・・・この日に必ず君と逢うことを」

俯いていた君の顔がふっと上がる。言い知れぬ想いを滲ませた眸は透明な雫に包み込まれたまま揺れていた。

***************************

あと三日を残して半年前の約束をようやく叶えられると信じていた矢先に突発的に起こった大惨事。
多少のことなら何とか君との約束を優先させるつもりではいたが・・・特命扱いの命令の前では逆らえず。
予想していた以上に落胆しているような君の表情が全てを物語っていて。

「・・・珈琲、淹れ直してきますね・・・」

聞き取れないほどの弱弱しい声を漏らしながら立ち上がった君は静かな足取りでキッチンへと向かう。
僕に後姿を向けた君の・・・君の悲しげな気配が目に鋭く焼きつく。それは同時に僕の心にも
突き刺すような痛みをもたらした。

・・・君がキッチンへと移動してからどれくらい時間が経ったのだろう?
一向に姿を見せない君に不安を感じて足音を忍ばせながら気付かれぬようにキッチンの入り口に佇む。

「・・・っ!」

キッチンの隅から隅に目を凝らしても君の姿は見えず。隠れようにも隠れるスペースなどない狭いキッチンだから
君がそこに居ないことだけは明白で。テーブルの上に置かれたマグカップと沸騰してコトコトを音を立てている
ポットだけがキッチンの中でその存在を現しているだけだった。

「・・・もしかして!」

ある予感が身体の中を駆け巡る。キッチンを飛び出して短い廊下の突き当たりにある君の居室にそっと
入り込む。夕焼けを背にして何かを大切に胸の中に抱え込みながら咽び泣いている君のシルエット。
シルエットから零れ落ちた一粒の真珠は夕焼けの色を吸い込んで虹色の軌跡を描きながら床に染み込んだ。
ある種の宗教画にも似た神聖な風景を見ているような錯覚に陥りながらも、君への想いは止まらず。

「テレサッ!」
思わず呼んだ名前に反応してビクッと震える君の身体。その瞬間に君が胸の中に大切に抱え込んでいた
モノがスローモーションのように腕から転げ落ちた。

「・・・触らないでっ!」
小さい叫び声を上げてモノに駆け寄る君よりも先に反応した身体は床下に落ちた物を即座に拾上げた。

「・・・テレサ・・・君は・・・!」
品物を抱え上げた瞬間に絶句して言葉が出なくなる。一目でそれとわかる丁寧な梱包を施されたモノは・・・
誕生日プレゼント以外の何物でもなく。そしてそれを見た瞬間にフラッシュバックしていく半年前、君と約束した
あの出来事・・・。

『・・・この日に・・・私と逢っていただきたいのです・・・』

そう御願いした、あの時の恥ずかしそうな君の横顔が脳裏を過ぎる。
思わず君の方を振り返ると、観念したように失意のまま項垂れている君がそこに居た・・・。
泣きはらした眸が宙を彷徨う。

「・・・君がどうして半年前に約束を取り付けたのか・・・今になって判った。ゴメン。僕が
悪かった・・・」
「・・・もう・・・いいんです。私の方が悪いのですから・・・」

力ない声で返答する君は憔悴しきったような表情のまま俯くだけ。
ずっと君がその日を指折り数えて待ち望んでいたであろうと容易に想像がついて胸が苦しくなる。


君がそうまでして僕のことを想っていてくれるのに・・・僕は君を哀しませることしかできないのか?
いいのかそれで・・・?


畳み掛けるような葛藤と押し寄せる思慕の間に挟まれて行く末を見失っていたココロに宿る小さな灯火。

洒落た台詞の一つさえ吐けやしない僕だけど・・・
君を愛する気持ちは出逢った頃からずっと変わらないから・・・いや、変わるはずなどないのだから・・・!


「・・・この包み、開けても・・・いいかな?」

僕の言葉を聞いていた君の身体がビクッと震える。

「・・・でも・・・貴方とお約束した日でないと・・・その包みを開けていただく意味がないですから・・・」
「・・・テレサ。君が約束してくれた日に逢ってこの包みをいただくことも勿論嬉しいけど・・・
僕にとって一番大事なのは、君が僕のためにこうして祝ってくれようとしたその君の気持こそが
何よりも嬉しい事だから・・・!」

僕の言葉を聞いていた君の顔が僅かに歪む。泣くまいと必死に堪えているような表情に滲む想いに
触れて、改めて強くなっていく君への気持ち。言葉にしない分だけ、感情が表に表れない分だけ
君が閉じ込めている想いの強さが痛いほど分かって。

君からの返事がないことを了承と理解した僕は、手の中の包みを丁寧に少しずつ解いていく。
姿を現し始めた包みの中身を見て・・・胸の中に沸き起こる感動に言葉が出ない。

包みの中から現れたのはいつも見慣れたものだった。・・・ただ一点を除いては。
任務に就くときに必携の手袋の淵に緑色で丁寧に刻み込まれた『D.Shima』の刺繍の文字。
裁縫には疎い僕でもこの文字を手縫いで縫い込むにはとてつもない時間と労力が掛かっているとは
容易く想像がつく。・・・だから君は半年という時間を想定して・・・

一目一目僕のことを想いながら縫いこんでくれたであろう、色鮮やかな刺繍の文字にそっと手を触れる。
触れた途端に言い尽くせない想いが胸の中に押し寄せてきて上手く言葉が紡げない。
半年という時間を遡って蘇っていく記憶の中に、ふと鮮明に思い出される場面があった。

そう、あれは君との約束を交して数日経った或る日のこと。
君の両手の指先全部が絆創膏で覆われていたのを不審に思った僕が問いかけると
「薔薇を扱っていて・・・うっかりして棘を刺してしまったんです」と笑いながら答えた君。
僕もそのまま君の言うことを鵜呑みにして受け流してしまったのだが、今思い起こせばあの当時
薔薇が咲き綻ぶ季節ではなかったのは確かで。

・・・もしかしてこの刺繍を縫い込むために刺繍針で傷ついた指先を隠そうとして君はあの時嘘を・・・

言葉よりも先に感情に反応して身体が動いたのは生まれて初めてだったかもしれない。
抱き寄せた身体を精一杯の想いを込めて腕の中に閉じ込める。

「・・・し、島さん・・・?」

訳が分からず抱き締めた腕の中でもがいている彼女の耳元に静かに囁く。

「・・・ゴメン。今だけは・・・このままで・・・」

君の嘘に僕は何度励まされ・・・そして何度心から泣かされたことだろう。
全ては僕のためにという君の想いが溢れ出してる優しい嘘に僕はいつも・・・。

抱き締めていた君の身体をそっと離すと、華奢な両肩に手を置いて僕は君の目線に合わせるようにして
視線を落とす。いつもなら恥ずかしくてすぐに外してしまう視線を勇気を出してじっと彼女の眸を見続ける。

「・・・君の優しい嘘に僕が唯一応えられることがあるとしたら・・・それは・・・」

夕日に彩られた部屋の中で重なり合う二つの影。
シルエットの向こう側で今、初めて通い合った心と心がやがて一つの『愛』という実を結んだ。

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