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忘れられない思い出 ~字書きのための50音のお題~

2005年9月25日サイト初掲載

「それじゃ、・・・おやすみ」
「はい。・・・おやすみなさい」

鮮明な月の光に照らし出されるシルエットに滲み落ちていく緩やかな時の流れ。
向き合ったままの影は重なることはなく、微妙な距離を置いたまま闇に融け出す。

部屋に入るドアの手前で佇む貴方は、その僅かな境界線すら超える気配を見せずに、ただ静かに微笑むだけ。
一緒に暮らし始めてから数ヶ月経つけれど・・・貴方は私の部屋に入るような素振りを一切見せなかった。
まるでそうするのが当然の如く、貴方は私のプライベートなテリトリーに足を踏み入れるようなことは
決してしなかった。


『どんなに心を許し合った仲でも、決して踏み込んではいけない相手の領域って、あると想うんだ。
綺麗事を言っているだけと想われるかもしれないけれど・・・僕は自分自身の欲求よりも
まず第一に好きになった相手の気持ちを何よりも大切にしたい』


貴方の家で一緒に暮らし始めたその夜、訥々とした語りで切り出した言葉が手繰り寄せる記憶の中で鮮やかに蘇る。
私の眸から視線を逸らすことなく、反対に真っ直ぐに見据えて言い切った貴方の眸には・・・穏やかだけど
秘めた決意が漲っているように思えた。

あの瞬間からずっと水面下で保ち続けてきたであろう揺ぎ無い意思は、今も変わらずに貴方の決意を
根底から支え続けているようで。
優しい眼差しの奥で常に私の気持ちを第一に思いやってくれる貴方の直向な想いは、いつもいつでも
私を温かく包み込んでいてくれた。

不安で心が迷う時はさり気ないフォローで私を励まし、
罪悪感に打ちのめされている時は在るがままの私を黙って受け止め、
未来に悲観を感じる時は何も言わずにその手を差し伸べ、

私が私らしくいられるように・・・何時如何なる時でも常に優しく見守ってくれる貴方。


その優しさに甘えっぱなしの私は・・・このまま貴方の傍にいてもいいのでしょうか?
私は・・・貴方が生きていく上で重荷にしかならない存在ではないでしょうか?

問い掛けたい事は一杯あるはずなのに、貴方からの答えを予想して心は立ち竦むばかり。

・・・怖いから。
・・・訊いてしまったら貴方からはっきりと拒絶されそうで・・・怖いから。

宙吊りになったままの心はグラグラと揺れ動く。
幸せを求める気持ちと結末を恐れる不安の間で行ったり来たりを絶え間なく繰り返しながら。
答えを出すことを放棄しそうになる心を押さえつけようと懸命になればなるほど、
反対に自分の中のいやらしい部分をはっきりと見せ付けられているようで身動きが取れなくなる。

浮遊する意識は行くあてもなく揺ら揺らと彷徨うばかり。


「・・・テレサ」

貴方が私の名を呼ぶ。
静かな響きはいつもと変わらぬまま。

「はい・・・」

月の光の微妙な陰影に彩られた貴方の顔に僅かに紅がさしたように見えたのは
・・・私の気のせいだったのでしょうか?

少しだけ俯いて次の言葉を紡ぎ始める貴方の声が闇に揉まれて微かに上擦る。

「・・・テレザリアムから飛行艇でヤマトに向かうときのこと・・・君はまだ憶えてる?」

一瞬だけ色を失くした世界が再び色を取り戻していくような錯覚が私の身体の中で俄かに起こり始める。
その感覚は停滞していた時間が緩やかに流れ出すような感じにも似ていた。

「・・・憶えています、島さん」

私の言葉を黙って聞き終えた貴方は何かを言い掛けようとして二、三度小さく口を動かした後で
一旦口を閉じると、次の瞬間低くはっきりとした声で私に言葉を投げ掛けた。

「僕があの時、君に対して誓った言葉は嘘じゃない。・・・それだけを言いたくて」

「・・・島さん!」

驚いて目を見開く私に、貴方は更に言葉を投げ掛ける。

「僕の君に対する気持ちは、あの時のあの言葉以外在り得ないから。この先もずっと・・・」

穏やかな口調の奥に潜む静かな情熱が、私の中の眠ったままの感情を呼び覚ます。
貴方の言葉を受け止めた途端、即座に硬直してしまった身体。
動揺を遥かに通り越して一気に身体を突き抜けてしまった意識を取り戻すことすら出来ずに
呆然としたまま立ち尽くす私に、貴方は柔らかい微笑を投げ掛けつつ言葉を継いだ。

「眠りに就く前に驚かすような事を言ってしまってゴメン。・・・今度こそ、本当におやすみ。テレサ!」

言い終えた後、そっと私に背を向け歩き出す貴方の背中が段々と遠ざかっていく。
まるで夢を見ていたかのような一連の出来事にまだ心が追いつけない私は遠ざかっていく彼の背中を
ぼんやりと見続けることしか出来なくて。


『僕は生涯貴方だけをずっと・・・ずっと守り続けると誓います。・・・この指輪にかけて!』


薄れていく意識の片隅で忘れられない思い出の断片が私の心を次第に埋め尽くしていくのだった。

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