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寄り添わせた肩 〜字書きの為の50音のお題〜

2005年6月15日サイト初掲載作品

音も無く静かに降り頻る優しい雨。
窓越しに見遣る空は今宵もまた一筋の月の光さえ寄せ付けず、ただひたすらに沈黙を守る。
この時期独特の気候とはいえ、こうも長く雨が続くとさすがに鬱陶しい気分を通り超えて、一目でもいいから煌く星の瞬きを見たいと切望してしまう自分に気付いて、思わず零れ落ちた溜息。

「・・・どこか身体の調子が悪いのではないですか?」

背後から届いた声は、自身の身を気遣ってくれる優しさに満ち溢れていた。
しかしその影で自分の体調を心配しきっているような不安げな声であることも、事実に違いなかった。
テレサに自身のことで心配や気苦労を掛けまいとしていたはずなのに、うっかり零してしまった溜息は、自分の意に反してテレサの耳元にダイレクトに辿り着いてしまったことに動揺を隠せない。
「しまった!」と思うよりも先に、テレサの自分に対する不安を真っ先に取り除く為にどう言い繕うか瞬時に思い至ってしまう辺り・・・心底彼女に惚れぬいているという何よりの証拠。
そのわりにテレサに対し表立った愛情表現すら出来ずにいる自分は、すでに『晩熟』の域を通り越して・・・臆病者に近いレベルにまで達しそうな状態だった。

あの辛く苦しい経験を経てきたから、何よりもまずテレサのことを大切にしたい・・・という言い訳は、最早誰の目から見ても通用しないほど、つい最近一緒に暮らし始めたという揺ぎ無い事実が先ずあって。
だが一緒に暮らし始めたとは言っても、誰もが皆一様に想像するような幸せ一杯の新婚生活とは一線を画す、ある特殊な状況なのは確かで。
だけど自分も、そして恐らく彼女も・・・お互いのことを唯一無二の存在だと信じきって、心の底から深く愛し合っている恋人同士に間違いはなく。

様々な要因が複雑に絡み合って、幾つもの矛盾を抱え込みながらも、何とかこうして一緒に暮らし始めた現実にまだ心が追いついていない。
そんな中で思い掛けなく発生した偶発的な出来事は・・・二人の恋の歩みにいい加減痺れを切らした神様が、与えてくれた絶好のチャンスかもしれなかった。

「身体の調子が悪いわけじゃないけど・・・星が見えないと何だか少し不安になるんだ」

無心のまま口から放たれた言葉は、ものの見事に空振りに終わった。
いや、空振りするだけならまだ救いがあったかもしれない。
さらにテレサの不安を煽ってしまうような言葉を言い放ってしまったと気付いたときには、時既に遅く。
顔から一気に血の気が引いていく自分とは裏腹に、テレサの表情には柔らかさが次々に折り重なっていく。
咲き綻び始める花の一番美しいときを人間の表情で表すとしたらまさにその光景が今、目の前にいるテレサの表情で全てを物語っていると言えるほどに、美しさと艶やかさが咲き競っていく。
その美しさを奏でるもの・・・それこそが自分への純粋でひたむきな愛そのものであるとは露知らず。

固まったまま思考停止に陥っている自分の傍に、楚々と歩み寄る人影が言葉を漏らす。

「・・・島さん・・・」

名を呼ばれても動けないでいる自分を分かっているかのように、テレサは静かに言葉を紡ぐ。
ゆっくりと時を刻むように。

「こうして目を閉じると・・・私にはいつも星空が見えるんです。貴方と私が廻りあった瞬間に瞬いた、あの星の煌きは・・・今も消えずにこの胸の中で光り輝いています」

穏やかな口調の裏側で確固たる意志が、その想いを支えていた。
いつの間にか隣に佇んだテレサは軽く睫を伏せて、雨で煙った窓越しの夜空を見上げると再び言葉を漏らした。
胸元で組んだ指先に暖かな想いが満ちてくる。

「貴方の存在を実感できるという、この上ない幸せを・・・いつもいつでも忘れずにいたいんです・・・」

不意を突かれる言葉に対して、人間は無力なのかもしれない。
それも自分の幸せを無条件に教えてくれる言葉ほど、その効力は絶大だ。
胸の奥で痞えた想いが出口を失って一気に体中から迸りそうになるのを止められない。
言葉では言い尽くせないほどの愛しさが、全身を駆け巡る。
思わず零れ落ちそうになる泪を必死に押し留めながら・・・僅かに傾けた右肩を、目を瞑ったままのテレサの左肩にそっと寄り添わせる。

今、自分が出来得る精一杯の愛情を示す態度は、不器用この上ないけれど・・・


とくん・・・とくん・・・とくん・・・。


肩口から伝え合う温もりの奥で・・・愛がまた一つ深まっていく。

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