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寸止めされた想い 〜字書きの為の50音のお題〜

2005年11月4日 サイト初掲載作品

・・・きっかけは、ほんの些細な出来事だった。

約一年ぶりに大規模な刷新を行った輸送艦隊の新システム体系の仮運用の立会人として、防衛軍本部に缶詰状態になること一週間。
予定ではほぼミスも無く、このまま正規運用の運びとなる見通しだったのだが、重大なシステム・エラーが最終段階のテストで露見した為、対応に予想外の時間が掛かって任務終了の見通しが全くつかない。

「・・・ごめん。このままだといつ帰れるかわからない」

電話口の向こうで、声にならないが叫びがひとつ零れたような気がした。
微かに聞こえる乾いた電子音が、島とテレサの気持ちを代弁しているかのように、無言の時間を繋ぐ。
しばしの沈黙の後、漏れ出てきた声は意外にも張りのある響きで島の耳に届いた。

「・・・待っています。どうかご無理だけはなさらないでください」
「・・・テレサ」

目には見えないけれど、電話口で肩を震わせながら必死に寂しさと堪えているであろうテレサの姿が
脳裏に浮かぶ。
今すぐにでも飛んでいって抱き締めたい気持ちを言葉に乗せて伝えたいけれど・・・
言ってしまったらますますテレサの気持ちを追い詰めてしまうようで、喉元まで出掛かった言葉を必死に押さえ込む。

「私は大丈夫です、島さん。だから・・・だから今は大切なお仕事の事だけをお考えになっていてください」


自分の気持ちを後回しにして、俺のするべき任務を最優先させる為に君はいつも・・・。


「ありがとう、テレサ。君もきっと元気で!」

声はしないけれど、電話口の向こうで微かに頷いているであろうテレサの姿を胸に描いたまま・・・
テレサに一刻も早く逢いたいと逸る気持ちを捻じ伏せて、島は静かに電話を切った。
逢いたい気持ちを抑えて、仕事に専念するように促したテレサの気持ちに応えるために。

*****

テレサが待つ自宅に向け、自然と小走りになるのは・・・彼女にすぐに逢いたいと願う気持ちの現われに違いなく。
夕刻に最寄り駅に到着する予定だったが、いいタイミングで一つ早い臨時便に乗り合わせるチャンスにも恵まれ、予定時間よりも少し早い到着というサプライズを引き連れて、島の足はまっしぐらにテレサの元に急ぐ。

いつもの自分なら予定時刻よりも早く到着した事をテレサに前もって連絡するのだが・・・
テレサに逢えるという事でかなり気分が高揚していたのと、時間よりも早く到着して彼女をちょっぴり驚かせてみたいという、普段なら考え付かないであろう思い付きに心が埋め尽くされて、連絡をわざとしなかった。

「テレサ、ただいま!」

弾むような足取りで玄関先のインターホンを押しながら、びっくりして駆け寄るはずのテレサの出迎えを想像して、島の顔に零れる満面の笑み。
しかしその笑みに・・・僅かな翳りが生じる。

「テレサ?・・・テレサ?・・・いないのか?」

二度、三度インターホンを押してもビクとも動かない玄関の重厚な扉。
インターホン越しにちゃんと自分の声が部屋の中に届いているはずだから、島の姿を認めた途端にテレサは扉を開けて、あの柔らかい微笑を携えて自分を招き入れてくるはずだった。
・・・しかしドアの向こう側で人が動く気配は一向に感じられない。

次第に顔から血の気が引いていくを、島ははっきりと自覚していた。
冷や汗が額から吹き出て、ゆるゆると流れ落ちていく滴。
汗が流れ落ちていく度に、体温が一度ずつ下がっていくような感覚が彼の意識を次々と責め立てる。
自分の気持ちの中で最も恐れている事態を無意識に避けるかのように、二、三度激しく頭を振って負の意識を懸命に振り払うと、島は胸ポケットから電子キーを取り出した。
焦って何度も指先から電子キーを落としそうになるのを必死に堪えて、鍵穴に差し込む。
いつもなら軽快な音のように感じるカチッというキーが符号する音も、今は硬い響きで耳の奥を突き刺す。
震える指先で掴んだドアノブをゆっくりと手前に引くと・・・沈黙だけが彼の帰りを待ち受けていた。

「・・・テレサ!」

靴を脱ぎ捨てて手当たり次第に部屋の中を歩き回りながら、テレサの姿を隈なく探す。
キッチン・・・バス・・・ベランダ・・・リビング・・・そして互いの寝室。

ドアを開くたびに押し寄せる焦燥感は、次第に島の神経を尖らせていく。

「テレサ!・・・テレサっ!」

かつてテレサを失ってしまったという二度と想いだしたくもない胸の痛みが、キリキリと神経をいたぶりはじめる。
心臓の周辺に一気に集約したような激痛は、テレサがいないというただそれだけの事実のみで引き起こる恐怖と不安がストレスとなって、自分自身の身を激しく痛めつけていると島は感じた。

常日頃時分自身が一番恐れている現実に真正面から向き合ったとき・・・
心がバラバラと砕け散っていくリアルな感覚は、水面下で必死に態勢を立て直そうとする意識を無残に蹴散らす。
表面的には幸せに保たれていた状況が、本当はとてつもなく脆くて儚い現状の上に成り立っていたのだと心底思い知らされて、ひっきりなしに込み上げてくる吐き気。
精神と意識をズタズタに引裂くような痛みは、普段は冷静な思考回路をも既に麻痺させていたのだった。

「テレサ・・・!」

テレサが何処かに行っているかもしれないという意識をすっ飛ばして、テレサが黙って何処かに行ってしまったかもしれないという、かなり飛躍した考えに埋め尽くされた気持ちは、最早正常な思考に修復する術さえ忘れて虚空を彷徨う。

「テレサ・・・」

放心状態で全身の力が抜け切ったまま、寝室のベッドにずるずるとしゃがみ込んだ島の背中に、落日が最後の輝きを落とした。

*****

部屋の中を蒼白く照らす月の光が微かに揺らぐ。
しゃがみ込んだままピクリとも動かない影は、息をすることすら半ば放棄しているように思えた。
虚ろな瞳で一点を見据えつつ、過ぎ行く時の流れに身を晒すだけの身体は、無防備過ぎるほどにやつれて項垂れたままだった。

「・・・島さん!帰っていらっしゃったんですね!」

しなやかに弾む声と共に、いきなりパッと点けられたライトが眩しくて一瞬視界を失う。
聞き慣れた声のはずなのに・・・何処か遠くで反響しているようで、意識が覚束ない。

「・・・テ・・・レサ?」

何時間かぶりに口に出した言葉は、渇ききった口の中で上手く紡げない。
しかし・・・それよりも先に、眩しい光の波を掻き分けて、徐々に姿を現しはじめた人影の姿を認めた途端、しゃがみ込んで動けないままだった身体が即座に反応した。

「テレサ・・・。テレサ・・・!」

その名を呼んだ瞬間から、みるみるうちに胸の内に湧き上がってきた感激の波。
無意識のうちに動いた身体はただ一つのものを求めて、ありったけの力で停滞していた状況を一気に打破する。

「島さん!」

確かな・・・確かな温もりを身体中で感じ取りつつ、耳元に届いた響きに全神経を集中させる。
テレサを抱き締めた瞬間、彼女が手にしていた紙袋が派手な音を立てて床に転げ落ちる。
予期していない出来事に、テレサの表情に困惑が広がる。
かつてこれほどまでに島からの熱い抱擁を全く受けたことがないテレサの鈍い反応は、当然というべきか。

「島さん・・・何故?」

抱かれるままのテレサは島の突然の抱擁に驚いて、島に事の成り行きを問い質そうとするが、それすらも拒否するほど、島はますますテレサを強く掻き抱いていく。

「・・・君が・・・君が僕に黙って何処かに行ってしまったと思ったから・・・」

切れ切れに訴える口調の端々には、先程まで張り詰めていた不安を遥かに凌ぐ強い安堵感が漂っていた。

「・・・いつか島さんが仰っていた、お気に入りの珈琲豆を買いに行っていたんです」
「・・・僕が一番好きな珈琲豆の品種を君はずっと忘れずに憶えていていたのかい?君に言ったかどうかでさえ、僕がすっかり忘れていることを。君は・・・僕の為に?ただそれだけの為に?」
「・・・はい。島さんがお仕事から戻られたら、すぐに飲んでいただこうと思って・・・だから・・・」

恥ずかしそうに俯いて話すテレサの頬に赤みが差した途端、次に続くはずの言葉は島の唇によって閉ざされた。
軽く一瞬だけ触れた唇はすぐに離れると、今度はかなり長い沈黙が二人を包んだ。

「僕・・・今までずっと我慢してたけれど、今回だけはどうやら我慢の臨界点を超えちゃったらしい」
「・・・?・・・島さん?」

島の言葉にまるで訳が分からないように聞き返すテレサを見つめ返しながら、島は彼女の身体を
再度強く抱き締めた。

「君は・・・君はいつだって僕を・・・」

・・・重なり合った影が、月の光に包まれた部屋の中で次第に崩れていく。
時を刻む音に紛れて、緩やかにシーツを手繰り寄せる音とベッドの軋む音が絶え間なく続く。
張り詰めた呼吸が徐々に緩んで、甘く艶やかな吐息に成り代わる頃には、白んできた東の空。
今まで堰き止めていた分、一気に放出した想いを互いの心と身体で埋め尽くすように・・・
優しく穏やかな時間はいつまでも・・・いつまでも続いた。

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