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桜散る春の日に 〜字書きの為の50音のお題〜

2005年3月23日 サイト初掲載作品

乱反射する金色の光の帯の隙間を縫うようにして、舞い散る薄紅の泪。
抱え込んだ想いを手放そうとするその瞬間に、勢いよく吹き抜けた風の中で、過ぎ行く時間の波はゆっくりと立ち止まる。

・・・桜散る春の日に・・・光・・・煌いて・・・

*****

「・・・今日は天気もいいことじゃし、気分転換に外でも少し散歩してきたらどうじゃね?」

隣に佇む看護師から手渡された分厚いカルテに、文字を走らせながら語り掛ける佐渡の口調は、いつになく穏やかな声をしていた。
朗々と部屋に響く佐渡の声に反応するように、少しずつ声を漏らし始めたテレサの華奢な両肩が僅かに震えだす。
軽く伏せた睫の先に落ちるカーテン越しの木漏れ日は、煌きの残照を残しつつ、蒼碧色の眸の奥に溶け込んでいった。

「・・・私が外に出ると・・・他の皆さんにご迷惑が掛かるのではないですか?」

自分が生きているという現実を、まだ受け容れられないでいるテレサの苦悩を言葉の端々から感じ取った佐渡は、あくまでさり気なく彼女の不安をフォローする姿勢を貫いた。
それは医師として自分に課せられた責任であると同時に、同じ一人の人間として悩み苦しんでいる者を見過ごすことなど出来ないという、彼なりの純粋な理念でもあり、また信念でもあった。

「今日は休日で、おまけに今の時間帯はタイミングよくお昼時だから病院内の庭を散歩する物好きな人間はおらんじゃろうて。食にかける意気込みが病気快復の一番のポイントであると、患者さんは骨身に染みて分かっておるから、お昼の時間帯はみな集中して食事を摂っておるよ。だからあんたはそんなに周囲のことを気にせんでもいいんじゃよ」

明るく説得する佐渡に感謝しながらも、自分がこの病院にいることで佐渡および病院の関係者に迷惑を掛けているのだという先入観が拭い切れないテレサの迷いは尽きぬ事はなかった。

「・・・でも・・・」

自分でも一体どうしたらいいかわからなくて戸惑うだけのテレサを、佐渡は迷うことなくばっさりと切り捨てた。

「あんたの悪い癖は周囲の事ばかりに気に掛けて、自分自身を全然大切にしていないことじゃ!自分以外の誰が自分を大切に出来ると言うんじゃ?!もっと自分の事を大切にしなくちゃいかんじゃろうて!あんたは充分今までの罪を償ってきたのだから、これからは自分が幸せになることをまず第一に考えなくちゃあかん!あんたが自分を大切にすることで、あんたの事を心から大切に想っている人間も一緒に幸せになれるって事を、もっと自覚せにゃあかんじゃろうて!」
「・・・え?」

勢いに任せてしゃべりまくった自分の最後の言葉を聞き終えた瞬間、テレサの顔に広がる疑問符に気付いて、佐渡は「しまったぁ〜!!!」という顔で慌てて口元を押さえつけながら必死に言い繕いを展開する。

「あわわわわ!!!!つ・・・つまりワシが言いたいことはじゃな、今は外に人が出払っていない、滅多にない絶好のチャンスであるから外を散歩してきた方がいいんじゃないか・・・っていう事に尽きるはな;;;」

何かを隠そうとして強引に結論に持ち込んだような佐渡の焦りに疑問を持ちながらも、テレサの心は
前向きに動こうとしていた。
端から見れば荒療治以外の何物でもない佐渡のストレートな物言いだが、佐渡が心底自分のことを心配してくれているのだという裏側の気持ちに気付いて、テレサは俯いていた顔を少し上げて微かに微笑んだ。

「佐渡先生、ありがとうございます。・・・私、少し外の空気に触れてきます」

部屋の中を春の風が静かに吹き抜けた。

*****

佐渡の言ったとおり、休日のお昼時とあって病院内の庭を散歩している者は自分以外の誰もいなかった。

降り注ぐ陽光は、眩しさの中に柔らかさを滲ませながら風のなかで踊る。
一歩ずつ踏み出すたびに地面から放出されていく温かい地熱の温もりが、頑なだった自分の心や身体を丸ごとその優しさで包み込んでくれるような気がして・・・テレサの気持ちが緩々と解けていく。

IMG_000143.jpg


春の光が溶け込んだ爽やかな風の調べは、足元を通り過ぎるたびに透明な音の響きを残していく。
「貴女が来るのを待ち望んでいた・・・」と。
庭の通路に並んで植え込まれている可憐なパンジーの花々は、葉先に光の滴を溜めながら静かに
話し掛ける。
「貴女が身を挺して地球を救ってくれたお陰で・・・私達はこうして生きていられる。ありがとう」

歩くたびに自分に次々と話しかけて来る草花や自然の真摯な気持ちに心動かされながらも、まだ自分自身の存在を肯定できないテレサの心が次第に悲鳴を上げる。
前向きに動き出した気持ちが・・・一気に反転して暗い闇の淵にずるずると引き摺り込まれそうになっていくのを止められない。


私は・・・私は罪もない多くの人々や生物の命を奪ってしまった人間なのです・・・
私は・・・貴方達から温かい言葉を受ける資格のない罪深い人間だから・・・
本当はこの世に存在してはいけない人間だって・・・私自身が一番よく知っているから・・・だから!


ゴーッという鈍い地響きにも似た音がしたと同時に一陣の突風が吹き荒れて、木々の枝や草花を激しく揺らした。
凄まじい勢いで吹き抜ける風にテレサが零した一滴の泪が滲んで・・・時の狭間に消えた。
声にならない嗚咽を漏らしながら、庭に一本だけ生えている桜の樹に倒れこむようにして身体を預けたテレサの身体の廻りに、薄紅色の桜の花弁が舞い飛ぶ。

ひらひらひらと舞い散る薄紅の化身。
照りつける光の加減で微妙な色の移ろいを滲ませながら優雅に舞い散る花弁。

華やかでありながらも・・・微かに漂う寂寥感。
優雅でありながらも・・・潔いその散り際。

テレサの胸の内を埋め尽くす哀しみに寄り添うように、途切れなく舞い落ちる花弁は光の女神が零した、もらい泣きにも似て。

風に身を任せて想うままに舞いながら、透明な空間に消せない色の余韻を残す花弁の影で・・・
ゆっくりと歩み寄る人影が流離い続ける哀しみの叫びを緩やかに堰き止めた。

「・・・あ・・・」

乱れ飛び、舞い散る桜の花弁の乱舞の中で静かに佇む影は、心からの慈しみに溢れた仕草でテレサの豊かな金髪に紛れ込んだ花弁を一枚ずつ丁寧に掬い取っていく。
少しだけ震える指先は、テレサの傷ついた心を温かく包み込むような想いを湛えて、ゆっくりと動く。

「・・・桜の花弁は・・・強い風が吹くから散ってしまうんじゃない。自分の命の次に繋がっていく大切な『葉』という生命(いのち)を信じ、託していけるから・・・きっと潔く散っていけるんだ。自分を大切にするってことは、自分自身だけではなくて・・・自分の事を心から大切に想っている誰かをも幸せにしてくれるってことを・・・君に分かって欲しい」
「・・・島さん・・・」

テレサの髪に貼り付いていた桜の花弁の最後の一枚を、そっと掬い取った島の口から零れた言葉は
、春風に乗って蒼い空の色を一際透明な色に塗り替えた。

「・・・また・・・逢えたね」

・・・桜散る春の日
・・・暫しの時を経て再び巡り合えた奇跡は・・・
・・・ふたりの心に穏やかな恋の灯りを灯し始める。

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