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狼狽した指先 〜字書きの為の50音のお題〜

2005年2月25日 サイト初掲載作品

沈黙したままの月が闇に滲む。
漆黒の闇と朧げな月の輪郭の境界は、互いを牽制しながら少しずつ相手の領域を侵食しつつ・・・
次第に溶け合っていく。

頑なな月の光と寛容な闇が触れ合って、融け落ちた・・・その瞬間に生れた『刹那の幻影』は、人の心に『永遠』という名の想いを刻み込む。

忘れられない瞬間を彩った、月と闇の競演に導かれながら・・・僕と君の距離がまた一歩近づいていく。

*****

蒼白い月の光の下で見る君の顔は、いつになく憂いを秘めた表情が宿っていた。
微妙な月の光の加減で、様々な陰影に彩られる君の神秘的な美しさに見惚れたまま・・・声を掛ける事すら出来なくて。
僅かに伏せた睫の先に溜まった月の光さえも弾き飛ばしてしまうほど、自らの内に言い知れぬ哀しみと拭い切れない罪の深さを湛えたままの彼女の姿は、言葉を一瞬失うほどに幽玄で幻想的だった。

触れてしまったら・・・瞬く間に目の前からその姿を消し去ってしまうような・・・
繊細で壊れやすい彼女の心と身体は、お互いを競い合うようにして彼女自身の透明さと儚さを際立たせていた。
潤みきった蒼碧色の眸は何かを言いたげな想いを内包しながらも、寸での所でその想いを押し留めているような必死さが溢れ出ていて、彼女の眸を見つめる度に己の胸の内が掻き毟られるようなもどかしい想いで切なくなる。

・・・数々の煩雑な手続きを経て、やっとの想いで辿り着いた退院の日なのに・・・
何も言い出せないまま、君を招き入れた部屋の中で・・・沈黙が二人の間に横たわる。

『退院出来て本当に良かった』・・・そんなありきたりの台詞ほど、面と向かって言うのが難しい。

『これからは僕に全て任せて欲しい』・・・そんな台詞を吐けば、彼女はきっと恐れおののいて逃げ出してしまうに違いない。

『一緒に暮らそう』・・・心では常にそう想っていても、彼女自身の心と身体が充分に落ち着くまでその台詞を言うのはまだ早すぎる。

数々の台詞が頭の中を通り過ぎていくが・・・どれもこれも決定打に欠ける言葉ばかりで上手い言葉が見つからない。
考え倦んだ言葉の欠片が堆く積まれた意識の片隅で捉えた君の顔に一瞬だけ交錯した月の光と闇の影。

儚くも美しく・・・切な過ぎるほどに清らかで・・・冴え冴えとしながらも、どこか温もりを湛えた・・・
月の光と闇の影の静かなる融合に後押しされて・・・いつしか宙を彷徨う指先。

今、この瞬間だけは何も考えないまま・・・
すぐ傍にある大切な・・・大切な存在を確かめたいと無意識に願う身体の欲求のみに支配された心は・・・意識の壁を擦り抜けていった。
心の奥底に眠っている『本当の気持ち』を目覚め始める予感を伴って。

狼狽した指先が辿り着いた先は・・・泪に濡れた君の右頬だった。
そっと指先を這わせて、君の温もりを確かめる。

確かに・・・君がここにいると・・・。
僕の手の届く範囲に・・・
君が間違いなく生きていると実感できる嬉しさ以上に・・・
この世に嬉しいことなどないはずだと・・・。


「し・・・まさ・・・ん」

震えたままの指先を包み込むように上から重ねられた君の右手。
ポタリと零れ落ちた大粒の泪が指先を伝って手首から腕へと伝わり落ちた瞬間に、脳裏を過ぎった鮮明な記憶の断片。
実際に体験を記憶していた訳でもないのに、彼女の言葉と一連の動作が以前自分に施されていたものであると身体が記憶していた。

彼女の自分に対する直向な想いが込められていたような、その懸命な行為の記憶の背景に何故か
テレザリアムの天井と輸血チューブの両方が紛れ込んでいた。

・・・あ・・・。

記憶の波を遡って辿り着いた、ある種のデジャブが君と僕の心と命を繋ぎ合わせたもの、そのものであると意識と身体の記憶が符合した瞬間、言い出したくて言い出せなかった言葉が時の彼方へと紡ぎだされた。

「・・・生きていてくれて・・・ありがとう。僕の傍にいてくれて・・・本当にありがとう。僕が君に心から言いたいことは・・・ただそれだけ・・・なんだ」

そのまま絶句して黙り込む僕の指先に添えられていた君の右手に僅かな力が加わる。
君からの無言の励ましは・・・何よりも愛しくて、何よりも貴い。
・・・そんな君だから僕は・・・。

月の光と闇の影が交錯する時間の中で・・・二人の心は一歩近づいていく。

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