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ある日の出来事

2003年7月14日 サイト初掲載作品

「むさ苦しいところかもしれないけれど・・・もしよかったらどうぞ」

傍らに立って話しかける島は幾分照れた様子で頭に手をやりながら、そっと俯いていた。
部屋に入るかどうかは自分の意思に一任されていると分かって、一瞬躊躇ったあと手を伸ばして静かにドアノブを廻す。

カチャッという音と共に目の前に広がった世界は・・・
自分の存在を丸ごと暖かく迎え入れてくれるような、優しい落ち着いた雰囲気を漂わせながら・・・ごく自然に自分を招き入れてくれた。
ずっと自分の来訪を待ち兼ねていてくれたような部屋の佇まいに、何故か次第に癒されていく気持。

「ここで・・・島さんは育っていらしたのですね」

目に映る全てのものが、今自分の傍に立っている島の存在を築き上げてきたものだと分かって、胸に湧き上がってくる慈しみにも似た想い。
島の優しい気持そのものを体現しているような部屋に足を踏み入れた瞬間から、テレサはこの部屋が自分自身の存在をふんわりと包み込んでくれるような感覚を肌で感じていた。

「訓練学校時代は寮暮らしをしていたから、その期間だけは部屋を空けていたけれど・・・ずっとこの部屋で過ごしていたんだ」

窓辺に近づいた島はそっと腕を伸ばし、静かに窓を開いた。
途端に海からの風が部屋の中に入り込んで、微かに潮の香りを撒き散らし始める。
落日の最後の輝きがキラキラと反射しながら差し込む部屋の中で、静かに立ち尽くす二人の影が緩やかに揺らめき始める。

*******

いつもとは違う様子で島が話しかけてきたのは、つい先日に遡る。
テレサが一時身を置いている惑星難民受入居住施設近くのカフェテリアで、顔を合わせるのが彼らのささやかな日課となっていた。
激務の中でテレサと逢うひとときだけが、今の自分にとって何よりの幸せであり、生きがいであると言っても過言でないほどに、島は出来る限り時間を見つけてはテレサとの逢瀬に貴重な時間を費やした。
逢瀬とは言っても、決して世間から後ろ指を指されるような類の秘め事ではなく・・・
お互いが過ごした今日一日の出来事などをコーヒーを飲みながら談笑するという、誰の目から見ても至って健全で純粋な交際であり、『島らしいよな・・・』と防衛軍本部内に於いて半ば語り草になるほどの、真面目なお付き合いであることは一目瞭然な訳で・・・。

「お前さぁ・・・テレサとは付き合っているんだよな?」

と冗談めかして尋ねた某艦長代理の親友に対し、

「当たり前のこと訊くなよ!毎日彼女と逢って色々な話をしているぞ」

と至極当然のように真顔で即答されて、その場に居合わせた者が全員卒倒しかけたという今や伝説となりつつある話も、島だったら大いにありえる話なわけで・・・。

「・・・島、お前さぁ・・・テレサとは一体どうしたいわけ?このままの状態でいいわけないだろ?」

自分達のことはさておき、こと他人の恋愛感情には敏感らしい親友が酒の力を借りて放った台詞に対し、

「自分でもどうしたらいいか分からないんだよ。・・・俺がこのまま彼女の傍にいていいものなのかどうなのか・・・正直迷ってる。俺が傍に居ることで・・・彼女に迷惑が掛かっているのかもしれないし・・・」

伏目がちにぼそぼそと呟く親友の首根っこを掴まえて、『テレサのこと、お前以外の一体誰が幸せに出来るんだよ?!テレサはお前を愛しているのが分からないのかよ?』と言いたいのを思わずぐっと堪えたのは・・・・

島がテレサを本当に大切に想いすぎて・・・手も足も出ない状態に陥っていると感じたから。
テレサを心から大切に想い・・・愛している島の気持が、自分の中にもかつて存在していた感情だから。

「島・・・お前の本当の気持をぶつけてみろよ。テレサはきっと・・・お前の気持ちに応えてくれるはずだ」

普段だったら冗談めかして話す親友の真面目な台詞に、はっきりとした真実が込められていると分かった瞬間、身体を駆け巡った衝撃。
弱腰だった自分の態度に見切りをつけるように促した親友の吐露は、島の心にある決意を固めさせた。


「・・・テレサ・・・その・・・今度、僕の家へ来てくれないか?」


コーヒーを飲んでいたテレサの指先が、ピクッと一瞬だけ震える。
初めての島からの誘いに何か隠された意図が見え隠れしているように思えて、テレサはしばし口を噤んだ。
沈黙した時間が続いた後で・・・覚悟を決めたようにテレサは軽く瞼を伏せながら消え入りそうな声で答えた。

「島さんがそう仰るなら・・・お邪魔させていただきます」

テレサの答えに、島は微笑みながら一度だけ頷き返すのだった。

*********

あの日から丁度一週間後、出迎えた島と共に一緒に彼の自宅へと向かったテレサは、ごく自然に島家の雰囲気に溶け込んだ。
初めて挨拶を交わす島の母親とは、まるで既知の間柄のように思えた。
利発そうな島の弟の次郎は、最初こそは照れていたが、時間が過ぎると共に打ち解けすぐに仲良くなれた。
そんな中、島の「僕の部屋を案内するよ」との言葉に、解れていた体が一瞬にして引き締まる思いがした。
案内されるままに足を踏み入れた部屋の中で・・・テレサは今まで自分が知らなかった島の一面を見たような気がして、何ともいえない柔らかい気持が身体の中から湧き上がってくるのを感じていた。
かすかに火照った頬に当たる海風が心地よい。

「大介兄ちゃんはね、『結婚すると決めた女性(ひと)しか自分の部屋に入れないぞ!』ってず〜っと昔から家族内で公言していたんだよ♪」

沈黙した時間を一気に崩す無邪気な声が、部屋に響き渡る。

「じっ、次郎!お、おまえッッ、何てこと言うんだ!オトナをからかうのもいい加減にしろっ!」

ドアからこちらの様子を覗き込むようにして喋る弟目掛けて、真っ赤になって慌てまくった島が挑みかかる。
そんな島の様子を事前に察知してか、次郎はテレサの背後に隠れ込むと兄に聞こえるような声で彼女に耳打ちした。

「テレサさん、今言ったこと本当だよ♪この部屋に入った女の人は正真正銘テレサさんが初めてだから安心してね!僕、二人の結婚式すごく、すっご〜く楽しみにしてるからね♪あっ、言い忘れたけど今から僕、母さんと一緒に父さんを迎えに行って来るんだ。だから大介兄ちゃん、テレサさんのこときちんとおもてなししていてね!頼んだよっ」

言い終えると、茶目っ気たっぷりの笑顔を残して次郎は去っていった。
・・・部屋の中には固まったまま動けない二人の影が、長く伸びるだけだった・・・

思いもよらない次郎の発言によって不意に訪れた沈黙の時間に終止符を打ったのは、意外にも落ち着いた声の島の言葉だった。

「・・・本当だから・・・」

自分に対して背を向け、一心に窓の外を見詰めている島から放たれた声は、海風に乗ってテレサにそっと届く。

「・・・さっき次郎が言った言葉は・・・本当のことだから」
「・・・えっ?」

徐々にざわついてくる気持がテレサの身体を覆い始める。

「今日こうして・・・君を部屋に誘ったのは、僕の本当の気持を君に伝えたかったからなんだ」
「・・・島さん!」
「テレサ・・・僕と一緒に・・・この先の人生を歩んで欲しい」
「・・・!」

振り返って自分に向き直った島から本能的に逃げ出そうとしたのは、あの時と同じだった。
本当は何よりも嬉しいはずなのに・・・心とは裏腹な態度を取ってしまうのは、自分の中の消せない罪の意識が、そうさせているのかもしれなかった。

・・・島に背を向けて逃げ出したはずの身体は・・・すぐに背後から優しく抱きすくめられ・・・耳元に届いた言葉によって・・・一切の動きを封じ込められた。

「あの時と同じ後悔は繰り返したくない!だから・・・だからもう二度と・・・この腕の中から君を離さない!」

フラッシュバックしていく、あの時の記憶が二人の心に影を落とす。
島の切ない叫びに秘められた想いが、テレサの心を激しく揺るがす。

床下に落ちた影法師が長く濃いシルエットに移り変わっていき・・・背中に感じる島の胸の鼓動が・・・いつしか自分のそれとまるで同調するかのように、同じリズムで波打ち始める。
背後から廻され、胸の手前で交差している島の腕が徐々に己の身体を・・・そして心をも優しく拘束していくのを・・・テレサは戸惑いながらも、受け容れつつある自分が分かっていた。

抵抗すれば抵抗する分だけ、島から離れられなくなっている自分に気が付いていたから・・・

理屈で押さえ込もうとした感情の壁は、最早崩れ落ちるのを待つだけだった。
それでも自分の望みを押し殺して「島と一緒になれば彼に迷惑が掛かる」という最後の砦を心の中に無理に築き上げようとした瞬間に、テレサの眸に・・・映ったものがあった。
それを見た途端に身体から一切の力が抜け落ち、透明な雫がポタポタと瞬く間に頬を零れ落ちていった。

茜色の光を浴びて輝くコサージュが止まった時間の中で煌く。
・・・それは島と自分がテレザリアムで出会ったときに彼が胸につけていたコサージュだった。

島のデスクの上で透明なガラスケースに入れられ、大事に保管されているコサージュは、初めて出逢った時から島が自分のことを大切に・・・大切に思い遣ってくれている、何よりの確かな証に違いなかった。
逃げ回っていた気持にピリオドを打つ、その瞬間が来たのだと・・・テレサは確信した。

抱き締めているテレサの身体から力が抜け落ちつつあるのを感じて、島は一瞬だけ強く彼女を抱き締めると、そっと彼女の身体を自分の方へと向き直させた。
テレサの両肩に置いた手に僅かに力が込められる。

「もう一度僕にチャンスを与えて欲しい。・・・僕と一緒に、この先もずっと・・・」
「・・・はい」

俯いていた顔をそっと上げると、真っ赤に染まる落日の輝きの中で穏やかに微笑む島の顔が目前にあった。
一際強く煌く夕日と島の柔らかい笑顔が重なったその瞬間に・・・永遠を誓う愛がそっと唇に刻み込まれた。

静かに暮れてゆく夕日の残照に照らし出される部屋の中で、真実の愛を誓い合う二人の姿を静かに見届けたガラス箱の中のコサージュは、眩い光を撒き散らしながら夢のひとときを紡ぎ続けるのだった。

追記:ヤマト2のエピソードの中では、かなり不評だったコサージュを本文中に登場させてしまいました。島さんファンの方、すみません;;;

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