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ココア

2004年11月12日サイト初掲載作品

昨夜から降り続く雨は時折雨脚を弱めながらも一向に止む気配を見せず、重苦しい雲を伴って冬の訪れを予感させる。

静かでいながらもどこか威圧感漂う雨音は秋の終わりを示すかのように、落ち葉の呻きを掻き消す。
びっしりと空を蔽い尽す鉛色の雲は光が差し込む隙を一切与えず、天と地の境を真一文字に遮断して居座り続ける。

口から零れ落ちる丸みを帯びた吐息は窓ガラスに白い靄の膜を作りつつ、時の狭間に消えていく。
湿り気を帯びた靄の中には、消せない過去と先の見えない未来と独り善がりの寂しさが、同居しているように思えてならない。

いっそこの靄のように、この世に存在している自分を跡形もなく消し去ってしまえるのであれば・・・そうしたかった。

生きている・・・
それだけで罪となる存在の自分を消し去る勇気も、開き直って一からやり直す度胸も持たぬまま、ただ流されるだけの毎日の中で、自らの存在意義すらも遠く霞んでいくように思えて。

「・・・ココア、淹れてみたんだ。もし良かったら一緒に飲まないか?」

突然背後から届いた声が、崩れていく意識を繋ぎとめた。
振り返るとそこには、いつも変わらぬ笑顔の貴方がいた。
大き目のマグカップから湧き上がる湯気の向こう側で、そっと私に笑いかける貴方の微笑は、頑なな私の心を瞬く間に溶解させるほどの優しさを携えていて。
ついその笑顔に甘えたくなってしまう私を踏みとどませるのは、尽きぬことのない罪悪感と貴方への申し訳なさと。
強張った表情のまま押し黙っている私に、貴方は丁寧な仕草でマグカップを差し出す。

「飲むと身体が暖まるよ。味の保障は出来ないけど」

目の前に差し出されたカップを受け取るか、受け取るまいか考えあぐねている私のことを見透かしているように、貴方は表情を変えぬまま言葉を漏らす。

「悩むのは・・・自分が弱い人間だと分かっているからだと僕は思うんだ。自分や他人のことをどうでもいいと思っている人間は、初めから悩んだりしない」

貴方の眸が私を捉える。
その奥に潜んだ静かな情熱の炎が、僅かに揺らめきだす。

「悩んで悩んで悩み続けても・・・答えが見つけ出せない時もある。答えが見つけ出せなくても・・・今こうして生きているという現実、それこそが、悩みに対する答えだと僕は思う」
「!」
「『生きる』という事から逃げてしまっては駄目だ。『生きる』という、ただそれだけが・・・この世に生を授かった僕たちの存在意義だと思うから」

貴方の眸は強い輝きを放ちながら、私を見つめ続ける。
厳しさの中に温かさを滲ませた言葉の雫は降り続く雨に同化するように、私の心にも雨を降らせる。

静まり返った部屋の中を通り過ぎていく時間とマグカップから沸き立つ湯気。
グルグルと渦を巻くようにして行き先を見失った心が出口を求めて、今旅立とうとする。
貴方から届けられた思い遣りに満ちた心を受け止めつつ、最初の一歩を踏み出そうとする私。

「・・・ココア、いただきます」

恐る恐る差し出した両手に貴方の手からそっと手渡されたマグカップの温かさは、張り詰めた心と身体を緩々と解きほぐしていく。
その温かさに触れて思わず零れ落ちた泪が、琥珀色の波間に沈んでいった。
そっと口をつけて流し込んだココアの温かさと甘さは、
冷え切った体の内側を・・・
ささくれだった心の棘を・・・
穏やかに宥めていく。

「・・・温かくて・・・美味しいです」

眸に泪を溜めたまま、俯いて涙声で話す私。

「ココアは・・・自分が心から大切にしたいと想う人だけに、ずっと淹れ続けてあげたい飲み物だと僕は決めてるから」

ハッとして顔を上げた私の眸に映ったものは、顔面を真っ赤に染めて照れまくりながら話し掛ける貴方の姿と、貴方の大きい手に大切に抱え込まれた私とペアのマグカップ。

そっと微笑を交し合う貴方と私を見届けながら、ココアの甘い香りは部屋の中を温かい想いで満たしていく。

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