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プリムラ 〜続編1〜

2004年5月31日 サイト初掲載作品
(プリムラの続編となります)

「・・・よしっ!もうこれで大丈夫じゃわい。・・・よく頑張ったのぉ」

包帯越しに触った感触から、傷が完治したと診断を下した佐渡の快活な声が診察室に響き渡る。
その言葉を受け止めながら・・・テレサは、嬉しさと不安が入り混じった微妙な気持ちに包まれている自分に気がついていた。
長かった治療からようやく解放されて・・・やっと自由に右手が使えるとの嬉しさの反面、治療が終わったという事実は、今、自分の身を案じて部屋に泊まりこみながらずっと面倒を看てくれた島が一旦離れてしまうような・・・そんな気がして思い悩んでいる自分がいるのも本当で。
自分のせいで島に迷惑を掛けているとは十分承知しながらも、島が傍にいてくれるという、その幸せに埋没し掛けている自分を分かっているから・・・
佐渡から下された診断をどう受け止めていいか分からない自分が此処にいて。
揺れ動く気持ちの狭間で、ただ戸惑っているだけの自分は、この現実から逃げ出そうとしているのかもしれない・・・と、後ろ向きな気持ちが心の中で勢力を増してきて。
佐渡に御礼を述べようという意識の向こう側で、葛藤している自分の口から放たれた言葉は頑なな自分の心に違いなかった。

「・・・包帯は此処で解いて下さらないんですか?」

僅かに眉を顰めて、どことなく翳った表情のテレサを見ながら・・・佐渡は彼女を勇気付けるように穏やかな口調で諭した。
親と離れ離れになってしまって不安に駆られている迷子を、優しく慰めるかのように。

「包帯を解くのはワシではなく・・・あいつの出番じゃろうて。なぁテレサさん!」

片目を瞑りながら茶目っ気たっぷりに言い放つ佐渡の台詞を聴きながら、テレサの全身が真っ赤に染め上がる。
不意打ちに近い言葉を掛けられて、葛藤していた感情が思考停止状態に陥る。
自分が放った言葉で混乱を極めているテレサの表情を伺い見ながら「まだまだふたりは純情過ぎるほどの、真面目で一途なお付き合いなんじゃの〜」と妙に納得してしまう佐渡であった。

「色々と・・・ありがとうございました。お世話になりました・・・」

語尾が微かに震えているのを聴きながら、まだテレサが動揺から脱し切れていないと判断した佐渡は、深く一礼して自分の元を辞そうとした彼女にエールを送った。

「あんたは自分の存在が島に迷惑を掛けているはずだと思い込んでいるらしいが・・・島は・・・あいつはそんなことこれっぽっちも考えておらんよ。寧ろあんたが自分の傍にいてくれて・・・自分が怪我したあんたの面倒を看られる・・・ってことを、何よりも嬉しく想っておるはずじゃ。あんたは知らんだろうが・・・あんたが島とともに瀕死の状態で病院へ担ぎ込まれたとき、あんたよりも少しだけ早く快復できた島が・・・どんなにあんたのことを心配しておったか・・・ワシはその状況をよく知っておるのでね。島という男が・・・あんたの事を心底から愛しているのだと・・・ワシだけでなく、島と関わりあっている者は全員分かっておるから」
「・・・!」
「あいつがあんなに張り切って毎日を過ごせるようになったのも・・・すべてみなあんたのおかげじゃよ。ヤマト乗組員を代表して・・・ワシから一言御礼を述べさせて欲しいんじゃ。・・・ありがとう」

逆にテレサに向かって深々とお辞儀を返した佐渡の態度に、テレサは驚きを隠せなかった。

いえ・・・感謝しなければならないのは・・・私の方なんです!
私が・・・帰るところを失った私が・・・
ここに今、生きている現実にどれだけ救われたことでしょう・・・
私は生きていてはいけない人間だったのですから・・・
私は星を・・・罪のない人々を死なせてしまった人間ですから・・・

何かを言いかけて口を噤んだまま立ち尽くしているだけのテレサの心情を思い遣って・・・
最後に佐渡は一言だけテレサに向けて零した。

「島とあんたが・・・晴れて一緒に暮らし始めたという吉報が一日も早く届くことを・・・ワシャ心から待ち望んでおりますぞ!」

*****

いつもと同じ時間帯に規則正しいリズムで響く足音が、徐々に近づいてくる。
訳もなく嬉しくなってしまう気持ちに歯止めを掛けようとしても、すでに一度知ってしまった、島が自分の元に帰って来るという嬉しさは・・・何物にも代えがたくて。
・・・しかしそのドキドキするような嬉しさも、怪我が完治したという事実を島が知った途端に終止符を打たれそうな・・・そんな予感がして。
テレサの心は千千に乱れる。

逢いたい・・・
でも逢いたくない・・・

そんな葛藤を心で繰り広げている最中にも、島の帰宅は普段と変わらぬままで。

「ただいま!」

弾むような声が聞こえた瞬間に、嬉しさを胸に秘めて無我夢中で玄関先に小走りに走っていく自分の行動は既に無意識のうちで。
・・・もう自分の心の中から島の存在を遠ざけることなど、有り得ないことだから・・・。

*****

「・・・じゃあ、解くね」

自分の意思を確かめるかのように尋ねた島の瞳を一瞬だけ見つめ返しながら、微かに頷くテレサ。
テレサの意思を確認すると、島は優しくテレサの右手を両手で抱え込むと丁寧な手付きで包帯をゆっくりと解き始めた。


シュル・・・シュル・・・シュル・・・


時間の波を掻い潜るようにして解かれていく包帯には・・・島があのプリムラの鉢植えを託してくれたときからのふたりの様々の想いが、溶け込んでいるような気がしてテレサはそっと瞳を閉じた。

突然訪れた島が携えていたプリムラの鉢植え。
二週間の不在を聞かされた瞬間の驚きと哀しみ。
プリムラの鉢植えを自分に託してくれた島の深く厚い信頼。
二週間後に再会した時に島の為に花を咲かようと決意した、無言の約束。
育っていくプリムラとともに生まれ変わろうとしている自分。
突然の事態に見舞われ、思い掛けなく傷を負ったあのとき。
・・・そして予期していなかった再会と初めてお互いの気持ちを確認しあった夜。
その翌日にまるでふたりの願いが通じたかのように可憐に咲いたプリムラの花・・・。


「解き・・・終わったよ」


久しぶりに直に肌に触れる空気はどことなく遠慮してるようで。
ひんやりとした中にもどこか潤みを含んだような空気に・・・なぜか分からないけれど癒されていくような気がして。

「・・・右手、元通りに・・・動く?」

閉じたままだった眸をゆっくりと開いた途端に、心底心配しているような表情でじっと自分を見詰めている島の眸は今にも泣き出しそうで。
・・・そんな島の眸の中に映り込んでいる自分の姿は、どことなく思い詰めたように切羽詰まった表情をしていて。
島の心配そうな想いと島の眸に映り込んでいる自分の姿を打ち消すかのように、ゆっくりと力を込めた右手は・・・僅かな鈍い動きを残しながらも以前と同じ様に動いていた。

「・・・大丈夫です」

島に対して微笑みかけながら話しているのに、その実、心の中ではこれで島が自分から離れていってしまいそうな予感に覆われている自分を隠せなくて。
ひたひたと忍び寄ってくる空虚な想いに満たされつつある自分を認めまいと、必死にもがくたびに、落ち込んでいく心の隙間はすでに修復不可能になりそうで。
逡巡していく気持ちは最早抑えようがなく。
何か一言でも言葉を発したらボロボロに崩れ落ちそうになる自分を分かっていたから・・・溢れだしそうになる涙を瀬戸際で止めているだけで精一杯の自分に、島からの言葉が響いた。

「・・・これからは僕の家で・・・一緒に・・・暮らそう」
「・・・!」

驚きで見開いた眸から思わずポロポロと零れ落ちた涙は当初自分が予想していた哀しみに暮れて流すものではなくて、島からの告白という思い掛けない嬉しさによって流したものだということに、実は自分自身が一番驚いていて。
それでもまだ、島の告白に素直に従うことなど出来ない自分は確かに存在していて。

嬉しさよりも島に迷惑が掛けてはいけないという、逃れられない自分の運命と数々の罪悪感を身をもって知っているが故に、敢えて自分の本心とは反対の事を言うことに・・・既に慣れきってしまっていて。

「・・・もう貴方には十分過ぎるくらいに面倒をみていただきました。貴方にこれ以上ご迷惑をお掛けすることは出来ません。・・・どうか思い直してください」

黙ったまま自分を見詰め続けている島のひたむきな視線に耐え切れず、僅かに視線を逸らしたまま逃げようとしているのは、かつてのあのテレザリアムと同じ状況であることに間違いはなく。
・・・ただ前回のあの状況と違っているのは、島がかつてその苦い想いを二度と繰り返したくない、テレサを二度と失いたくない・・・という極めて強い想いに支えられているとは・・・テレサも知る由もなく。

「僕の申し出に対して、君がそう答えるだろう・・・って分かっていたよ。ずっと君を・・・君だけを見てきたから・・・君の苦しみも悲しみも・・・そして僕に迷惑が掛かるかもしれないと考えて・・・君が敢えて自分の本心を隠そうとするのも全部分かってる」
「・・・島さん!」
「・・・僕の前では自分の心を無理に抑えようとしなくてもいいんだよ」
「だけど私は・・・!」

悲痛な想いを滲ませた言葉が空中に撒き散らされようとしたその瞬間、島からの穏やかな言葉がテレサの動きを止めた。

「生きていく上で・・・『幸せになりたい』っていう気持ちを無理矢理抑えこもうとすることほど・・・哀しいことはないって僕は想う」
「・・・島さん!」
「生きていくことは辛いかもしれない。この上なく苦しいことかもしれない・・・だけど、ささやかだけど『幸せを見つけたい』って想う気持ちが・・・自分を支えてくれると思うんだ」
「・・・!」
「『幸せになりたい』っていう気持ちを放棄してしまったら、生きていけなくなってしまうから・・・」

心が・・・痛い。

わざと眼を瞑って向き合おうとしなかった真実を島の口から突きつけられた衝撃に言葉が出ない。
自分は幸せになる資格がないのだと・・・
自分は幸せになってはいけないのだと・・・

無理矢理押さえ込んでいた心が・・・島の優しさによって今、解き放たれていくのを止められない。

・・・幸せになってもいいんですか・・・?
・・・私が貴方と一緒に暮らすことで・・・貴方の幸せを見失わせてしまいませんか?
・・・私の存在が・・・貴方の幸せになりたいって想う気持ちを・・・潰してしまうのではありませんか?

思い浮かぶばかりの数々の言い訳は喉元まで出掛かっているのに、零れだすきっかけを逸していた。

「『幸せになりたい』って思う気持ちに気付き始めた瞬間から・・・『本当の幸せ』は始まっているのかもしれないね」

複雑な表情を称えたまま微動だにしないテレサの身体が小刻みに震えだす。
堪えきれない想いが体中に溢れ出しているのに、一言も言い出せずにただただじっと我慢しているテレサに・・・島の言葉が届いた。

「一人では探しづらい幸せも、君となら・・・いつまでも君と一緒なら探せると思う。・・・僕の『幸せになりたい』っていう気持ちを・・・これから先ずっと君ひとりだけに叶えて欲しいから」

これ以上ないほどの島の自分に対する想いに触れて・・・固かったテレサの表情がゆっくり静かに解けていく。
さっきまで右手に巻かれていた包帯が、島の手によって解かれていったように。

・・・もうこれ以上、自分に嘘はつけない。
私は・・・私は島さんと幸せになりたい・・・!

俯いたままだった顔を上げて、島に語り掛けるテレサの顔にはかつて見たことがないほどに美しく清らかな笑顔に彩られていた。

「島さんの御宅に・・・このプリムラの鉢植えも一緒に置かせてくださいね」

テレサの腕に大切に抱え込まれたプリムラの鉢植えは二人の優しい想いに包まれながら・・・
幸せそうに咲き綻ぶのだった。

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