薄い青から段々とオレンジの色味が水平線を溶かしていく夏の夕暮れ
ポッカリと浮かぶ綿菓子のような雲を、ペールピンクから薄墨色へと円やかに塗り替えていく残照の煌めき
少し寂しげな薄紫と、はにかむような初々しさを秘めた薄いピンクと、落ち着いた色味を見せる橙が巡り合い交じり合う空の果て
刻一刻と移り行く彩り豊かな空の色を眸に映し込んで、君は過行く風に包まれながら時の狭間に身を預けていた
「君に気に入ってもらえたのなら嬉しいけれど…」
漏れ出た言葉が穏やかな小波の調べに包み込まれていく
人気が殆ど見られない、まるで隠れ家のような小さな湾の入り江
少し突き出た岩場にそっと腰を下ろして、吹き抜ける風の思うままにその美しい髪を委ねている君の横顔が微かな憂いに満ちているように見えるのは気のせいだろうか
軽やかな音を立てて跳ね上がる波が落日の輝きを受けて黄金色の蝶の形を象る
次々と現れる夢幻の蝶は君の周りを軽やかに舞いながらひとときの夢を静かに紡ぎ始める
「…私のために…?お忙しい合間を縫って、私のためにこの場所を見つけてくださったのですか?」
傍らに立つ僕に向け問い掛ける君の声に小さな動揺が走る
僕をそっと見上げる君の眸を過ったのは、いつもと変わらぬ奥床しい心の欠片
この世のものとは思えない程に透き通って美しい白磁の肌を、天から零れ落ちる金色の光の波が麗しく染め上げる
「明後日から君としばらく会えなくなるから…その前にどうしても君をここへ連れてきたかったんだ」
どうにも避け切れない長期勤務が迫る中、君としばらく逢えないと焦る気持ちが僕を激しく急き立て、同時に駆り立てた
どうしようもない焦燥感に追い込まれながら、せめて君とのひとときを大切にしたいと切望する気持ちが辿り着いた先が…今こうして二人きりで佇んでいる密やかな場所だった
穏やかな波の音と緩やかな風の流れが交錯する
時間の谷間にふと取り残されるような感覚を、今はただひたすら嬉しいと願う僕がいて
そんな僕の想いを知ってか知らずか、君はゆっくりと瞼を閉じて小さく口元を綻ばせた
「島さんの優しいお心遣い、本当に嬉しいです…私、この場所がとても好きです」
君の美しい声音が吹き抜ける風に同調して僕に届く
閉じられていた瞼が再び開き、透明な膜を張ったような潤んだ眸が一心に僕を見つめ続ける
心の奥底に秘めていた想いを静かに解き放ちながら、ゆっくりと微笑みかける君の顔が優しさに彩られる
「テレサ…」
岩場に腰を下ろしたままだった彼女が徐に立ち上がり、傍らに立つ僕の前にそっと進み出る
その優雅で華麗な仕草に目を奪われていると、彼女は恥ずかしそうに掌を僕の前に差し出した
「実は先程ここに向かって歩いてくる途中で…見つけたんです」
彼女の掌に載っていたのは、眩い落日の光に照らし出されて輝きを放つ漆黒の小さな石
ふと見過ごしてしまうような、一見普通の石に見えるが……
「この石、私には島さんのように思えるんです…深く重厚な漆黒の色が島さんの優しく強い眸と想いを宿しているような気がして…」
その瞬間、身体中を迸る電流が一気に駆け抜けた
頭の中で閃光が閃き、喉元で声に出せない呻きが停滞する
一瞬にして固まった身体を認識するのに時間が掛かる
驚いて硬直する身体に追いつかない意識の流れが僕の中でグルグルと駆け巡る
「島さん!どうかなさったのですか?…もしかして私のせいで…」
僕の尋常ならない様子を見て、一気に顔面から血の気が引いた彼女の顔が歪む
美しい眉根を寄せながら懸命に僕の身を案じている必死の形相の彼女を見て、一瞬にして我に返る
「違うっ!違うんだ、テレサッ!」
彼女の哀しい表情が僕の胸の中を深く抉り出す
絶対に彼女を悲しませてはいけないと生涯固く誓った決意を揺るがす事態に直面し、意識を経由しないありのままの感情が言葉から漏れ出る
「テレサ、今僕が混乱しているのは君のせいじゃないんだ…実は…」
言いながら震えが止まらない指先でシャツの胸ポケットに仕舞い込んでいたハンカチをそっと取り出す
まだ顔面蒼白のまま小刻みに身体を震わせ続ける痛々しい風情の彼女の目前に、ハンカチを広げた
「君を連れてくる直前、下見に来た時にここでこれを見つけたんだ」
広げたハンカチの中で、一つの石がその存在を示していた
それは…
「この石を見つけた時、まっさきに君を思い出したんだ。深く澄んで…神秘的な色を称えた君の眸の色そのままで。美しく穢れのない清廉な石の輝きが君と似てる。まるで僕に見つけてくれと訴えているかのように僕の目に映ったんだ…」
「島さん…私…」
さっきまで悲壮な影を落としていた彼女の顔に薔薇色の輝きが戻り、潤み切った眸が僕だけを見つめていた
何か言葉を発したら涙が零れ落ちそうな彼女の掌から漆黒の石をそっと掬い取り、ハンカチの上の蒼緑の色を宿した石を二つ並べて一緒に包みながら、僕は再度彼女の掌にハンカチを静かに託した
「離れていても…心はいつもいつでも一緒だ。…僕は必ず君の元に還ってくる!」
言い終えないうちにテレサの両眼からポロポロと美しい雫が零れ落ちていく
流れ落ちる涙の中に落日の鮮やかな輝きが色を落とし、金色の光の筋となって足元を濡らしていく
僕から託されたハンカチを胸元でしっかりと握り締め、声にならない想いを必死に押しとどめているような健気な彼女の姿に愛しさが募っていく
「僕の帰りを待っていてくれるね…?」
「待っています…いつまでも…!」
泣き笑いの表情を僕に向けながら凛とした声で返す彼女の言葉の端が優しい海風に紛れていく
涙色に濡れた夏の名残が、僕達の背中をそっと押して静かに通り過ぎて行った
*****
あとがきもどき
まだまだ暑い夏が続いていますが、少しずつ秋の気配が漂ってきましたね
夜になると虫たちが、心地よいハーモニーを響き渡らせています
相も変わらず気持ちだけが先走ったお話です
思い浮かんだシチュエーションを何も考えず脳内でダイレクトに言語化してUPしているだけなので(人はそれを自己満足という。というか、昔から自分はお話を書くというよりも脳内のイメージをただ文章化しているだけだと思ってます。イラストが描けないので、思い描いたイメージボードを文章化してると感じていただけたら分かりやすいかも)、お話を読んでいただいてうっすらと情景を思い浮かべていただけたのなら幸いです
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