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打ち上げ花火

2005年8月5日 サイト初掲載作品

「・・・まだ間に合います。私は大丈夫ですから、皆さんと合流なさった方がよろしいのでは・・・」

いつもよりも早口で俺に訴えかける君の言葉が、夜風にコロコロと流されていく。
上目遣いに俺を見上げる癖はいつもと変わらないけれど、僅かに熱の篭った口調で喋る彼女の眸には、かつてないほどに直向な想いに彩られていた。

彼女が彼女自身のことを俺に話すとき(滅多にないことだが)は、抑えのきいた控えめな声で静かに話すのだが、俺のことについて話すとき(疲れているように見受けられるとか、体調が悪そうだとか・・・つまりは、俺が無理や無茶をしているようだと彼女が感じたとき)はかなり切迫した様子の話し方をすると、気付いたのはつい最近のことだった。

心が純粋で清らかな分だけ、彼女は人の心の痛みに対して敏感過ぎるほどに著しく反応した。
それも自分自身はどれだけ傷ついても構わないでいるのに、俺や俺の親しい人間達が傷つくことを、極端に恐れているように見受けられた。
罪悪感を持ち続けている人間にある程度共通した意識なのかもしれないが、彼女は俺が自分のミスで怪我をしたり、トラブルに巻き込まれたり、病気になったりすると、その要因は全て自分が悪い所為だと思い込む傾向が顕著だった。


『私が傍にいるから、島さんに迷惑を掛けてしまう』
『島さんは私と一緒に暮らしているから、大切な家族や友人とも逢う機会が減ってしまった』
『私がいなければ、島さんはもっと羽を伸ばして自由に楽しく生きられるはず・・・』


おおよその見当はついていたのだが、まさかこれほどまで深く彼女が自分自身を痛め続けてきていた現実に思い掛けなく行き当たって、俺の心は凍りついた。

彼女の脆くて繊細な心は、これ以上ないほどにひび割れ続けてきたのに・・・
まだ尽きぬ事のない罪悪感に心を痛めつけられてきたまま、元通りに修復する術を全て放棄しているように思えた。

そして彼女の為にと良かれと想って為してきた行為が・・・実は全て自分自身の自己満足を満たすだけの行為だったのだと・・・畳み掛けるような彼女の口調が実証する。


テレサ・・・。
俺は君の貴重な時間を全て無駄にしてしまったのか?

俺は君にとって、哀しみの元凶を創り出すことしかできない存在なのか?

教えてくれ、テレサ。

俺はやっぱり君を苦しめるだけの存在なのか?


俺は・・・俺は君が傍にいれくれると感じるだけで、何よりも幸せなのに・・・
君は俺と一緒にいることで・・・ずっと苦しんできたのか?


俯いたまま動けない身体から冷や汗が滲み、ジワジワと汗ばんでいく身体。
それに追い討ちを掛けるようにどんよりとした闇の佇まいは、沈黙の時間を積み重ねていく。

君の問い掛けを置き去りにしたまま、ギュッと噤んだ口の端がピクピクと小さく痙攣する。
握り締めたままの両の拳は色を失くしたまま、闇夜にぼんやりと浮かぶ。
力を込めすぎて先端からブルブルと震えだした指先の感覚は戻ってこない。

行方が定まらぬまま小刻みに動く眸が奈落の底に落ちそうになる、その瞬間だった。


轟音と共に闇夜が色鮮やかな閃光で彩られたと同時に、夜空をしっかり掴むようにして上空に放たれた光の指先は目一杯指を広げきると、そのままズルズルと虚空にしがみつく様にして崩れ落ちていった。


短く鋭い悲鳴が辺りに響いた瞬間、だらりと両腕を伸ばしたままの俺の胸にしがみついた一つの影。
両耳を手で塞いで、怯え切った表情で小さく震え続ける彼女の身体の温もりが、凍り付いていた意識を一瞬にして粉々に打ち砕いた。

「・・・大丈夫だ。もし怖かったらこのまま僕にしがみついていても構わないから」

触れようか触れまいか、彼女の華奢な背中の上で何度も思い返しながら躊躇するだけだっただった指先を深呼吸と共にそっと・・・そっと彼女の柔らかい金糸に添わせた。
途端に恥ずかしさと緊張で目を見開いて、即座にしがみついていた胸から離れようとする彼女に向かって、ゆっくりと言葉を零す。

「怖かったり、困って助けて欲しいときは今のように僕にしがみついてきても大丈夫だから。君にとって僕は心から安心しきって縋りつけるような人間じゃないかもしれないし、不格好で融通の利かない傍迷惑なだけの存在かもしれないけれど・・・」

時を置かずして、再び上がった打ち上げ花火が夜空を煌びやかに焦がす。
花火の灯りに照らし出された君の顔に僅かな陰影とともにくっきりと浮かび上がった泪の跡。
何かを言いかけようとして微かに唇を動かした君を制するように、言葉の鎖を繋いでいく。

「・・・いつか君が『生きていてよかった』と心の底から安心できる日が訪れる、その日がくるまで僕は・・・!」

言い掛けた言葉の先を閉ざしたのは夜空を覆いつくした盛大な火花の滴と、躊躇いを捨てて俺の胸に飛び込んできた彼女の優しい髪の香り。

・・・夜の闇に紛れて咲いた不器用でもどかしい恋の華が、今ふたりの心に優しい想いを携えて咲き綻び始める。

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