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ひとひらの雪

2003年10月31日サイト初掲載作品

一歩足を踏み出した途端に襲い掛かる冷気。
暖房に慣れてしまった身体が、張り詰めた空気の中で一瞬にして固まる。
肌を刺すような冷たい空気の刃は、まだ暖かさを残している頬に容赦なく切り付ける。
冷え切った空気の勢いを後押しするかのように、黒い色が幾重にも塗り重なった厚い雲の隙間から漏れ落ちる月の光は、一際鋭い光の矢となり地上に突き刺さる。

「・・・降るかもな・・・」

白い息と共に吐き出した言葉は瞬く間に重厚な闇の中に吸い込まれ、跡形もなく消えていく。
冷え切った外気に晒されるままだった顔をコートの襟を立てて出来た壁の中に出来る限り埋めると、闇に塗りつぶされた街の中に飛び込んだ。
夜の静寂に包まれた街の中に、硬く乾いた靴の音だけが鳴り響く。


かつてはこの場所も戦禍に見舞われていたはずだった。
・・・なぎ倒された木々。
・・・踏み潰された花々。
・・・崩れ落ちる家屋。
・・・亀裂が生じた道路。

ガトランティスの猛攻によって混乱を極めたはずのこの街も・・・この世界も・・・
今はもうすっかり落ち着きを取り戻し、人々の元に再び平穏と安らぎが訪れ始めるのに、さして時間は掛からなかった。

人々が復興に掛ける意気込みはかつてないほどの盛り上がりを見せ、元の平和な生活を取り戻したいと願う人々の真摯な気持ちによって築き上げられていく街の再生は、眼を見張るばかりに着実に進んでいた。

そんな光景が眼に映るたびに・・・
なぜか本心から素直に喜べない自分に気がついたのは、つい最近のことだった。
地球を守る使命を帯びたヤマト乗組員である自分が、そう思うこと自体許されないことだった。
たとえ一瞬でも心に疑念が思い浮かぶこと自体、反逆に等しい罪の意識に苛まれなければならないはずだった。
誰よりも任務に忠実で・・・誰よりも規律を守り、模範とされてきた自分が陥った心の闇は、もがき苦しむほど、より一層澱みを増していくのだった。

地球を・・・そして多くの人々たちの命と希望を救うために散っていったテレサの命の重みを考えると、どうしても素直に喜べない自分を分かっていたから・・・。


テレサ・・・
君が・・・君が身を挺して救ってくれた地球は、もう大分元の姿に戻りつつあるよ。
生き生きとした人の活気に満ち溢れ、再生の道を着々と歩み続けながら・・・
まるで何事も無かったように、落ち着きを取り戻し始めてる。

・・・それは本当に素晴らしいことだと僕は思う。

・・・そう思うけれど・・・

君が命を捨ててまで守り抜いてくれたこの地球は・・・本当にそれだけの価値があるのかと時折ふと考えることがあるんだ。
このままずっと平穏で幸せな時間が永遠に続くとは限らないし、また平和に慣れきった人々が、現状に満足しないで満たされない欲求を得ようと、各地で争いが始まるのかもしれない。

・・・そう。
君が住んでいたテレザートと同じような運命を辿っていくかのように・・・。

地球は君の命の重さに見合うような・・・立派な星なんだろうか?
君を哀しませてしまうかもしれないけれど・・・「そうだ!」と言い切れる自信は、今の僕にはないんだ。
確かに僕はこの地球で生まれ、他の人達と同じようにこの美しい地球を愛している。
でもそれはこの地球に住む全ての人達がみな一様にその気持ちを持ち続けているかと問われれば、僕はきっと答えに詰まってしまうに違いないんだ。
君が命を掛けてまでこの地球を守ってくれたという事実は・・・もう既に人々の心から失われかけている。
平和という安住を手に入れた時点から、それが最早当たり前のようになってしまっていて、君が地球を守ってくれたという事実は、忘却の彼方に忘れ去られようとしている。
そういう現実を眼にする度に・・・僕はいつも遣り切れない気持ちになるんだ。
独り善がりの気持ちだってことは分かっている。
無理な道理を他人に対して押し付けていることも承知している。

だけど復興を祝う人々の影で、尊い君の命によって守り抜かれた地球の意味を一体何人の人間が理解してくれているのだろうか?
こうして今、この地球に生きていることの素晴らしさを一体何人の人間が心から感謝しているのだろうか?

それを思うと・・・
僕は素直に喜べないんだ・・・。

テレサ・・・僕は・・・僕の気持ちは間違っているんだろうか?
教えてくれ!テレサ!!


声に出せない苦悩を天に向けて迸った瞬間に、重苦しい闇の合間を縫うようにしてひらひらと舞い落ちてきた純白の化身。

後から後から舞い落ちてくる白の結晶は、傷ついた心を労わってくれるかのように島の周りに儚い夢を紡ぎ出す。
まるで幻想の世界へと誘う様な優雅な白い軌跡は、島の頑なな気持ちを解きほぐしてくれるかのように、ちらちらと舞いながら硬く冷たい地面へと身を落とす。
コートのポケットに突っ込んでいた両手をそっと目の前に差し出すと、掌に舞い降りた雪は微かな冷たさを島の手に残した後に融けて消えていった。
いつもは冷たい感触しか残さない雪が、今日に限っては何故か掌の上で融けて滲んだ後に、温かくて優しい想いを包み込んだまま島の身体の中に染み透っていった。

テレサ・・・雪だよ。
雪が降ってきたよ・・・。
今年初めての雪が降って来たよ。

君はきっと初めて雪を見るんだろうね。
僕の身体を通して見た雪は・・・僕の手を伝って感じた雪の感触は・・・僕の中で生き続けている君にどう伝わったんだろうか?

掌に舞い落ちる雪は、刹那の想いを身体に染み透らせた後に、涙の後を残して融け落ちていく。
穢れない白さに込められた清らかな願いは、掌に触れた途端に天から零れた涙に姿を変えて融けていく。
その瞬間に島の心にオーバーラップするテレサの願い。
重なり合っていく心と心の襞は、ぴったりと寄り添いながら決して離れることはなく。
それは永遠に変わることのないお互いを愛する気持ちによって築かれた、穢れない魂の結晶に姿を変えていった。

『島さん・・・。私はいつでもいつまでも貴方を信じています。貴方を・・・貴方だけを・・・』

左手の薬指に填めているマリッジリングが、優しく落ちる青白い月の光を一心に吸い込んで周囲に柔らかな光を撒き散らし始める。
絶え間なく降り続く雪は、島を優しく取り囲むようにして舞い落ちながら儚い命を終える。
まるで自分を見守り続けているテレサの清らかな想いを表すようなその雪に触れて・・・
島の心に溢れ出すのは、真摯な決意とテレサへの変わらぬ愛。


この地球を・・・美しい地球を・・・守ってくれた君の想いを僕は君から受け継いだんだ。

テレサ・・・僕に出来る事は本当にちっぽけなことでしかないけれど・・・

この美しい地球を・・・平和を守り続けるために・・・
僕は僕が出来る限りの全てのことを、これから先の人生を掛けて精一杯遣り抜くつもりだ。
それが僕に命を託してくれた君への答えだから。

この美しい平和な地球で生き続けたいと願った君の想いをずっと・・・ずっと叶え続けられるように・・・僕は心からの決意を込めてこれから先の人生を生き続ける!

君が何よりも願った平和の尊さを・・・この胸に刻みつけて・・・生き抜くから・・・!


しんしんと音もなく降り続く雪に紛れて、濃い色に包まれた闇の彼方に煌いた一筋の光。
微かだけれども決して揺らぐことのないその光は、立ち尽くす島の心に新たな灯火を灯すのだった。

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