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真っ白な雪 〜字書きの為の50音のお題より〜

2005年1月14日 サイト初掲載作品

窓ガラス一枚を隔てた向こう側の世界は、しんと静まり返ったまま微動だにしない。
吐息で曇る窓ガラスを指先でそっとなぞった瞬間に、眸に飛び込んでくるのは、白く・・・どこまでも白一色で蔽いつくされた景色。
鉛色の雲は天上からの一筋の光すら漏れることを許さず、昼という時間帯でありながらも、まるで夕闇の佇まいと見紛うばかりの重苦しい真冬独特の雰囲気で、街はすっぽりと覆われていた。

しん・・・しん・・・しん・・・

音もなく降り続く純白の化身は、穢れない天使が零す清らかな泪のようで。

しん・・・しん・・・しん・・・

この世の苦しみも・・・悩みも・・・悲しみも・・・怒りも・・・絶望も・・・後悔も・・・
この世に生まれし、ありとあらゆる感情の在処を、たちどころにその白さの中に全て包み込んでしまいそうな気がするのは・・・

きっとこの雪が・・・あまりにも白すぎるから・・・
・・・あまりにも静か過ぎるから・・・
・・・あまりにも優しすぎるから・・・

降っているという気配さえ押し殺して、ただひたすらにその白さを静かに撒き散らすだけの雪は・・・どこか近寄りがたい雰囲気を醸し出しながらも、本当は誰よりも人恋しくて寂しがりやなのかもしれなかった。

*****

「・・・ずっと雪を見ていたのかい?」

背後から差し出されたマグカップから立ち上るココアの湯気が、たちまち窓ガラスを白い靄の膜で覆う。
美味しそうな匂いと共に訪れた最上級の笑顔。
ごく自然に差し出された大き目のマグカップには琥珀色に染まった柔らかい想いが佇んでいて。
温かいココアとまさに同化しているような優しい眸は、いつもいつでも変わらずにいる一途な想いを携えていた。

そっと頭を垂れてマグカップを感謝の気持ちと共に受け取ると、再び視線を窓の方へと戻す。
それにつられる様にして静かに窓へと歩み寄った貴方は、微妙な距離を置いて私の傍らにそっと佇んだ。

窓ガラスをなぞっていた為に冷たく凍えていた指先が、マグカップに触れた途端に暖かさを取り戻していく。
そう、それはまるで貴方の大きい手に優しく包み込まれているような・・・そんな気がして。
その瞬間に口から思いがけず零れ出た言葉は、私の頑なな気持ちをするりと擦り抜けていって貴方の元へと届いた。
正真正銘、これがきっと初めての・・・嘘偽りない私の本心から出た言葉の欠片だった。

「・・・もしもう一度生まれ変われるとしたら・・・私は雪になりたいです・・・」

無意識の内に放たれる言葉は余分な考えを一切持たずに紡ぎだされるから、澱みなくスラスラと胸の奥から迸ってしまうらしい。
裏を返せば自分の本心を隠そうとすればするほど、言葉を選ぶ分だけ何度も言いよどんでしまうのかもしれない。
事実、貴方が決死の想いでテレザリアムに来てくれたあの時は・・・貴方に着いて行きたい本心と、それを抑えようとする言葉が併合しようとするのを胸の内で必死に断絶しようとして、私は何度も言いよどむばかりだった。

「哀しみも苦しみも・・・ありとあらゆる感情をその内に押し留めて、ただひたすらにしんしんと降り続いて、いつか静かに消え去るだけの雪に・・・私はなりたかった・・・です・・・」

途中から泪で眸がぼやけてくるのが分かった。
自分と言う存在が『穢れなくて清らかな雪』とは一番懸け離れたものであると・・・誰よりも分かっていたから。
だから・・・。

しんしんと降り続く雪と音もなく通り過ぎる時間の波が重ね合わさったとき、貴方の穏やかな声が沈黙を切り裂いた。

「君が『雪』になりたいのなら・・・僕はその『雪』を受け止める『大地』になる」

俯き掛けた私に貴方の優しい言葉が降り注ぐ。
緩やかな時の流れに逆らうように戸惑っている行き場のない心を、ゆっくりと導いてくれるように。

「君の哀しみも苦しみも・・・今の僕では全て受け止められないかもしれない。消せない哀しみや苦しみを宿した雪を、大地はただ黙って受け止めるだけかもしれない。だけど大地に降り積もった雪はいつかは必ず融けるんだ。哀しみや苦しみの結晶の塊をを大地の中にゆっくりと染み込ませながら、いつかは必ず融けるんだ。君の苦しみや哀しみを今すぐには融かし切れないかもしれない。だけど・・・長い時間を掛けて少しずつ少しずつお互いを理解しあい、支えあっていけば・・・やがて雪は融けて・・・希望の春になる」
「・・・島さん!」

溢れだしそうになる泪が貴方の指先によって、優しく拭われていく。
そう、それは・・・私の中の消せない哀しみや苦しみもひたむきに掬い取ってくれる、貴方の思い遣り、そのままで・・・。

「厳しく辛い冬を乗り越えて・・・一緒に・・・春を迎えよう」

琥珀色の渦に静かな小波が立って・・・やがてゆっくりと触れ合った唇は・・・ココアの余韻よりも・・・きっと甘くて温かい。

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