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微笑返し

2004年5月28日 サイト初掲載作品

「・・・で、・・・島・・・」

呑み掛けのビールのコップを中途半端な持ち方で揺らしながら、ボソボソと言い難そうに話を切り出し始めた古代の表情が、僅かに固くなる。

・・・また、おいでなすったか;;;

古代に気付かれぬように横を向いて軽く一つ溜息を零した島は、即座に表情を切り替えると、努めて明るく古代の話の腰を折り始めた。

「お前・・・これで今年6回目だぞ、俺にその類の話を振るのは!」

多少語尾がキツクなるのは、ざっくばらんに洗いざらい話し合える親友同士であるからだと、妙な自負心を抱きつつ、島はイヤミがない程度に古代に対して話しかけ始める。

「お前は既にもう6回目だから、いい加減俺からレッドカードを宣告されないうちにその話を振るのは止せ!・・・まったく心配してくれるのは有り難いんだが・・・もうその類の話は耳にタコが出来るほど聞き飽きた。今日お前が話を切り出す前につい3日前、相原からも同じことを言われそうになったよ。とにもかくにもお節介焼きが多過ぎるよ、第一艦橋の面々は。話を振らないのは真田さんと太田くらいなもんだ」

多少誇張はしつつ大して変わりない状況に困惑しながらも、島の口調から自分の事を思って心配をしてくれるメンバーに対しての感謝の気持ちが滲んでいるのを感じ取り、古代の心が僅かに軽くなる。

・・・しかし・・・そうは言っても、島が頑として女性からのアプローチを一切断わり続けているという噂を耳にしたからには・・・親友という立場を差し置いても、一言言っておきたいことがあるのも当然な訳で。
テレサという最愛の女性を失った島が・・・このまま彼女の面影を背負い続けて生き続けていくのは忍びない・・・と思ってしまうのは、自分の我侭以外の何物でもないと承知しながら、古代は敢えて話を切り出そうとしたのであった。
島からの反撃を覚悟の上で。

グラスの中で炭酸を出し切ったビールが疲れたように渦を巻く。
まるで自分の気持ちと同じ様に苦みばしっていくようなビールの泡を見届けながら・・・古代は言を継いだ。

「島・・・お前の気持ちは分かるが・・・俺は、このままお前が・・・!」
「ストップ、古代っ!」

段々ボルテージが上がりつつあった口調を遮るかのように、島が古代の目の前に呑んでいた自分のコップを突き出した。
勢いよく突き出した反動で、コップの中のビールが飛沫を上げて外に零れだす。
空中に乱舞する金色の雫は、ひととき時間を堰き止めた後、キラキラと床下に舞い落ちた。

ふたりの間に見えない壁となって立ちはだかっていた時間の波が、金色の雫に押されて緩々と崩れていく。

「古代・・・お前が親身になって俺の事を心配してくれる気持ちは痛いほどわかるし、俺が病院で臥せっている間、面倒な事を一切合財引き受けてヤマト再興のためにどれほどの苦労をしてきたかも・・・俺はわかっているつもりだ。お前は俺に一言も言わなかったけどな」
「島・・・お前・・・!」
「・・・だからもう、これ以上俺のことをあれこれと心配するのは止せ!今は自分の幸せだけを考えろ」
「島っっっ!」
「古代・・・お前、俺が意識を失っている間に、テレサが白色彗星に突っ込んだのを止められなかったのを今でも後悔しているんだろ!?雪もきっとお前と同じ気持ちでいるはずに違いない」
「島・・・」

古代の顔から失われていく血の気。
その様子を伺い見ながら、島は淡々と言葉を続けていく。

「責任感の強いお前達が、テレサを引き止めることが出来ずに死なせてしまったという気持ちに苛まれるのは自惚れなんかじゃなく、当然の帰結だと俺は思う。もし仮に俺が意識を失っていなくて・・・古代、お前と同じ様にその場にいたとしても・・・」

そこで島は一旦言葉を区切って虚空に視線を漂わせた。
まるで天上から自分を見守っている誰かに対して、そっと見詰め返すようにしながら。

「彼女は俺の制止を振り切って、飛び込んでいっただろうな。たぶん・・・」
「・・・!」

あまりにも・・・あまりにも抑揚なく話す島の口調が・・・本当は泣きたくても泣けないほどの
深く苦しい哀しみに包まれていると分かって、古代は言葉を失った。
人は哀しいときほど・・・取り乱したりせずに心の奥深くで行き場のない哀しみの咆哮を撒き散らしているのだと・・・古代は目の前にいる島の姿を見て痛感した。

「・・・なぁ、古代。俺がテレザートからテレサをヤマトに連れてきたときのこと憶えてるか?」

突然放たれた島の問い掛けに古代は戸惑いながらも答えを返した。

「・・・ああ、憶えてるよ」

後にも先にも島のあの誇らしい笑顔と安心しきったような表情は見たことがなかった。
ついポロッと口から零れ出た「結婚式第一号」という言葉も、傍目から見たら眩しいまでに優しさと深い愛情に包まれている二人の姿が何よりも美しく、何よりも清らかなような気がして、羨ましい気持ちを包み隠さず述べたのが、あの言葉そのものであったことも。

「・・・あの時、テレサが俺に向けた微笑を・・・お前、見てるだろ?」

段々とトーンが下がっていく島の口調に・・・いつしか堪えきれない哀しみが宿り始めていることに古代は薄々気がついていた。
表面上は何事もない顔をしながらも・・・その実、島は心の奥深くで咽び泣いていた。
たぶん島本人は気付いていないだろうが。

「俺・・・忘れられないんだよ。彼女のあの微笑が・・・。どんな気持ちであの笑顔を向けながら俺を見送ってくれたかと思うと・・・俺は・・・どうしようもなく辛い」
「・・・島・・・」
「彼女はずっと俺に対して逃げ腰だった。テレザートに迎えに行ったときでさえ、彼女は伏目がちに俯いて、俺の視線から逃れるようにしながら後ずさりしていた。彼女自身怖かったんだと思う。辛かったんだと思う。ずっと・・・ずっと微笑むことを誰に見せるでもなく、たった一人きりで自身が犯した罪の重さから逃げることなく必死に絶え続けてきた彼女が・・・彼女が・・・俺の為に・・・俺なんかの為に、たった一度だけの微笑をどんな想いで返してくれたのかと思うと・・・俺は・・・俺は!!!」

絶句したまま動けない島の肩を古代は軽くポンと叩きながら・・・グラスに新しくビールを注ぎ始めた。
シュワシュワと湧き上がってくる無数の泡が、島の辛い胸のうちを代弁しているかのように空気中に浮かび上がっては消えていった。

「古代・・・。愛するという、ただそれだけの気持ちの前では理屈をいくら並べても無駄だって・・・お前も知ってるだろ!?」
「分かってる・・・嫌というほど分かってるよ、島・・・」

古代に差し出されたビールを一気に飲み干すと、島はポツリと一言零した。

「だから俺は・・・ずっとテレサを愛し続ける。この先もずっと・・・この命が尽きるまで・・・彼女ただ一人だけを。彼女が俺に向かって零した・・・たった・・・たった一度だけの微笑みに込められた想いを、今でも・・・これから先もきっと忘れずにいるから」

古代は島の言葉を胸の奥深くに刻みつけながら、新たに注ぎいれたビールのコップをカチンと島のグラスにぶつけた。
乾いた響きが古代と島の心に・・・ある種の共有感情をもたらしはじめながら・・・

「島・・・。お前と・・・そしてお前の身体の中で生き続けているテレサの・・・今もお互いを愛し続けている清らかで深い愛情に心からの敬意を込めて・・・乾杯!」

再びカチンと鳴らしたグラスの向こう側で・・・男たちの想いがまたひとつ新たな色に塗り換わっていく。

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