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勇気をください 〜字書きの為の50音のお題〜

2005年6月28日 サイト初掲載作品

(前回UPした『飛ばない君 飛べない僕』の続編となります)

「・・・まだ決心はつかんかのぉ〜?」

僅かに上がる語尾が、部屋の中にうっすらと染み込んでいく。
非難するのでもなく、強引に結論へと導こうとするのでもなく、あくまでも自分の意志を尊重して問い掛けてくる佐渡の口調は、却ってテレサの心に波紋を広げていく。

レースのカーテン越しに揺れる陽射しに紛れて、強く煌く初夏の気配。
生命たちが勢いよく活気を漲らせ始めるのを羨ましく想いながら、ずるずると現状に埋没していくだけの、自分を持て余す日々。
リクライニングしたベッドに上半身を預けながら、無意識のうちに手元に折り重なった毛布の端を弄ぶ。
なんとかこの現状を打破したいのに・・・上手く突破口を見出せないまま、時間だけは過ぎていく。


・・・島がドア越しに自分への思いを吐露したあの日から・・・もう一ヶ月が過ぎようとしていた。


*****

『・・・テレサ。僕は待ってる・・・。君の心が落ち着いて、僕にもう一度逢ってくれると君が決意してくれる日まで。僕はいつもいつでも君を待ってる・・・!必ず待ってる・・・!』

島の自分に対する直向な想いが込められた言葉が頭から離れない。
あの日からずっと毎日欠かさず同じ時間に、島はドア越しから自分に向けて語りかけてくれるのだった。

今日の天気や周りの風景の移り変わり、弟の次郎のこと、仲間達と交した雑談など。
当たり障りの無い話題ばかりであったが、島が激務の合間を縫って自分の為にたとえ5分でもドア越しに語り掛けてくれるという嬉しさに、テレサの心は揺れ動く。

・・・それでも罪を背負った運命から逃れることなど、到底無理だと分かっているが故に・・・
島に対して素直になれない自分がここにいて。
既に島に対しての気持ちは、自分自身でも誤魔化しきれないほどに求め喘いでいるのに、最終的な段階でいつも自制してしまうことすら、当たり前になり過ぎて。

島に逢いたい気持ちだけは、どんどんと膨らんでいくのとは裏腹に、島に逢ってしまうことで彼に多大な迷惑を及ぼしかねない、自分の存在が赦せなくて・・・。
テレサの心は両極端の方向に向けて行方定まらぬまま、行ったり来たりを繰り返す。


・・・本当の気持ちに気付いているのに・・・

・・・敢えて無視を決め込んだ心が、身体の奥深くで今も咽び泣き続ける。

*****

「どうやら重傷らしいみたい。今日はもう三度目だわ、急患で担ぎ込まれる患者さん」
「防衛軍の制服を着ていたって話だから、防衛軍本部に移動している途中で事故に遭われたんじゃないかしら?担ぎ込んだ救急隊員の話からすると、まだお若いらしいし」
「ストレッチャーで病院内に担ぎ込まれる時にさっきチラッと顔が見えたんだけど・・・、なんだか何処かで見覚えがある顔なのよね。本当についさっき病院内で見掛けた様な気がするんだけど」

慌しい様子がドア越しから漏れ聞こえる会話によって更に臨場感を増していく。
聞き耳を立てている訳ではないのだが、否応なしに飛び込んでくる会話にある種の切迫感を感じて、テレサの心に不安が過ぎる。
訳もなく不安に感じるのは、ついさきほどまで島がいつものように自分に対して語り掛けてくれていたからだった。


・・・まさか・・・まさか・・・!


増大していく不安に対して、負傷したのが島である訳がないと思い込もうとする気持ちが、みるみるうちに萎んでいく。


・・・島さん・・・島さん・・・!


かつてのテレザリアムでの記憶が、テレサの脳裏に鮮明にフラッシュバックしていく。
問い掛けても、名を呼んでも、一向に意識が戻る気配を見せなかった島の、あの時の姿が思い出されて、テレサの全身が恐怖で慄く。
血の気が全身からすっと引いていくのを感じながら、再び遭遇するかもしれないあの底知れない恐怖を見据えた瞬間、テレサの身体が無意識のうちに動いた。

部屋に備え付けのスリッパを履くことすら気付かずに裸足で降り立ち、すぐに駆け出したテレサの足は、佐渡の部屋を一直線に目指していた。

*****

「佐渡先生!佐渡先生っ!!」

息つく暇も無く、必死の形相でノックもなしに飛び込んだ佐渡の部屋。
自分しかいないと思っていた部屋の中には・・・既に先客がそこにいた。

「・・・テレサッ!・・・一体どうして!?」

佐渡と向かい合って椅子に腰掛けていた人物が、驚き慌てふためきながら腰を上げる。

「・・・島・・・さん!」

名を呼ばれた人物は右手の指先に包帯を巻いたまま、呆然として自分を見続けるだけだった。

「・・・重傷を負ってストレッチャーで担ぎ込まれた患者さんって・・・島さんではないのですか!?」

恐る恐る問い掛ける声が、上擦ったまま宙を飛ぶ。
一瞬部屋の中が静まり返った後、大きく一つだけ漏らした島の吐息が、張り詰めたままだった部屋の雰囲気を崩した。

「・・・さっき君のところから帰る途中で交差点で出会い頭に車とぶつかりそうになった子供を助けたんだ。そのときちょっと怪我をしてしまって、今引き返して佐渡先生に診てもらったところ。どうってことのない怪我だよ」

笑顔を滲ませながら話す島とは対照的に、どんどんと色を失くしていくテレサの表情。

「・・・では、私の部屋の前で看護師さん達が喋っていた内容は・・・つまり・・・」

テレサの視線が、部屋の隅からこっそりと逃げ出そうとしていた佐渡を捉えた。
その視線に気付いて、佐渡は大袈裟な手振りで言い繕う。

「まっ、そのぉ〜、なんだ!・・・久しぶりに再会したのだから、ゆっくりと話していきなさい。お互い積もり積もる話も沢山あるじゃろうて!・・・おっ♪そうじゃ!ワシャ、午後の回診の時間をすっかりと忘れておったわい!患者さんが待っておるから、しばらく此処には戻ってはこれんなぁ〜。・・・と言うわけで島、後は任せたぞい!」

そう言い残すと、一目散に部屋から飛び出していった佐渡の背中にふたりの視線が注がれる。

「・・・佐渡先生、僕達の為にあんな嘘までついて・・・相変らずだよなぁ、全く・・・」

島の口から漏れた吐息と共に吐き出された言葉は、佐渡に対する絶大な信頼を物語っていた。

沈黙の時間が部屋の中を満たし始めるのを察知して、島が優しくテレサを促す。

「・・・立っているままだと疲れるから、椅子に座ろうか?」

少しの間を置いて、動き出し始める影がふたつ並ぶ。
床に落ちたシルエットは微妙な距離を保ったまま、まだ重なり合う気配は見せない。

言いたくても・・・言い出せない数々の想いが、空回りしたまま宙に浮かぶ。
互いに俯いたまま黙り込む癖は、あの時からずっと変わらない、二人にしか分からない恋の道標。

・・・しかしテレサの意外な一言が、平行線を辿るだけだった二人の思いに終止符を打とうとしていた。


・・・勇気をください!


心からの想いがテレサの胸の内からポロポロと零れ落ちていく。
まるで泪色をした言葉が重なり合う想いの糸を束ねて、少しずつ紡ぎだされていくように。

「・・・怪我、大丈夫なんですか?」

心配しきった表情に滲む泪の跡。
それはそのまま、テレサの心からの想いを描き出しているように思えた。

「・・・心配掛けちゃってゴメン。何ともないかすり傷だから安心して」

そう話し掛けた瞬間、俄かに崩れ落ちた影が島の足元に跪いた。
ポタポタと零れ落ちる滴が床下を濡らす。
小刻みに震える身体から溢れ出す想いは、島の胸にも同様の気持ちを呼び起こし始める。
離れ離れだった心がいつしか寄り添いあい、支えあう瞬間に再び巡り合えた奇跡を胸に深く刻み込んで。

「・・・僕は随分君を苦しめてしまった・・・」

椅子に腰掛けている自分の足元に縋りつきながら、声を押し殺して静かに泪を零し続けるテレサの髪に島はそっと顔を埋める。
テレザリアムでのあの刹那の抱擁がシンクロして、微かな痛みと共に胸の奥に蘇る。
でもあの時とは違う結末が、これからふたりで歩んでいく長い・・・長い道程の先に広がっていることを、島は確信していた。

成す術が無いまま、悲痛な想いを抱いてずっと見送り続けることしか出来なかった、あの時とは違う・・・確かな未来を。

テレサが傍にいるという、これ以上ないほどの嬉しい奇跡に巡り合えた喜びを噛み締めながら。


「・・・もう一度やり直そう。これからはずっとふたりで・・・!」

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