2005年1月21日 サイト初掲載作品
・・・あの日も今日の夜と同じ三日月だった・・・
手繰り寄せる記憶の中で一際鮮やかに蘇る場面は、色褪せることなくあの日あの時の想いまでもを引き連れて私の心に雪崩れ込む。
蒼白い光を放つ三日月が照らし出すのは・・・夢か・・・現か・・・幻か・・・。
綻び掛ける想いは、その度に貴方のさり気ない優しさによって紡ぎあわされていく。
過ぎ行く時間と静寂した空間に、貴方の直向な想いが縒り合わさった、しなやかな心の糸は戸惑うばかりの私を穏やかに包みこんでいく。
その柔らかい気持ちのままで、その温かい心のままで。
三日月は・・・あの日の夜と同じ様にただ微笑むだけだった。
*****
「・・・行こうか」
過ぎ去ってみると、ここで暮らしていた毎日が一瞬の時の流れの中に埋没していくような気がする。
永遠に続くと思われていた病院暮らしも、このドアの向こう側に足を踏み出せば瞬く間に想い出へと変化していくから。
「・・・少し待っていただけますか?」
ボストンバック一つにも満たない、病院生活での身の回りの品をまとめたトートバッグを、まるでそうするのが当然だというように、私の右手から優しい手付きで奪った貴方は、柔らかい笑顔を私に向けた。
「君の気持ちが落ち着くまで、いつまでも待ってる」
躊躇うことなく言い切った貴方の表情に月の光が滲む。
かつて見た事のある光景が、過ぎ去った時を経てもう一度同じ場所、同じ気持ちのままで重なり合う偶然。
気紛れな時間の波に翻弄されて見失いそうになる想いが今、再び巡り合う。
「ここで君と再会した日も・・・今日と同じ三日月の夜だった・・・」
見開いた眸の奥で、音も無く崩れ落ちていく気持ち。
貴方が放った言葉の欠片が胸の中に落ちて、心の奥底に静かに沈んでいく。
大きく広がる動揺という名の波紋は胸の中だけに留まらず、身体全体に小波を立てていく。
「・・・あの日のこと・・・憶えていらっしゃったんですか?」
口にした言葉は語尾に微かな震えを刻んだまま、月の光に溶け込んだ。
蒼白くなっていく顔面とは裏腹に全身を駆け巡る意識の波に滲んだ薄紅の色。
揺らぐ気持ちの中で見つめる貴方の顔はいつしか泪でぼやけてきて・・・。
「・・・君とここで一緒に過ごした時間は一分一秒たりとも忘れはしない。・・・いや、忘れるわけなどない」
低いけれども確かな響きを持った声が、月の光を浴びて煌きだす。
「あの日、ここで初めて君と再会した夜の三日月に・・・僕は約束したんだ。これから君と一緒に歩んでいく時間の全てを、何時如何なるときでも・・・決して忘れることなどしないと・・・!」
堪えきれなくなった想いが月の光を浴びて零れ落ちるとき、闇夜に清らかな一輪の命の華を咲かす。
『尽きぬことのない愛情』という色に彩られながら・・・。
三日月との約束・・・。
・・・それは、今この瞬間から新たに始まる貴方と私の愛の軌跡・・・。
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