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2004年6月4日サイト初掲載作品
「ほぉ〜れ、島ッ!何をそんなところでボケッと突っ立っておるんじゃ!ようやっとついさっき面会許可をおろしたばかりなんじゃぞ!直に話したいことはそれこそ山ほどあるじゃろうが、とにかく今夜はお前さんのみ15分だけの特別サービスじゃ。本来なら明日の朝からの面会許可じゃが、今夜はこの佐渡酒造の顔に免じて赦したる。ほれっ、時間がないからさっさと面会してこんか!」
思いっきり背中をど突かれながらつんのめるようにして入った病室の中にはモノクロの色彩に彩られた空間が広がっていた。
明るい廊下の照明に眼が慣れていたせいか、急に暗くなった視界の中で一瞬時間を見失うような錯覚に陥る。
僅かに凝らした視線の先でおぼろげな人影が徐々にくっきりと色を成していく。
・・・二度と・・・
もう二度と出逢えることがないと覚悟していたはずの気持ちが時間の波を遡って・・・切ない記憶とともに蘇る。
一度はこの胸の中に抱いた華奢な身体の記憶は・・・僅かにまだ胸の奥深くに潜む痛みとともに残っていて。
大切な君を失ったと感じた瞬間から封殺していたはずの約束は・・・今、この瞬間からまた何にも増して強い効力を発揮し始めたという予感に・・・心が・・・身体が・・・言い尽くせない感情で埋め尽くされる。
夢にまで見た再会が叶うと分かった瞬間に喜びよりも戸惑いと衝撃が身体の中を駆け巡った事実は隠せない。
・・・どういう顔をして君に逢ったらいい?
・・・一番最初になんて言葉を君に掛けたらいい?
・・・僕は・・・僕は君を追い詰めてしまったと想うから。
・・・辛く苦しい気持ちを君にだけ背負わせてしまったと想うから。
・・・何も・・・君に対して僕は・・・何も出来なかったのだから・・・!
益々混沌としていく気持ちに追い立てられながら、成す術もなく立ち尽くしているだけの僕をいたぶるかのように、情け容赦なく時間は通り過ぎていって。
・・・見詰められない
・・・話せない
・・・近づけない
堰き止めていた感情の迸る先を見失ったまま、時間の狭間で揺れ続ける僕の心は・・・あの時から止まったままで。
逢いたいと想う気持ちよりも、僕なんかが君に再び逢える資格はあるのかと躊躇う気持ちの前では一切の抵抗もなく。
ただ、ただ君の生存を願っていただけの僕だけど・・・こうして再び逢えると分かった時に嬉しさよりも実際は手放しで喜べない自分を嫌というほど実感してしまって・・・何よりも君に合わせる顔がなくて。
君を見詰められずに俯くだけの僕に・・・そっと忍び寄った音が頑なな心を包み込むように手繰り寄せる。
蒼白い月の光の輝く夜に
僅かに揺れる君の髪が
柔らかな音を立てながら
モノクロの世界を・・・堰き止めた感情を・・・失いかけていた心を・・・そっと塗り替えていく。
夜風に揺れるカーテンの向こうで
そっと微笑む月の色に彩られながら
僕の方を振り返る君の横顔に折り重なっていく
数々の言い尽くせない言葉と泣き出したくなるような切なくてもどかしい想い。
小さく笑いかけるのでもなく、涙を零すのでもなく・・・淡々と僕を見続けるだけの君の蒼緑色の両眸には青白い月の影だけが宿っていて。
ただただ黙ってお互いを見詰め合っているだけなのに・・・
こんなにも距離が遠くて。
近づきたくても近づけない心同士がお互いの存在を認めているのに・・・
どうしたらいいかわからなくて行方を見失ったままで。
・・・きっかけは些細なこと。
うだうだと理屈を捏ね回して君に合わせる顔がないと自分の心をずっと誤魔化し続けていたのは、何も出来なかったという言い訳がましい己の心の弱さと・・・君を引き止めることが出来なかったという、ある種の逃げ口上と。
その両方に苛まれて、肝心の君に逢いたいという気持ちを置き去りにしてきたのは・・・他でもない僕自身であって。
逃げ切れない負い目を自分勝手に背負い込んだままの僕に訪れた、君が生きているという確かな真実でさえ、僕は今この瞬間でも眼を背けようとしていて。
・・・その時だった。
微かに傾いだ彼女の身体と宙を哀しげに漂うサラサラとした彼女の髪が、スローモーションのように僕の眸に刻まれた。
・・・あっ・・・
床を蹴ったのと同時にベッドに突っ伏そうとした彼女の身体を懸命に両手で支えていたのは、気付く暇もないほど刹那の出来事で。
「・・・すみません・・・」
「・・・ゴメン・・・」
最初に・・・交わした言葉はお互いを気遣う台詞以外の何物でもなかったことに改めて気がついて。
それ以上の・・・それ以外の言葉などお互いの口から零れることなど決してないと・・・最初から分かりきっていたはずなのに・・・。
・・・どうして僕達はこんなにも回り道をしたがるんだろう?
・・・どうして僕たちはこんなにもお互いの心を隠したがるんだろう?
・・・言ってしまえば楽なのに。
・・・抱き締めてしまえばそれで済むことなのに。
・・・どうして僕たちはこんなにも・・・
ベッドの傍に跪いて彼女の身体を下から支えている僕の両手に刻み込まれる彼女の確かな存在。
至近距離で交わした視線の中にはいつもいつでも僕と君のお互いの姿しか映りこんでいないと・・・分かっていたのに、分かっていたつもりなのに。
最後の最後まで抗い続けていたのは・・・臆病な僕の心。
また君を失ってしまうのではないかと無意識のうちに恐れている僕の気持ち。
・・・でも今は分かる。
こうして君が・・・君が生きていてくれるという嬉しさに縋りつくのではなくて君を・・・
再びこうして巡りあえた大切な君を護りたいと願う、その気持ちだけが・・・
ちっぽけな僕を支えてくれるただ一つの確かな生きる望みであると!
「・・・また明日・・・来るね」
そう彼女に話すだけが精一杯の僕に・・・君は・・・ほんの微か小さく頷くだけ。
他愛ないやり取りがこんなにも愛しくて・・・こんなにも大切に思えるのはすべては君が生きていてくれるという、僕の唯一の幸せで一番大切な思いに今更ながら気付いて。
叶えられなかった約束が・・・今こうして再び君との間で交わせる幸せに訳もなく目頭が熱くなってしまうのは止めようもなく。
月の輝く夜に・・・
再び交わされた約束の下で・・・僕らは戻れない道を一緒に歩き出す。
僕と・・・
君と・・・
同じ速度で・・・
同じ目的の場所へ・・・
そして永遠に変わらぬ同じ気持ちのままで・・・。
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