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今年のホワイトデーに合わせて書き下ろした新作の再掲です。
サイト掲載時に2回に分けてUPしたので、そのままの形をとってます。
最初に書いた話では、テレサはホワイトデーが何の日であるか、まだ知らない状態です。
続きの話ではホワイトデーと、島さんから貰ったプレゼントの意味合いをテレサが知った状態から話が続きます。
読みにくいかもしれませんが、よろしかったらどうぞ。
「こ・・・こ、こんな夜更けにいきなりゴメン」
ゼェゼェと噎せ返る息を必死に整えながら、玄関へと傾れ込んだ島さんの顔に浮かぶ汗の雫。
「大丈夫ですか、島さん!今すぐにお水とタオルを持ってきますから」
玄関脇の壁に手を突いて苦しそうに呻く島さんの姿を目の当たりにして、心臓がギュッと締め付けられる感覚が全身を襲う。
切羽詰った表情で何か言い掛けようとする島さんの腕をそっと支えつつも、身体は脱衣所の方向へと今まさに駆け出そうとしていた。
「すぐに戻ってきますから、もう少しだけ辛抱していてくださいね」
混乱する意識を立て直そうとする声に、ありありと滲む狼狽の影。
焦燥と不安が入り混じった気持ちが、動揺に拍車をかける。
一刻も早く、島さんを・・・!
無意識に踏み出した一歩を、不意にグイッと押しとどめたのは・・・他でもない島さんの力強い腕だった。
「待つんだ、テレサッ!」
耳朶を打つ、端正な声が玄関に響き渡る。
捉まれた腕からジワリと伝わる、島さんの戸惑い。
背後をそっと振り向くと、申し訳なさそうな風情の島さんが頭をたれていた。
「・・・ゴメン。いきなり大きな声を出しちゃって」
掴んでいた腕をゆっくりと解き放つと、島さんは私の表情を窺うようにして言葉を漏らす。
「もう大丈夫だから。君に要らぬ心配を掛けてしまってゴメン、テレサ」
島さんは一瞬だけ思い詰めたように瞳を閉じると、再び目を開けて私を見つめた。
眸の奥で僅かに煌いた光が、私に向け放たれ時・・・身体を突き抜けた、ざわめく予感。
深く・・・強く・・・そして熱い想いはあの時と同じもの。
・・・そう、テレザリアムで心が交錯した、あの時と同じ気持ち。
「用件だけ終えたら、すぐに帰るから・・・その、僕に少しだけ時間をくれないか?」
弱弱しい言い方とは正反対の、真剣な眼差しが私の心を射抜く。
仄かな不安が胸を過ぎるが・・・喉元で燻っていた言葉が、ポツリと漏れ出す。
「・・・はい」
緊張で喉が渇く。
紡ぎ出した言葉は、微かに枯れていた。
「君に返したいものがあるんだ」
言葉と共に差し出された、透明なケース。
ケースの中では眩い光を放出している、綺麗な緑蒼色の宝石が鎮座していた。
その宝石を見た瞬間、私の中の何かが音を立てて崩れていく。
「・・・瀕死の君を救出した時、ドレスの中に紛れ込んでいたそうなんだ。佐渡先生が『きっと大切な物だろうから、彼女が目を覚ますまで、島、お前が責任を持って厳重に保管するように』って、すぐに僕に手渡してくれた。君には悪いと思ったけれど・・・少し淵が欠けていたから、若干補修したんだ。この色に一番近くて、そして僕の誕生石でもある、エメラルドの原石を一緒に混ぜ込んで」
島さんの穏やかな声を聞きながら、頬を緩々と滑り落ちていく滴。
止め処なく溢れる涙を拭おうともせず、私はケースの中の宝石を見つめ続けた。
「・・・もう一度、受け取ってもらえるだろうか?」
まだ涙を流し続ける私を慮って、島さんは恐る恐る問いかける。
「貴方からの受け取りを拒む理由など、今の私にはありません」
強張っていた表情が次第に緩んで、島さんの顔に笑顔が徐々に戻り始める。
「・・・君にそう言ってもらえて本当に良かった。・・・で、テレサ、君にもう一つだけお願いしたい事があるんだ・・・」
さっきの笑顔が一瞬にして、当惑の表情に成り変る。
その突然の変化に、増大していく不安。
「・・・何でしょう?」
「この指輪を・・・僕の手で、君の指に填めさせてもらいたいんだ」
全身を覆っていた緊張感が、ひとときだけ途切れた。
フッと力が抜け落ちていく感覚が、私を後押しする。
・・・そう、私はこの時はまだ知らずにいた。
それがどんな意味を持つ行為なのかを。
畳み掛けるように、島さんが言葉を落とす。
「・・・もし君が躊躇するのであれば、僕は無理強いしないから」
島さんは私に逃げ道を作ってくれたのだと、その瞬間思い至った。
要求を受け容れるのも、拒むのも・・・全ては私の思いの従おうとする意思を、島さんから強く感じる。
・・・もう答えは決まっているはず。
「島さん、お願いします」
伏せていた目を見上げた刹那、島さんの優しい眼差しに包み込まれる。
「ありがとう」
透明なケースが開かれ、神聖な輝きが周囲を眩く照らし出す。
丁寧な手付きで台座から指輪を取り出すと、島さんは再び問い掛ける。
「どの指に填めたらいいのか、教えて欲しい」
真摯な姿勢が胸を打つ。
ひとつひとつ、私の許可を得ながらの島さんの行動に、いつしか私の緊張も解けていって。
「左手の・・・薬指に」
「えっ・・・」
絶句した島さんの顔が、一瞬蒼ざめる。
しかしそれはほんの少しの間だけで、まもなく紅い色が顔を埋め尽くしていった。
「も・・・もう一度訊くけれど・・・本当に、左手の薬指・・・でいいんだね!?」
島さんにしては珍しいほどの、慎重に慎重を重ねた言い方が、何故か胸の奥に引っ掛かる。
「テレザリアムではずっと左手の薬指に填めていましたから。・・・島さんが他の指に填めたいと仰るのなら・・・私、他の指に・・・」
言い掛けた瞬間、慌てふためく島さんの声が耳元に零れ落ちる。
「い、いや!僕の言い方が悪かった!最初にどの指に填めて欲しいか訊いたのは、僕の方なのに・・・却って君を混乱させてしまってゴメン!!」
・・・今日、島さんに一体何回謝られたのかしら?
いつもの島さんらしくない、おどおどした様子が何となく愛しくて・・・思わず笑みが零れる。
そんな私の様子を見ながら、島さんは真っ赤に照れながら私を見つめ返した。
ゆっくりと、そして大きい島さんの指先に委ねられた私の左手が優しさに包み込まれる。
「テレサ、ありがとう」
万感の想いを込めた言葉が、私の胸に染み込んでいき・・・左手の薬指に填め込まれた緑青の指輪。
無垢な煌きが、二人の心をしっかりと繋ぎとめていく。
「なんとか間に合った・・・」
安堵した溜息と共に漏れた言葉の余韻を掻き消すように、島さんのデジタル時計が12回の電子音を軽やかに響かせた。
3月15日がこの瞬間から、始まった。
*****
つづき
「・・・どうして本当の事を言ってくれなかったんですか?」
今にも泣き出しそうな君の眸を見つめるたびに、重く圧し掛かる閉塞感。
非難めいた口調の裏で、君が必死に俺の本意を理解しようとしているのが分かって・・・余計に辛い。
いや、辛いのは俺だけじゃないはずだと、眼の前の彼女の姿から漂ってくる気配からも薄っすらと感じ取れるが今日は身を引くわけにはいかない。
いや、今日だから尚更身を引くわけにはいかない。
たぶん、今の俺は恐ろしく無愛想な表情で、彼女の蒼碧色の眸に映り込んでいるのだろう。
彼女の眸の奥底に浮かぶ、俺の姿が揺らいでいた。
寄せては返す心のうねりが次第に大きくなって、俺の姿が歪んでいくのが刻々と映し出される彼女の眸。
心は嘘を付かないと、彼女の眸が俺に訴えかける。
口を閉ざす分だけ増幅されていく憂いが、彼女の顔から表情を奪い取っていった。
『何故なんですか?島さん!どうして・・・どうしてこんな事を』
口に出して言えない問い掛けが、宙を過ぎる。
胸元で組み込んだ白い手が、小刻みに震えていた。
言葉を発しようと開き掛けた唇が、僅かな時を置かずして再び硬く噤まれた。
声にすらならなかった言葉の雫が、空気中に悲しみの禍根を残しつつ、虚空へと吸い込まれていった。
『本当の事を言ってしまえば、きっと君は拒否してしまうと思ったから』
言い訳するのは簡単だった。
そう言ってしまう事で、全ての道が閉ざされてしまう事を恐れて、喉元まで出掛かった言葉を呑み込む。
今、まさにこの瞬間に俺は賭ける。
自分の事を棚に上げて、君からの拒否という理由で全ての事象を納得付けてきた、自分自身の卑怯な考え方にピリオドを打つときが。
・・・言い訳はしない。
そして俺は逃げない。
自分自身の弱さから。
過去の呪縛から。
・・・君から拒絶される事よりも、もっと怖いのは・・・
俺にとって君という存在をを、この世から失ってしまうことだけなのだから。
「僕にとって一番怖いのは、君から拒否される事じゃなくて・・・君を失ってしまう事、ただそれだけなんだ」
「仮に・・・私が他の誰かに恋してしまっても、島さんはそれで構わないと・・・そう思われているのですね?」
震える言葉が宙を裂く。
間髪をいれずに、即答した声が部屋の中で凛とした光を撒き散らした。
「君の言う通りだ」
テレサの前で一切迷いのない言葉が出たのは、正真正銘これが初めてだった。
言いながら真っ直ぐに見つめた視線は、テレサの眸を捉え続けていた。
・・・沈黙の時間が流れる。
交錯する視線に紛れ込んだ一際強い想いが、互いの心を目に見えない速さで手繰り寄せているのを、俺とテレサは感じていた。
外す事の出来ない視線は、即ち、お互いがこれ以上ないほど強く結ばれている相手だと言っているに等しい。
俺にとってテレサが必要で、テレサにとっても俺が必要で。
そんな分かりきった事ですら、何らかの理由をつけて直視してこなかった現実が、ようやく今、終わりを迎える。
「・・・不思議なんです。今まで外そうと思えば、すぐにでも外すことが出来たこの指輪が・・・貴方に再び填めていただいた時から、ずっと手に馴染んでいて・・・こんな事、今まで無かったのに・・・」
俯きながら、ポツリと話す彼女の頬を、滑り落ちていく一粒の雫。
透明な奇跡を描いて零れ落ちた涙が床下で弾け飛んで、恋と言う名の波紋を広げた。
その小波は・・・俺の胸へとゆっくりと確実に届いて、秘めた恋をより純度の高い愛へと昇華させる。
無意識に抱き寄せた華奢な身体と、モノクロの部屋に翻った彼女のプラチナ・ブロンドの髪。
金色の髪がサラサラと宙を舞い落ち、停滞していた時の流れが少しずつ動き出す。
俺の胸に縋りながら、声を殺して咽び泣く彼女の左手薬指に填められた蒼碧色が鈍く光る。
その指輪を見ながら、俺は決意を新たにするのだった。
『今までテレサを守ってくれてありがとう。これからは俺がお前の分も一緒に、彼女を守り続けるから・・・ずっと』
俺の誓いを黙って聞き届けたかのように、指輪は一際鮮やかに煌く光の束を部屋中に振り撒くのだった。
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