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2003年8月6日サイト初掲載作品
鉛色の雲・・・
湿った風・・・
雨が降る直前の匂い・・・
久しぶりの休暇・・・
気だるい午後・・・
一人だけのコーヒータイム・・・
激務が続く中でやっと取れた貴重な貴重な休みのはずなのに、結局何をするのでもなく、ぶらっと散歩に出かけた途中で立ち寄ったオープンテラスのカフェ。
今にも雨が降り出しそうな気配を感じて、通りを歩く人々の歩調が僅かに早くなる。
生暖かい風が雨の潤みを含みながら辺りに充満し始めた、その時だった。
ポツッ・・・
大きな大きな雨粒が乾いたアスファルトの上に己の痕跡を残しながら、染みを残していく。
ポツッ・・・ポツッ・・・ポツッ・・・
立て続けに落ちてくる雨粒が、通りに面したオープンテラスのパラソルの上で、思い思いに跳ね上がる。
夕立だ・・・
そう思う間もなく、敷き詰めた白いレース糸のような雨がザーッと音を立てながら、アスファルトから放たれる陽炎を片っ端から蹴散らしていく。
突然降ってきた雨に、通りを歩いていた人たちはまるで雲の子を散らしたように、一斉に店の軒先に一時の雨宿りを求めて流離う。
地面にぶつかって跳ね上がる雨の飛沫がだんだんと勢いを増しながら、さっきまで漂っていた蒸し暑い空気の名残を、みるみるうちに消し去っていく。
代わりに、冷たいけれども凛とした清清しい空気が、辺りに広がり始めていた。
雨で遮断された景色を見ている自分の心に、いつしか蘇ってくるあの日の記憶。
微かな痛みと消せない情熱がまどろみながら、心の中でずっと燻り続けているのを俺は分かっていた。
・・・分かっていたけれども、どうすることもできないこの現実に潔く立ち向かえるほど、俺はまだ強くないのかもしれなかった。
『テレサのことは・・・もう忘れてもいいんじゃないのか?いつまでも想い出に縛り付けられているよりももっと現実の幸せを考えろよ!』
俺のことを心配して掛けてくれる他人(ひと)言葉の意味を・・・俺は痛いほど分かっていた。
分かってはいたが・・・
テレサ・・・君を思い続けることで・・・僕は今まで生きてこられたんだと思う。
・・・だけど・・・時々思うんだよ。
君が本当に生きていてくれればって・・・!
俺の側にいつもいつでも君自身に居て欲しかったんだって・・・!
この身体の中に君の命が生き続けているということは片時も忘れたはことない。
むしろ君の命が俺の体と一緒に生き続けているって分かるから・・・
君と一緒に生きようと願う気持がずっと俺を支えてくれていたんだと思う。
・・・でも俺はワガママだから・・・
・・・どうしようもないワガママだから・・・
君に側に居て欲しかったんだ・・・
ずっと・・・ずっと俺の側に居て欲しかったんだ・・・
俺の側で・・・生き続けて欲しかった・・・
・・・そう願うのは・・・俺の中で生きている君を・・・苦しめてしまうんだろうか?
膝に置いた両手が小刻みに震えだす。
出口のない答えを捜し求めて彷徨う心は、闇のほとりに引き摺り込まれていきそうになる。
抵抗すればするほど頑なになっていく気持に歯止めが掛からなくなっていきそうで・・・孤独と哀しみの崖っぷちを辿っていく心は、バランスを失いつつあった。
バランスを崩して落ちていく先には・・・きっと深く険しい闇の谷間が待ち構えているに違いなかった。
・・・そんな俺の元に届いた一杯のコーヒー。
微かに揺れる琥珀色の小波はまるで俺の心の内を知っているかのように・・・
芳醇な香りを醸し出しながら、俺の心を少しずつ迷わせる。
深い色に込められているのは・・・行き場のない心
香ばしい匂いに込められているのは・・・消せない記憶
二つの想いが重なり合って・・・そっと俺の心に忍び込む
いつもなら何もいれずにブラックでコーヒーを飲み干す俺だったが・・・
今日は何故かいつもとは違う飲み方で飲んでみたいと思ったのは偶然だったのだろうか?
カップに添えられたスプーンで淹れたてのコーヒーをくるくると掻き回すと、傍らのミルクピッチャーから純白のミルクをそっと注ぎ込んだ。
ポトッ・・・ポトッ・・・と琥珀色の液体の中に少しずつ溶け込んでいくミルクは、泣きたくても泣けない俺の代わりに、俺の涙となって哀しみの涙を零し続けているように思えた。
その瞬間に今まで堪えてきた気持が、一気に放出されていくような感覚に俺は怯えた。
お互いの領分を認めながらも微妙に交じり合っていくコーヒーとミルクの様相は、俺の切ない気持を優しく包み込んでくれるテレサの気持ちに他ならなかった。
『・・・島さん・・・逢いたい・・・もう一度逢いたい・・・』
琥珀色の液体は俺の想いを宿したミルクの涙を優しく迎え入れるように・・・
包み込むような想いで彷徨い続ける俺の心を静かに癒していくように思えた。
「テレサ・・・」
徐々に霞んでいく視界。
溢れ出しそうになる涙をぐっと堪え、穏やかな色を称えたコーヒーをそっと口に流し込む。
身体の中に溶け込んでいく味はほんのり甘くて・・・微かに涙の味がした。
君も・・・君も本当は一緒に生きていきたかったんだよね・・・テレサ・・・。
俺だけが哀しかった訳じゃなくて・・・
君も・・・ずっと生きていたいと思い続けていたはずなのに・・・
俺は・・・俺は自分のことしか・・・考えてなかった・・・
テレサ・・・俺は・・・俺は・・・!
キュッと唇を噛み締めたまま、天を仰ぎ見るといつの間にか雨雲が立ち去り始め、入れ替わるように強い日差しが立ち込めた雲の隙間から地上に降り注ぎ始めた。
強い光に照らされた雲の向こう側で、淡く儚い色の虹が神秘的な色を宿して姿を現した。
その佇まいが、まるで自分をそっと見守っていてくれるテレサの姿のように思えて、俺の心を走る煌く光。
それは今まで感じたことのないくらいに眩しくて、力強い心の色を伴なった新たな希望の光に違いなかった。
身体に溜まっていた澱んだ気持を押し出していくように、信頼というフィルターを濾過して浄化されていく俺の心にもう迷いは無かった。
テレサ・・・もう俺は迷わない!
君が・・・君がずっと俺の心に寄り添いながら支えていてくれるって分かるから!
テレサ・・・これからもずっと君と一緒に生き続けたい!
席を立ち上がった俺の背中に降り注ぐ、一際眩しい陽射し。
まるで俺の背中をそっと後押ししてくれるような温かい陽射しは、どこまでも清らかな願いを称えていつまでも・・・いつまでも光り輝くのだった。
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