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エール

原作一巻直後のお話です

「・・・・・・恨むぜ、タロス」

吐息交じりに紡ぎだした言葉の端々に潜む、諦観の念。
他人が聞けば、不満がありありと滲んでいる筈の言葉にしか聞こえないのだが・・・・・・
恨み言を一方的に吐露された当の本人は、その言葉を吐き出した人物が照れ隠しをする為に
わざと精一杯の強がりを放っているだけだと、既に見切っていた。

タロスの胸の奥で、僅かに歪んだ心の羅針盤。

きっとそれは、まだわずか10歳の子どもでしかなかったジョウを、敬愛するダンの要請で
大人と同等の世界へと導き、招き入れなければならなかった背景があるにしても・・・・・・
割り切れない想いが未だに蔓延っているのは、タロスがミネルバにいる最大の理由に
他ならなかった。

年を重ねても、常に変わらない精神(ココロ)の持ち主だからこそ・・・・・・

ダンもそれを見越して、息子から反発を食らうとは百も承知でタロスという人間を
ジョウの補佐役として任命したのであった。

「アルフィンの密航に関して、クラッシャーという仕事を知り尽くしてるお前が
絶対反対してくれるはずだと、俺は踏んでたのに・・・・・・・逆に試験採用を提案しちまう
なんて、正直ありえねぇ;;;」

言いながら髪をグシャグシャに掻き毟るジョウの表情には、微かだがほんの少し赤みが
差したように見受けられた。

世間一般の人間関係から、ある種断絶されたような日常を送るクラッシャーにとって
妙齢の女性がこの瞬間から寝食を共にするという在り得ない事態は、言い方は悪いが
降って湧いたような災難に他ならなかった。
第一今まで学校を除けば、ほとんど女性と接する機会が皆無に近かったジョウは、
アルフィンが密航し、今後一緒にクラッシャーとして生活していくという事実は
それこそ驚天動地の心境そのものと言えた。

今までの人生の中で、物心ついた時から女性と一緒に居る時間が極端に少なかったという
言い逃れは出来ても、こうなってしまった以上、腹を括らねばならぬ覚悟に対して
まだジョウは躊躇しているように思えた。

逃げるのは簡単だった。

・・・・・・だが逃げるより前に、ジョウの心の中に引っ掛かっている物の気配を
薄々感じ取ってしまったからには、逃げ出すことなど到底無理だった。

失ってはじめて、その存在の大きさに気付かされる苦しみが、どれほどまでに辛いことなのか・・・

自分とダンには、その痛みが分かり過ぎるほど分かっていたから・・・
ジョウにはその苦しみを味あわせたくない。

エゴと言われればそれまでなのかもしれないが、ジョウの心の内に無意識に芽生え始めた気持ちに
僅かながらも気付いてしまった以上、己の取るべき道は自ずと一つに決まっていた。
ジョウ自身が、その気持ちに今現在一切気付いていなくとも。

アルフィンの密航が露見した瞬間、タロスの腹は決まった。

・・・ジョウがどんな屁理屈で応戦しようとしても、やらねばなるまい。
たとえ恨まれ、暴言を吐かれようとも・・・
ジョウの無意識の想いを無下に出来ない。出来る筈がない。

「大変なのは最初だけですぜ。慣れりゃ、どうってことなくなりますよ」

ジョウからの反論を予期して、これ以上ない突き放した言い方で封殺したタロスは
右の口の端を上げつつ、目を細める。
目尻に刻み込まれた皺から、柔和な想いが滲む。

「チッ!・・・・・・お前からそう言われりゃ、俺がスゴスゴと引き下がる事しか出来ないの
分かってて、わざとそう言ってンだろ!?オヤジといい、お前といい、俺の性格を知り尽くしてる
奴はろくでもない連中ばかりだぜ、全く」

毒づくジョウの声が徐々にトーンダウンしていく。
自分相手に観念したと見受けられるジョウは、半ば諦めにも似た気持ちで少しずつ事態を
前向きに捉え始めたと分かって、タロスはジョウに悟られぬようホッと胸を撫で下ろした。

アルフィンの密航という突然の事態で混迷しかけたジョウの意識が、前向きに方向転換し始めた
手応えを肌で感じつつ、タロスは操縦桿を握る手に力を込めた。

「これから色々と忙しくなりますぜ。頼ンますよ、ジョウ!」

タロスの口調から滲む、自分へのさりげないエールに感謝しつつ、ジョウはわざと大声で
反応するのだった。

「ピザンで足止め喰らった分、これから取り戻すぞ、タロス!」

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