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追憶のレクイエム

ワームウッドでの後日談です。

ジョウとダーナの二人しか登場しません。
よろしかったらどうぞ。

「・・・アンタには礼を言わなくちゃならない」

唇から漏れ出た感謝の言葉とは裏腹の、恐ろしく無愛想な言い方が耳に滑り込んだ瞬間、ジョウは言葉を発した人物に向け苦笑交じりの嫌味をサラッと言い返す。

「・・・ほぉ。俺をとことん敵対視するだけだったアンタが発したとは、到底思えないほどの殊勝な言葉が、まさか目の前で訊けるとはねぇ。ま、御礼の言葉を述べるには正反対の不遜な態度が丸分かりなのは笑えるっちゃ、笑えるが」

相手のペースに呑み込まれまいと、少しでも相手より優位に立つがために繰り出した先制パンチは、ものの見事に空振りに終わる。
逆に自分のその浅はかな考えを見越していたような素振りのまま、冷めた眸で見下ろすダーナの視線が痛い。

「・・・忠告しておく。自分の真意を悟られまいと、相手に対してジャブを繰り出すのは時と場所と相手を選べ」

感情が一切込められない無機質な言い方ではあるが、カウンターパンチが空回りしたジョウへの若干のフォローが散りばめられた言葉に、ジョウはダーナの誠意を汲み取った。

「アンタとは産まれた時からの因縁関係だ。それはずっと変わらないし、これからもアンタへの敵愾心は不変のものだろう」

「俺の与り知らぬ所でアンタら三姉妹がどう思うが、俺にとっちゃ一切関係ねぇことだ。そんな下らない話で俺を引き止めようとするなら、実力行使で話を一気に終わらせてもいいんだぜ」

口の端を歪めながら、すっと右目を細めるジョウの眸の奥に、微かな怒りの炎が揺らめく。
クライアントと常に駆け引きしながら、腹の探りあいをする日常に慣れてしまったチームリーダーの哀しい習性がジョウの心を徐々に侵食する。

・・・ダーナは『その時』を待っていた。

クラッシャーを率いるチームリーダーとしての話をする場合、ジョウ相手では自分もしくはジョウ自身が、ちゃんと相手の話を聞き入るには理性よりも感情が勝ってしまうことを。

それは奇しくも自分達の親世代である、ダンとエギルとの因縁に遡ってしまう訳で。
自分達の心意気ではどうしようもない別次元の要素が関わっている限り、
対等に話など出来るわけなどないと。

さっきまで自分の本意を探ろうと、敢えて茶化したフリをしていた(結果はジョウの空しい一人芝居であったが)ジョウの意識が零コンマ5秒で本気モードにシフトした瞬間を、ダーナは見逃さなかった。

「・・・あの時、ミネルバが来てくれなかったら・・・私はベスを殺していた。・・・この手で」

よどみなくスラッと言い切ったつもりだったが、途中で何度も何度も言葉に詰まり、視線が宙を彷徨うのをダーナは実感していた。
そして心の奥深くに突き刺さったままの棘が、徐々に痛みをぶり返していく事も。
小刻みに震えるダーナの全身が、地上に濃い影を落としつつ揺れ続く。
チームリーダーとしての矜持を保ち続けることを宿命付けられた故に、
泪を流すことすら戒めてきた自分自身に代わって、悔恨の泪を落とし続けるかのように影は揺れ動く。

「クラッシャーの名誉を守るためには、妹の命をこの手で奪うしかないと思った。クラッシャーとしての意地だけが、私を衝き動かしていた。あの瞬間、アンタが来てくれなかったら私はベスを撃ち殺していた。・・・ちっぽけなプライドだけの為に、大切な・・・大切な妹をこの手で」

ダーナの真実の吐露は、燻り続けたままだったジョウの怒りの炎を次第に消しかけていく。
チームリーダーとして、時に人知れず耐え忍ぶだけだった感情。

ピザンで大切なチームメイトだったガンビーノを失って以来封じ込んできた様々な想いは、実は自分自身が知らず知らずのうちに誤魔化し、見てみないフリをしていただけで本当は何一つ整理できていなかった事を。

「・・・俺はアンタに御礼を言われるような奴じゃない。たまたま救出に飛び込んだタイミングが合っただけだ」

「!」

ジョウからの思いもよらぬ言葉の真意を量りかねて、ダーナの意識が混迷する。

「・・・どうしてそんなに自分を卑下する?ジョウ、アンタが私達姉妹を救ってくれたのは、紛れもない事実だ。それなのにどうして?」

畳み掛けるように問い掛けるダーナにくるりと背を向け、ジョウは天を仰ぐ。

「ベスが生きている・・・それ以上の嬉しさに代わるものなど一切ないはずさ。俺は本当に何にもしちゃいない。ベスの生命を救ったのは、ダーナ、アンタの妹への想い・・・ただそれだけさ」


目に突き刺さるような強い日差しの中、遥か彼方に見据えた視線の先には・・・
あの日の柔らかな残影が微笑みかける。
血の繋がりとは違う、たった一度だけの自分の人生の一時を共に笑い、共に泣き、そして家族同様に過ごした忘れ難い人の想いが空の蒼さに溶け込んでいく。


蒼く・・・どこまでも蒼く・・・


澄み切った空の蒼さに哀しみの色が映るとき、人は追憶の日々に思いを馳せる。
たとえもう二度と手に届かない夢だと知っていても。


次第に遠くなっていくジョウの靴音は、いつしか追憶のレクイエムを
奏でる旋律となり、立ちすくんだままのダーナの耳元を静かに通り過ぎていくのだった。

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